心臓の音がドクドクと耳についた。
胸が騒ぐ、この感覚はなんなのだろう…。
…なんとなく時成さんを感じてしまうなんて…、あの人の事を考えすぎて、いよいよ私はおかしくなってしまったのか…。
次会った時、一言目に何を言ってやろうかとか、今頃なにをしているのだろうかとか、体調はどうなのだろうかとか、食事はできているのかとか…
ふと気が付けば、いつのまにか当たり前のように時成さんの事を考えている自分がいる…。
というか、何故時成さんはいまだに帰ってこないんだろう
まだ回復できていないのか…、それともーー…
…時成さんが求めたのは
リブロジさんのハートと、リブロジさんを猫魔から解放する事だと、私は思っていたのだけど、まだ時成さんが帰ってこれないのは、私の思う最善が、間違っていたという事だろうか…。
脳裏に浮かぶ時成さんの姿に目を伏せながら、トキノワの玄関を開けると
なにやら事務室からサダネさんの驚く声が聞こえてきて、何かあったのだろうか。と草履を脱いでいれば、パタパタとサダネさんが私に駆け寄ってくるのが見えた。
その手には電話が握られていて、誰かと通話中なのだとわかる
どうしたんですか?と聞こうとした瞬間
聞こえてきたサダネさんの言葉に、私は目を丸くした
「由羅さん、時成様が」
「っ…!」
「帰ってこられたようです」というサダネさんの言葉を最後まで聞かないまま、私は草履を履く事すら忘れ、そのまま勢いよく玄関を飛び出した。
背中にサダネさんの慌てたような声が聞こえた気がしたけど、振り向かないまま全速力で走った
(帰ってきた…。)
時成さんが、帰ってきた……
顔が熱い
胸が苦しい
旅館まで、こんなに遠かったっけ…。
走っているせいで足りなくなる酸素に、呼吸が荒くなっていくーー…。
さきほどの電話は、時成さんからだったのだろうか
帰ってこられたのは、
リブロジさんのハートが増えたから?
私の思う最善が合っていたという事ですか?
高ぶっていく感情に呼応するように、目頭にじわりと涙がにじんだ
旅館につき、汚れてしまった足袋を脱ぎ捨て、私はまた走る。旅館の人には後で謝ろう…
見慣れた廊下を過ぎ、階段を駆け上がり、
時成さんの部屋のドアを
私は勢いよく開け放つ。
キセルの匂が香るその部屋の窓際で、
いつものように座椅子に座る時成さんが見えた
「おや」
懐かしさすら感じるその声が聞こえ、その視線が私を見た瞬間
何かが破裂したかのように、私の目から大量の涙があふれだした…。
「ずいぶんと早かったね、由羅。」
「っと、きなり、さん…」
「この場合、おかえりとただいま、どちらが正しいのだろうね?」
にっこりといつもの胡散臭い笑顔を浮かべる時成さんに、私はボロボロと涙を流しながら
その胸に、勢いよくガバリと抱き着いた
座椅子がギシリと傾いて「おっと」と驚く素振りをする時成さんは、そのまま私の頭にぽんっと手を置くと
「心配させたかな」と呟いた言葉に、当たり前でしょう…!と心の中で叫ぶ。
どれだけ心配して、どれだけ恋しかったと思ってるんですか!
「…もう勝手に、消えたり…しないでくださいよ…」
時成さんがいないと、私はまともに息ができない…。
嗚咽まじりに呟き、止まらない涙を流す私に
時成さんは小さく笑みを浮かべると、私の頭を優しく撫でた
(あぁ、いまさらに…思い知る。)
いつかのナス子さんの言葉が脳裏に浮かぶ
『頑張って否定してる時点で、すでにもう落ちてしまってることもあるから気を付けて~』
…その通りでしたナス子さん。どうやら私は、どうしようもなく鈍感だったみたいです。
いや、どちらかというと…認めたくなかっただけなのかもしれない…。
本当は、ずっと前から気付いていた…。
「由羅、そろそろ泣き止みなさい。服にしみる」
「…黙ってハンカチひとつだせないんですか」
「ださずとも私の服ですませているのは由羅だろう」
…この、どうしようもなく…いい加減で、無責任で、人の気持ちがわからない…
人間かどうかも怪しい、得体のしれない男に…
私は、恋をしてしまっているようだ…。
「…おかえりなさい、時成さん」
「ただいま、由羅。」
乙女ゲームのサポートキャラに恋をしてしまった場合
攻略方法は、存在するのでしょうか・・・?
