乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます






 長い、とてつもなく長い夢から覚めたような心地がする…

 目を開けた時、見えた見知らぬ天井に
 寝起きの思考が上手く働かず頭を振った

 寝かされていたらしい布団から起き上がれば、やけに体が軽い事に気付く
 それと同時に、ゆっくりと自分の身に何が起こったのかが思い出された


『あなたは探す側ではなく探されている側です』
『他にも道があるんです。私はあなたが笑える未来が見たい』
『リブロジさん、どうか笑ってください』


 頭に響くのは由羅という女の言葉…。一体なんなんだ、あの女は…。
 あの女の話す言葉は、やたらと頭が痛くなる…。

 布団の上に立ち、深く息を吐いた時ー。自分の脳裏にまた別の声が過ぎる




『リブロジ~、笑って~』



(…なんじゃ…いまのは…)

 知らぬ女の声が自分の名前を呼んでいる…。
 わけがわからず眉間に皺がよる。由羅という女の声ではない。あれは…

 忘れていた、記憶の中のーー。と何かを思い出しそうになった時、この部屋に誰かが近づいてくる気配がして、スッと姿勢をひくくする

 武器をなにも持っていない。異形の気配も感じない今
 自分が敵地にいるのは間違いない。とすると、今から来るものは敵でしかないの

 (とりあえず、膝蹴りでもして逃げるかのう)

 そう思案しながら戸が開くのをまっていると、それがゆっくりと開いていく
 由羅という女か異形の器たちだろうと思っていたそれは、その誰でもなく

 現れたのは、わしの母親だった…。


「リブロジ……?」
「………。」
「っリブロジなのね!?」

 
 滝のように涙を流し、わしを見て泣く母親は
 予想外の事に固まるわしの体を抱きしめてきた


「信じてた!信じていたわ!あなたは生きてるって!あぁ…っ私のかわいい子…!!もっと顔を見せて…?」


 両頬がその温かい手で包まれれば、己が母親と目が合う

 自分とよく似た顔つきに、その慈愛溢れる瞳に…
 さきほどの記憶が、忘れていたはずの記憶のフタが勢いよく開け放たれ、かつての自分が呼び起こされていく…。

 あぁ、確かに。わしはこの女の子供じゃ
 
 小さな田舎村で、貧しいながらも楽しく幸せな日々。
 村人からも母親からも、たくさん愛情を注がれ、毎日笑っていた…。

 笑顔というものが、当たり前だった…
 母親のわしを見るその笑顔が好きだった…


「っ……!…は、はうえ……!っ母上!」

「リブロジ!!」


 うわぁぁぁあん!赤子のように、鳴き声をあげたのは自分と母親の両方だ

 抱きしめられるこの温もりが懐かしい
 優しいこの声が懐かしい

 どうして自分は今まで忘れていたのか…
 思い出せもしなかったのか…


 混乱するのは頭ばかり
 でも今はただ、このなつかしさに酔いしれたい





ーーーー





「…なんでお前が泣いてんだよ」
「…ちょっと。…もらい泣きです…」


 リブロジさんとその母親が抱きしめあう部屋の隣で、私はズズっと鼻水をすすった
 隣に座るナズナさんが至極呆れた様子で私を見る


「ったく。母親に会わせるより尋問が先だろうが普通」
「わがまま言ってすみません」


 二日間の気絶から目覚めた私の母親探しに付き合い、さらには私の我儘までを聞いてくれた皆には、もうなにもいえない


「しかもまたぶっ倒れやがって…人間二人抱えながらあの異形だらけの森から脱出するのにどれだけ苦労したと思ってんだ」
「う…」
「無茶するだろうとは思ってたが、度がすぎるんだよてめぇは」
「…返す言葉もないです」
「で?これで作戦とやらはすんだのかよ」
「まぁ…一応は。」


