恋心のせいで、体が熱いのかと思っていたら
ここ数日の無理がたたったのか、どうやら私の体は本当に熱があり、風邪をひいていたらしい…。
目が覚めれば自室の天井が見え、少しだけ混乱する。
あれ?確か時成さんと話をしてたはずだけどな…。なんで私寝てるんだろう…
それに体が怠いし、頭も痛い…
視界もなんだかぼやけてるな…。と自分の体調が悪いのだとなんとなく把握しながら顔を傾ければ、おでこに置かれていたらしい氷嚢がカシャンと落ちた。
そして不機嫌そうな顔で、落ちた氷嚢を私のおでこに置き直す、ナズナさんがひとり…
「おはようございます…?」
あ…。声カッスカスだ…。どれだけ寝てたんだろう私…。
外は暗い気がするけど…、あれ?いま何時?
「いまは3時だ。深夜のな」
「あぁ…そ…ですか…。え、なんで…ナズナさんが?帰らないんですか?」
熱のせいか寝起きのせいかぼやける私の視界に、顔をしかめるナズナさんが見える。
思えば、私が目覚めた時って、高確率でナズナさんが傍にいる気がする…。
そしてその顔はいつも同じだ。
こうも何度も見る機会があると、いい加減私にもわかる。
一見、不機嫌で怒っているように見えるナズナさんは、今ものすごく私を心配してくれている…。状況から考えると、私の看病をしてくれていたのだろう…
「…ごめんなさいナズナさん。早く元気になりますから」
だから、そんな顔しないでください…。と、小さく笑みを浮かべれば、少しの無言のあと、ナズナさんからため息が聞こえた
「いいから休め。なにも考えるな」
「…ナズナさん」
「なんだよ」
「…あの時、リブロジさんに怒ってくれたこと、凄くうれしかったです」
「あ?」
「人が嫌いというくせに、人のことをよく見て理解してくれるナズナさんは、ものすごく天邪鬼だと思うけど……そんなナズナさんが、私はいいと思います」
「……。」
この世界にきて、不安と緊張に襲われていた私に、始めて素の感情を爆発させてくれたのは
初対面で印象最悪だったナズナさんだ…。
「ナズナさんのおかげで、私は本来の自分というものを見つけられた気がします」
だから、そう…
ずっと言いたかったんだ…。
「ありがとうございます。ナズナさん…」
ふわりと笑顔を見せて、熱のせいで力の入らない手でナズナさんの手を握った
握手でもしようと触れたナズナさんの手はひやりと冷たくて、だけどそれは熱を帯びた私にはとても気持ちが良く、思わずその手を引き寄せた。
「おい…」
ナズナさんの戸惑う声が聞こえた気がしたけど、熱で朦朧とする頭がそれを拾う事はなく、私はナズナさんの手を無意識にぎゅっと強く握りしめたまま
その気持ちよさに縋るように、再び眠りにおちた…。
ーーー
(勘弁しろよ…このクソ女め…。)
握られた手がしだいに熱をもっていくのが…
コイツの熱のせいなのか、自分の熱があがっているせいなのかわからない…。
空いている片方の手で、ため息と共に自分の顔を覆った。
指の隙間から見える
俺の手を握ったまま、すやすやと気持ちよさそうに眠るその顔をみる
こいつはどこまで人の感情を弄べば気が済むのか…
無自覚だから余計にたちがわるい…
今となってはこのトキノワの社員のほとんどがこの女の虜になっているのだから恐ろしい。
そして、自分もまたその一人なのだと、こういう時…いやでも自覚させられる…。
もう半年以上前、始めて出会った時は
なんてことのない、どこにでもいる女だと思った。
ただ他よりすこし失礼で、生意気なやつというだけ。
ゲンナイに啖呵をきった時は、変な女だと思うと同時に少しだけ、悪くはないな、とは思ったかもしれない…
瘴気に侵された時、浄化してくれた時には感謝もしたし、
知らぬ間に勝手に遠征に出かけていて、トキノワに姿がなかった時には動揺し、心配で気が気じゃなかった…
ムカつくし、苛立つ事も多いけど
気付いた時には、もう遅く。
いつのまにか俺の心の中には、すっかりコイツが居座ってしまっていた…
「…なぁ、お前はなんなんだよ」
どうして、こんなにも惹かれるんだ…。
どうして、こんなに恋しいんだ…。
どうして、こんなにも…“欲しい”と焦がれてしまうんだろうか…。
ゆっくりと傾いた自分の頭が由羅へと近づいていく…。
重力に従いパサリと自分の長い髪が、由羅の頬にかかった
「ん…」
少し鬱陶しそうに眉間に皺を作った由羅から、自分の髪をはらって
握られた手を握り返し、片方の手でその頬に手を添えれば、どうやら俺の傾きは止まらなくなってしまったらしい…。
(俺をおとした、お前が悪い)
静かに触れたその唇は…
熱のせいか、やけに熱かった…。
