乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 




 『カラン』と鐘の音が聞こえた気がして、私は目をあけた


(あれ?ここどこだ…?)
 

 見渡したそこは、雪が降り積もる山の中だった。

 なんで突然雪山…?夢だろうか…。たしか私、熱のせいで自室で寝込んでるはずだしなぁ…。
 これが明晰夢というやつなのか


 服は寝間着のままだけど、どうやら熱はないらしい。
 だるさも頭痛も寒気も感じない。というか…雪の上をはだしで立っているのに、寒さも冷たさもなにも感じない

 振り舞う雪も、私の体に積もることはなく
 まるで私はここに存在していないかのように、体をすり抜け通りすぎていく…。

 この感覚は、今までに二度感じたことがある…。
 以前に見たゲンナイさんとサダネさんの過去の記憶の時と同じだ…。共鳴するために入った二人の記憶…。

 ということは、この場所も
 単なる夢とかではなく、誰かの記憶の中なのだろうか…

 だけど、ツジノカさんはもうミツドナへと帰ったはずだし、突然こうなった理由がわからない…。

 そもそも記憶の中だとしても…一体だれの記憶なのか…

 人の気配などまるでない雪山でひとり
 やっぱり夢なのかな?とふわふわと降る雪を見上げぼんやりとしていれば
 ふと隣に誰かの気配が現れた気がして、無意識にそちらへと視線を向ける

 そこには、腕を組み、前を見据えるナズナさんがいて私はぎょっとする


「ナ、ナズナさん…?」


 何故?もしかしてここはナズナさんの記憶の中なのか…
 え?だとしてもなんで突然こんなことに?と疑問符を浮かべる私をナズナさんはチラリと見ただけで、すぐまた前を向いた


「いやちょっと。無視しないでくださいよ。ここどこなんですか」
「俺の故郷」
「へ?」


 ズバリと一言だけで答えたナズナさんに、なんだって?と私は混乱する
 ここがナズナさんの故郷?いやちょっと話が見えない…わけがわからない…

 私熱で寝込んでたはずですよね?


「あの、なんでこんなことに?」


 聞いた私の質問にナズナさんは相変わらず前を見据えたまま、「さぁな」と呟いた
 ナズナさんもわからないならもうお手あげだ。と軽く絶望する


「おい由羅。来るぞ」
「え…?なにが来るんですか」


 ザクザクと雪を踏む音が聞こえてきて、ふわふわと降る雪の奥から二人の子供がやってきた

 一人はみるからに幼い頃のナズナさんだけど、もう一人はたぶん、アネモネさんだろうか…?並んでみるとさすが兄弟というか、そっくりだ

 二人とも今よりだいぶ幼い…。7,8歳くらいだろうか…
 寒さのせいかその色白の肌が赤みを帯びている…。どうして子供だけでこんな雪山に?と疑問に思った時、二人がその腕の中にツボのようなものを抱えている事に気付いた。

 心なしか、幼いナズナさんの目は赤く、まるで泣いているようにも見える…。


 これまでと同じなら、いま見ているこの記憶は
 ナズナさんが一番つらかった時の記憶だと思うのだけど…と悲しい予感に恐る恐る隣に立つナズナさんを見上げた


「あのツボは…?」


 小さく聞いた私の質問に、ナズナさんは淡々と「親の骨。」と一言で答えた
 悲しい予感が的中してしまい、眉を下げる


「ご両親、亡くなられたんですか…?」
「異形に襲われてな」
「…」


 ナズナさんが抱く、異形に対する異常な怒りの根源が、分かった気がする…。


 幼い二人は雪山の小高い場所までくると、そこの墓石に骨壺を置いた

 無言で手を合わせるアネモネさんと
 耐えきれなくなったのか涙を流す幼いナズナさんに、胸が痛む。


 悲しみに暮れる幼い二人の背後で大人のナズナさんと並び見ていれば
 ズシン、と重々しい足音が聞こえてきた


「え、まさか…」


 現れたのは、大きな耳をした真っ白な毛並みを持つ巨大な異形だった
 突然現れたその異形に、幼いナズナさんはしりもちをつき、アネモネさんはとっさに近くにあった木の棒を握り、ナズナさんの前に出る


「守れなかったんだよ、この時も」


 ポツリと呟いたのは、大人のナズナさんで、苦しそうに眉をよせる…。
 
 大きな耳の異形はブンっと手を振るい、アネモネさんを吹き飛ばした

 岩に打ち付けたのか腕から血を流し、気絶するアネモネさんに、幼いナズナさんの顔が蒼白になっていく


『アネモネ!!』


 叫び、かけよろうとする幼いナズナさんの背後に異形の腕が振り下ろされようとしていた

 咄嗟にかけより、私は腕を伸ばすーー

 ーーぐいっと引き寄せたのは、幼いナズナさんの体。


 思ったとおり、ナズナさんにだけは触れる事ができる…!
 だけど、異形の腕はそのまま私ごとナズナさんの上に落ちて
 ぐわんと脳が揺れる感覚に、私の視界が暗転した


 どうやら助けようと起こした行動は失敗したらしい…。
 当たり前か。毎回そう上手くいくわけではない。

 薄れゆく意識の中、幼いナズナさんが私を呼んでいる気がした。