帰ってきたトキノワで、その処遇を決めるために私はリブロジさんの尋問を行っていた。
とはいっても、専門的な事はなにもわからないので、ただ私の聞きたい事を聞いているだけだけど…
「えーっと、じゃあリブロジさんの特殊能力を教えてください」
「“定めたものを牛耳る事”かの。簡単に言えば『支配』じゃ」
「しはい?」
「ぬしも見ておろう。わしの結界や叫びを」
「はい…。あれがそうなんですか?」
「いわば、結界は空間の支配となり。叫びは動きの支配じゃ。いろいろと条件はあるのだがの」
いまいちよくわからないけど、ただ凄い能力という事だけは分かる…。
なんだかもはや最強な気がする…。
「なるほど。じゃあ、アネモネさんの病室で、私に会う日取りを頭の中に直接言ってきたのもその力ですか?」
「…あれはわしでは無理じゃ。あの時は、主(あるじ)の…猫魔の力じゃの」
わしは言葉を貸しただけじゃ。とリブロジさんは少し目を伏せた。
…ということは、猫魔には時成さんの交信のような力があるということだろうか…?
「ぬしと時成が、あの女の濃い瘴気に触れた事を猫魔が察知したようだったの。そして猫魔はわしの声を使い、ぬしに予告をした」
「…わざわざ予告して、敵であるこの本部にくることは危険だと思うんですが…どうして予告なんて??」
「それもわからぬ。猫魔の意思じゃ」
…猫魔という存在がよくわからなくなってきた。
異形達のボスで…リブロジさんを誘拐した過去があり、異形達に人間を襲わせている…。
猫魔はなにがしたいのだろうか……。
何かを探しているとリブロジさんは言うけど…、それが時成さんとどう関係しているのかもわからないし…。
思えば…はじめて猫魔らしき存在を私が認識したのは、トビさん達といったミツドナ近くの森だ。
霧に囲まれた場所で、猫魔らしき声がすぐ目の前で聞こえた…。あの時、猫魔は私をいくらでも攻撃できたのに、あえてしなかったように思う…。
マナカノの町にも何度か襲来してきていたけど、私は一度も対峙していないし
先日リブロジさんと共に襲来してきたときは、猫魔ではなく、ただの猫に化けていた。
その時もなにをするでもなく、猫魔はただ、リブロジさんに寄り添っているだけ……。
「わしにも、猫魔の事はよくわからん。…猫魔自身もわからぬのかもしれぬ」
「どういう意味ですか?」
「猫魔がずっと何かを探しておるのは言うたじゃろ。もしかしたら猫魔は、それがなにか自分でもわからなくなっておるのじゃないかと思うのじゃ…」
「え、…そんなことって」
「猫魔を動かすのは“残留思念”じゃ。何百の年月の中、やつは異形に人間の魂を集めさせることでなんとか永らえておる…。故に、もともとの人物の思念というものが、薄れてきておるのやもしれぬの」
確信はないがの。とリブロジさんは呟いた
「私が、記憶の中でみた猫魔は、時成さんに化けていました。…一体、猫魔と時成さんは、どういう関係なんですか?」
「さぁの。考えられるのは、…猫魔の中にある残留思念とは、時成のものなのかもしれぬ。という事くらいかの」
リブロジさんの言葉に目を見開く
(まさかね…)
時成さんはそもそも、この世界の人ではないのだから、ありえない…。
ありえるわけがない…。
なのに…何故かしっくりと納得できてしまうのは何故だろうか…。
もし本当に、猫魔という存在が時成さんの残留思念をもとにしているのなら
猫魔が時成さんの光や、時成さんを襲う理由も納得できてしまう…
いやでも。…ね、猫魔と時成さんが、同一人物なんて、そんな…まさかありえない…!
思考を飛ばすように、私はぶんぶんと頭を横に振る
「当人おらぬ場で考えるのは無意味じゃな。他に聞きたいことはないかの?」
混乱している私を気遣ってくれたのか、話を変えたリブロジさんに私は「じゃあ」と別の疑問をぶつける
「鐘の音はなんだったんですか?」
「鐘の音?」
「病室の廊下で、リブロジさんが話しかけてくる直前、鐘の音がしたんです。それも大音量で。」
「…?しらぬ。わしではない」
「…そうですか…。」
結局、鐘の音の謎は解明される事はなかった…。
いよいよもしや幻聴では?と自分の耳を疑い始めてしまう
リブロジさんと話ができたのはいいけれど、逆に疑問は増えたような気がする…。
その後、私はリブロジさんの母親とも長い話をして、丸一日と考えこんだすえに、私はやっとリブロジさんの処遇を決めた。
色々な思いもあるだろうし
様々な人や、事情があるのは分かっている
ただのわがままである事も
納得いかない人がいることも知っている
だけど大前提として、私はリブロジさんを救いたいという思いと
リブロジさんが笑顔になれるような未来が見たいという願いがある
「リブロジさんの今後は、監視下の元、正式にトキノワ社員として惜しみなく協力することとします。」
「…随分と甘いのう。罰とは言わぬぞ」
「あともうひとつ、これはお願いなんですが…」
「なんじゃ」
「できるだけ、笑って過ごせるよう努力してください」
自責の念につぶされないように、後悔や懺悔に呑まれないようにしてください
もちろん反省は大事だし、今までの行いは許す必要はないけれど
(せめてこれからは、リブロジさんが笑えるように…)
お願いします。と笑顔で言えばリブロジさんは小さく息をはき、私の手をそっと握った
「…由羅がおれば、笑えると思うがの」
「え?」
「どのみちわしはこれまで二度、ぬしの体に傷をつけておる。その責任もはたすつもりじゃ」
「…え、な、なんのこ、と・・・」
「誰にももらわれることないよう願っておるぞ由羅、さすればおぬしはわしのものじゃ」
握った手にペロリと舌を這わせ、私を見上げてそう言ったリブロジさんに、私はぶわわと赤面した
(わ、忘れてた…!)
そりゃそうですよね。この人も対象人物なのだから。
黒と白に色づいた髪を靡かせ、じっと私を見るその鋭い瞳に、映る自分の真っ赤な顔が
この人がとんでもなくイケメンである事を主張している……。
いや、というかちょっと待って。もしやハート増えてませんか…
「またの」
小さく手を振り、去っていくリブロジさんを見送りながら、私はその場にペタリと座り込む…。
完全に油断していたなぁ…、と少し熱い顔を手で押さえながら、深く息を吐いた時だった…。
ふわり、と優しい風が私の髪を揺らし、
胸が苦しいほどに締め付けられる感覚がしたーー。
何故だろうか…
不思議とその瞬間、感じた
あの人の気配に…
私はゆっくりと立ちあがった…
(時成さん…?)
