乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます




 ツジノカさんの能力で繋がれたその夢の中で、何故か赤子になっているサダネさんを前に、私の頭の上には大量の疑問符が乱舞していた…。

 もしかしてゲンナイさんの時のように…今この場所は、サダネさんの過去の記憶の中なのだろうか…
 それにしては過去すぎるというか…。ゲンナイさんは10年ほど前の記憶だったけど…赤子って…わ、若すぎる…。それに寝てるし…話すことできないじゃないですかサダネさん…。

 ここからどうやって共鳴すればいいのか…。木箱を前にしゃがみ込み考える。
 すやすやと気持ちよさそうに眠る赤子のサダネさんが可愛い。可愛いのだけど状況は詰んでいる…。

 ぷにぷにと柔らかなその頬を撫でて癒されていた時…なんとなくわかってしまった。
 いま私がいるこの場所は…この記憶は…サダネさんが捨てられた時のものなのだろう事を…
 もしかしたら共鳴に必要なのは…その人の持つ一番辛かった時の記憶を、救ってあげる事なのかもしれない……。こんな赤子の時から、どれほどの辛い痛みを背負っていたのかと眉を下げ、泣きそうになった時

 ザリっと草履で土を踏む足音がして、私の隣に誰かが同じようにしゃがみ、赤子を覗き込んだ

 もしかしたらこの人がサダネさんを拾ってくれたのかな、と見たその横顔は、私のよく知る大人のサダネさんで(え?)と私は混乱する

 大人のサダネさんと赤子のサダネさんがいるのだけど…これはなに…?どういうこと?

 ぐるぐると混乱する私を大人のサダネさんが横目に見てくると、その口元に小さく笑みを浮かべた


「鳥の異形から俺を守ってくださり、ありがとうございます。」
「…へ?」
「由羅さん、どうかあなたにこれを…」


 サダネさんが懐から取り出したのは、ゲンナイさんの中で見たものと似たような灰色の塊で、その禍々しさにこれがサダネさんの中にある異形の塊なのだとわかる

 差しだされるままにそれを受け取ると、大人のサダネさんは赤子の自分を片手に抱き、空いた片手をこちらに向けた


「由羅さん、良ければこちらに来ていただけますか?」
「え、はい」


 言われた通りに近づけば、サダネさんにぎゅっと抱きしめられる


「赤子の俺の手を取ってください」
「は、は、はい」


 ふにふにと赤子特融の柔らかさに一瞬癒されながらも、これからなにがおこるのかわからない状況に困惑する
 右手に赤子のサダネさんの手を握り、左手に異形の塊を持ち、大人のサダネさんに抱きしめられている、この状況は一体なに…!?

 混乱していれば大人のサダネさんがじっと私を見ていることに気付く

 その視線が何を言っているのかわからない
 だけどサダネさんが私に何かを求めているのだけはわかる


「…サダネさん、大丈夫ですよ?」


 なにか私にしてほしいことがあるなら
 頼みたいことがあるのなら

 甘えてほしい


 そう思いながら、安心させるようにほほ笑むと、サダネさんがまた小さく笑い
 すやすやと寝ていた赤子のサダネさんがパチリと目を開け、ふにゃりと顔をくしゃくしゃにすると、おぎゃぁおぎゃあ!と泣き声をあげたーー


 --その瞬間に『パリィィン』と私の手にあった異形の塊が粉々に砕け、サァァァとチリと化していく



 え、まさか。本当に…できたのだろうか。と思った瞬間、グインと背中を物凄い勢いで引っ張られる感覚がして


「っはぁ!はぁ!はぁ…!」


 気付けば起き上がった私を、ナズナさんとゲンナイさんが見ていた


「起きたか由羅君。夢を繋ぐ時間切れになってしまった。異物とやらは除去できたのか?」
「…え?えーっと……?」


 なんだかぽやぽやとして記憶が定かじゃない。本当に夢を見ていたような感覚だけど、なんとなく覚えている記憶で確か、塊は砕けたような…

 あれ?どうだったんだっけ?と隣で眠るサダネさんを見れば、その目がゆっくりと開いて、サダネさんが起き上がった


 「どうだサダネ」とゲンナイさんが質問するけど、サダネさんは無言のまま胸に手をあてていて、次の瞬間には、その目からポタポタと大量の涙が流れ始めた


「はい…。何かは分かりませんが…確かに俺の中にあった何かが消えました…」


 良かった…。どうやら共鳴自体は成功したみたいだ。とほっと息をはく


「なにがどうしたのか…曖昧で思い出せませんが…ひとつだけはっきりとした記憶があります」


 溢れる涙をぐいっと拭い、サダネさんは私をじっと見つめた


「由羅さん。俺はこの瞬間をずっと前から待っていたような気がします。あなたは私を救ってくれた…。何度も…。あなたにずっと会いたかった…。あなたにまた会えて良かった」


 まだ少し夢と混迷しているのか、支離滅裂な言葉を零しながら、サダネさんはおもむろに床に膝をつくと「ありがとうございます…!」と頭を垂れ、ポタポタと床に涙を落とした


「ちょ、さ、サダネさん…!」


 顔をあげてください!と慌てて駆け寄り、その肩を持ち上げた。私と視線を合わせたサダネさんは、その目にまた涙をためると、抑えられない衝動に従うかのように
 勢いよく私を抱きしめた


「…っええ!?」

「おいサダネてめぇ!なにしてんだ!!」

「すみません…っ!」


 喚くナズナさんの声を聞きながら、ぎゅうぅと力強く抱きしめてくるサダネさんに
 私は赤面しながらも、その背中にそっと手を回した


「あ、謝らないでください。サダネさん」


 …ぼんやりと、夢の中での事を思い出した。
 肩を震わせ泣くサダネさんに寄り添い「大丈夫ですよ」と宥めるように背中をさすれば、抱きしめるその力が強くなった気がした