次に目を開けた時、周りには大人のナズナさんも幼いナズナさんも誰もいなかった
雪が降り積もる場所にひとり佇む私の耳に、ザクザクザクと雪の上を走るような音が聞こえてきて、そちらを振り向くと
さきほどよりも幼くはない、だけど今よりは若い。青年のナズナさんが走っているのが見えた。
その顔は焦っているかのようで、余裕なくひきつっている…。
『アネモネっ!ナス子ッ!!』
叫び、かけよったナズナさんの先に
二人重なるように倒れているアネモネさんとナス子さんが見えた
遠くからでも分かる二人を纏うその濃い瘴気に目を見開く
もしかしてこれは、10年前の…いつかナス子さんから聞いたことのある、3匹の異形に襲われた時の記憶なのだろうか
状況からして、もう異形は立ち去ったあとのようだけど…
「俺はいつもそうなんだ…」
「っナズナさん…!」
突然背後から声がしたと思えば、そこにはナズナさんが立っていて
じっと過去の自分を見つめていた
「よく聞こえる耳なんてあっても…なんの役にも立たねぇ…。両親も、ナス子も、アネモネも…かけつけたころにはもう全部遅かった…。」
ハッ…。と、自傷気味に笑うナズナさんにどうしていいかわからず、私は黙って隣に並び、記憶に視線を向ける。
『待ってろ!今助け呼んでくるからな!』
…たしか、ナス子さんの話では時成さんとキトワさん達に助けられたはずだったよね?と思い出しながら走り去っていく青年ナズナさんを見送り、その姿が完全に見えなくなったころ…
気絶しているはずのアネモネさんの腕がピクリと動いた気がして(んん?)と私は目を瞬いた
…え、見間違いかな?だってこの時から、アネモネさんは昏睡状態になるはずで…
「呼んでるぞ。早く行けよ」
「へ?」
混乱に頭を捻らせていた私の背中をナズナさんにポンと押され
わけがわからず一歩前に出ると、私の目の前にいつの間に起きたのか、アネモネさんが立ち、私をじっと見つめていた…。
「え、えぇ!?」
無言のままじっと私を見つめるアネモネさんに
私はどうすればいいのか分からず、ナズナさんへ視線を送るけど何も言ってくれない…
困っていればアネモネさんが無言のままスッと私に何かをさしだした
それは、黄色に光る石のようだった
(これ、もしかして…異形の塊…?)
ゲンナイさんの中でも、サダネさんの中でも見たそれによく似てる
「…アネモネが良いって言ってんだ。早く受け取れ」
ナズナさんが顔をしかめながら言ってくるけど、え、これって
「ナズナさんの中の…?」
「そうだよ。」
「…いいんですか?」
この前、ツジノカさんの能力でナズナさんの中に入ろうとした時は扉を開けてすらくれなかったのに…どういう心境の変化があったのだろうか
「バーカ。ごちゃごちゃ考えてんじゃねぇ。俺様の中に最初に触れたのはお前だろうが。」
ナズナさんはひょいとアネモネさんの手からそれをとると、私の手に押し込んだ
その瞬間に、パァアと光を放ち、それはパキパキと音をたて砕け散った
(む、無理やりだ…!)
あまりにも眩い黄色い光に目を瞑り、再び目を開けた時には、真っ白の空間の中にいた。
壁も床も一面真っ白の空間に雪だけがふわふわと舞っている
そこに立っている私の前には、目を押さえ、涙を流すナズナさんがいた
そうか…共鳴したんだ…。
ちょっと無理やりだった気がするけど…。と小さく苦笑いしながら、涙を流すナズナさんという珍しいその光景をまじまじと眺めた
「…見てんじゃねぇよ。」
「すみません」
「壊したからには責任とれよバカ女」
「な…!ほぼ無理やりナズナさんが渡してきたんじゃないですか」
「元はといえばお前が無理やり俺の中にいたんだよ」
「知りませんよ」
「俺を惚れさせた責任とれって言ってんだ」
「………へ!?惚れ、」
ガバリと勢いよくナズナさんに抱きしめられ、聞き返そうとした声は形にならなかった。ぎゅぅと力強く抱きしめられている状況に目がぐるぐると回る。
そんな私を無視して、トドメとばかりに、ナズナさんは私のおでこにキスをおとした。
「…な…っ」
「ちびだなお前」
「な、な、なにを…!」
「仕方ねーから、お前に俺の全てを捧げてやるよ。由羅」
いらねーなんて言わせねぇ。と、ハンっと鼻で笑ったナズナさんは、もう一度私にキスをした…。
いや、あの…ちょっと…
「待ってください!!」
叫びながら起き上がった私を、窓からの日差しが照らしていた
・・・あれ?私何してたんだっけ?と思った時には自分が今、なにを叫んだのかも忘れてしまっていた
なんだか夢を見てた気がするけど…えっと、どんな夢だっけ?とぼんやりとする頭で思い出そうとしながら、とりあえず布団からでようとした時、私は驚愕する
なんと隣でナズナさんが寝ているのである。
しかもよく見れば、私からナズナさんの手と服を握っている…。もしかして、寝ぼけた私がナズナさんを離さなくて…仕方なくナズナさんはここで寝たのだろうか…?だとしたらものすごく申し訳ない…。
「な、ナズナさん。すみません、起きて下さい」
「んぁ…?」
薄く目を開けたナズナさんの瞳から、一滴だけ涙が流れて「泣いてるんですか?」と聞けばナズナさんも不思議そうに首を傾げたあと、何かを思い出したのか「あぁ」と頷いた
「なるほどな。こんな感じなのか…。」
「何がですか?」
「俺の中の異物?だっけ?それをお前が壊したんだよ」
「え…?」
それはつまり共鳴したということ!?
え、嘘。覚えてない…いやでも、たしかにそんな夢を見てたような…?
「な、ナズナさんは覚えてますか?」
「俺様もよく覚えてはない…。だけど、お前が壊してくれたってのは、はっきりわかる…。…由羅。」
「はい…?」
「ありがとな」
見たことのない優しい笑みでそう言ったナズナさんは、撫でるように私の頬を触った。
らしくない、その突然の言動にふいうちをくらい、私は固まってしまう…。
「…ナズナさん何か、悪い物でも食べたんですか?」
「……お前って…。ムードクラッシャーにもほどがあるよな…」
とたんに眉間に皺を寄せたナズナさんは、困ったように小さく笑うと「まぁそこも愛しいと思う俺は、末期なんだろうな?」と小さく首を傾げてみせた
あまりにも直球の言葉に、抗う事のできない熱が私の顔に集中していく…。
い、今…聞き間違いでなければナズナさん、私のこと“愛しい”と言った?
真っ赤な顔でポカンとする私をナズナさんは目を細めて見ていた。
その顔に、その表情に、私の頭にじわじわと記憶がよみがえってくる…
あ…。夢の中で私…。ナズナさんにキスされたような気がする…んだけど…。え。
(いやいやいや…まさかね…?)
ブンブンと頭を振って、寝ぼけているのかな?と自己暗示をかけていれば
がしりとナズナさんに両頬をつかまれ、チュッとリップ音が聞こえてきた。
「え…」
「俺の全てをもらえよ。由羅」
おでこにキスをされ、優しい笑顔を浮かべるナズナさんを前に
私は真っ赤な顔のままポカンと固まった…
どうやら全部、夢ではなかったらしい…。