 時成さんの思惑というか、目的は達成できたのだと思う…。
 きっとリブロジさんをどうにかしてほしくてあの映像を私に見せたのだと思うから…


 とても危険な賭けだったけど
 誰も消滅しなくて良かった


「そういえば捕縛していた猿の異形はどうしたんですか?」
「キトワとツジノカに任せた。俺たちは専門外だからな」
「じゃあ今、ミツドナの町にいるんですね…。大丈夫なんですか?他の異形が取り返しにきたりするんじゃ…?」
「あそこは防衛に強いつくりだし、トビもキトワもいるから平気だろ。…それに心配すんならこっちも同じだ。猫魔の野郎にとってこのリブロジも大事な駒だったに違いねぇからな」


 今すぐに襲来してきてもおかしくはない。と呟くナズナさんに固唾をのみこむ…。

 ともあれ来るときはくるし、こないときはこないわけで…。
 今はただ、リブロジさんという一人の人間を猫魔の手から解放できたことを喜ぼう。と思っていたのだけどーーー…




「一緒にいることはかなわん」



 ある程度尋問を終えたリブロジさんが私に告げた言葉に私は「へ?」と情けない声が口からもれた


「先の尋問でも言うたが、わしがこれまでしてきた所業は、猫魔に洗脳されていたとて、容認できることではないじゃろう」


 自害でもせぬと気がすまぬ。と真顔でいうリブロジさんにポカンと口を開けたまま
 サダネさんとゲンナイさんを見ると、なんともいえない顔をしていた…。

 尋問を行った二人はすでにこのことを聞いていたのか、首を横にふってリブロジさんの意思が固いことを私に伝えてくる


「別にいいんじゃねーか?それでお前の気がすむならな」
「え、ちょ、ナズナさん!何言ってるんですか?」
「簡単に自害してそれで終わらせようとする甘ちゃんってことだろコイツは」
「なんじゃと?」


 ナズナさんはつかつかとリブロジさんに近づくとその胸倉を乱暴につかんだ


「俺たちがどんなに苦労して…コイツが、由羅がどんだけ必死でお前を救ったと思ってんだ!!こんな学もねぇ戦闘のせの字もしらねぇコイツが、あの時っ、たった一人でお前に立ち向かうのが…どんだけの恐怖で、どんだけ勇気のいることだったと思ってんだっ!!」

「ナズナさん…」

「そこまでしてやっと救ったお前の命を、簡単に捨てるなんて、コイツの目の前でよく言えたもんだなって言ってんだよ!!」


「・・・。」


 リブロジさんの胸倉をつかみ叫ぶナズナさんの肩に、ゲンナイさんが「落ち着け」と手をおいた

 その後ろで、私は溢れそうになる涙を必死に耐えていた。

 (ナズナさん、あなたは卑怯ですよ…)

 その想いと優しさに胸が熱く苦しい…。ずるいですよ本当に…
 普段はガキのくせに…こんなときだけ…私を想って怒ってくれるなんて…思わないじゃないですか…。



「…いうとおりじゃ。返す言葉もない…。軽口がすぎたようじゃ、許せ…。」


 申し訳ない。とリブロジさんは私に頭を下げた
 それでもまだ少し怒っているナズナさんの隣で、ゲンナイさんとサダネさんが目配せをしていた


「リブロジ、これまでのお前の行いは、お前がいうとおり許されることじゃない。だからその責任の取り方も、お前が勝手に決められることではない」

「承知した。おぬしらに任せる。どんな処遇も処罰もわしは受け入れる」

「時成様がいない今、責任者は次席につく俺サダネとゲンナイさんです。よってこの決定は絶対になります。リブロジさん、あなたの今後の対応はすべてーーー」


 サダネさんが告げる言葉にハラハラと待っていると
 ふいにその視線が私に向けられる


「由羅さんに一任致します」

「へ、ぁ?」

「はああ!?」


 まさかの自分に負わされた事柄に私は素っ頓狂な声をあげ
 ナズナさんが盛大に顔をしかめた