翌日のお昼すぎ。ツジノカさんがトキノワ本部へとやってきた
「先日は色々と大変だったようだな。時折耳にする、リブロジという人型の異形が襲来したらしいが…」
応接室のソファに座り、申し訳なさそうにツジノカさんはゲンナイさんを見る
「残念ながら、その居場所は俺にはわからない」
「そうか。まぁダメ元だ、本題を話そう。由羅ちゃんをナズナとサダネの夢の中におとすことはできるか?ツジノカさん」
「……わからないが、やってみよう」
ツジノカさんも大概ノリが良いというか、理解度が高すぎるというか…もうすこし質問してもいいのではと思うような即決ぶりに、苦笑いが零れた
確かに、ツジノカさんの特殊能力なら夢に干渉できるから、ゲンナイさんの時のように二人の意識に入れるかもしれない。どうするのかと待っていれば、ツジノカさんは立ち上がりソファにポンと手を置くと、私を見る
「では由羅君。寝てくれ」
あ、なるほど。確かに眠らなければ始まらないですよね…。え、寝れるかな。まだ昼だし…。
「ナズナとサダネもだ。」と続けたツジノカさんに、二人も厳しそうに躊躇していた。一応と言われた通りに私はソファに横になり、二人も向かいにあるソファに腰掛ける
「寝てくれっていわれてもな…」
「そうか。なら眠りに誘うまじないでもするか」
「まじない?」
「きく者ときかない者がいるが、運が良ければ深い眠りにつける」
疑問符を浮かべながらも、ツジノカさんに言われるがままに、私たちは目を瞑った。
「では、頭の中に草原を思い浮かべてくれ。そしてそこに木の囲いを想像する」
あ。もしや、羊を数えるアレ的なやつかな。と予想して、あまり効果はないと聞いたことあるけど、ツジノカさんは信じているのか…と、意外と可愛いツジノカさんの一面に口角があがる。
「では次に、その囲いの中へと飛び越え入っていく“俺”を想像してくれ」
「・・・へ?」
ひ、羊ではなくて…!?ツジノカさんを?え、何故。
「次々と何人もの俺が、列をなしてリズムよく囲いの中へと入っていくのを想像するんだ」
きちんと数えながらな。とツジノカさんが説明を終えると、一泊置いて勢いよくガバリとナズナさんが立ちあがった
「できるわけねぇだろ!腹がよじれるわっ!」
笑いを耐えるようにプルプルしながら叫ぶナズナさんに、激しく同意する。真顔のツジノカさんが何人も列をなしてフェンスを飛び越えているのを想像してみたけれど…絵面があまりにもシュールすぎる。…笑いを堪えるのに必死で、もはや睡眠どころではない…。
「そうか?サダネには効果があったようだが」
小首を傾げたツジノカさんの視線を追えば、そこにはソファに凭れ静かに寝息を零すサダネさんがいて(うそでしょ!?)と私は目を丸くした
ナズナさんに至っては「なんでだよ!意味わかんねぇ!!」と混乱に陥っている
「由羅君。騙されたと思って想像してみろ。しばらくすれば眠れるはずだ」
無理だと思う。そう思いながらも私は再び目を瞑り、頭の中で想像した…。
そして、そのシュールさにも慣れ、フェンスを越えたツジノカさんが30人を超えたころーー…
--どうやら私は、眠る事ができたらしい。
まさかあんな想像で本当に眠れるとは…これももしかしたら、ツジノカさんの特殊能力のひとつなのだろうか…
いつか見た真っ白いふわふわの綿毛のような何かが漂うその空間にいれば、ぼんやりとツジノカさんの姿が浮かんでくる
『ナズナは眠れなかったようだ』とツジノカさんの言葉に、私は(そうでしょうね。)と頷いた。なんとなくそんな気はしてました。
『さて、準備はいいか由羅君。今からサダネの夢に入るが、自分意外の人間同士の夢の接続は俺も初めての試みだ。どうなるのかはわからない。由羅君、覚悟はいいか?』
『は、はい!』
さあぁぁ、と白いふわふわが蠢き、ドプンとなにか水のようなものに沈む感覚がした
『…入口の扉は開けれたが…どうやらこの先へ俺は入れないらしい』
『え?』
『サダネが待っているのは君だけのようだ…あとで迎えにく、…の・・・て』
『え?な、なんですか?ツジノカさんーー?』
遠のく声と同時に、ツジノカさんの姿が消え、目の前の景色がパッと変わった
ーーー
そこには赤い鳥居が佇んでいた。
田舎の小道のようで、他に建物もなにもない。鳥居の奥にはとても長い階段が見える…。
いきなりとこんな場所に放り出され、どうすればいいのか、と鳥居に近づけば、その真下に小綺麗な木箱がひとつ置かれている事に気付いた
「え、ええ!?」
無意識に覗き込んだ木箱の中には、生まれて間もないような
小さな赤ん坊がすやすやと眠っていた
え、なにこれどういう状況なの?ど、どうすればいいの?というかなんでこんな場所にポツンと赤ちゃんが…!?
わたわたと慌てていれば、背後からバサリと羽をはためかせる音がして
振り向けば、そこには鷹よりも数倍も大きな体をした、4つの翼を持つ鳥が、木箱をじっと見据えていた
(っい、異形…!鳥の!?)
それはゆっくりと木箱に近づき、中の赤ん坊を覗き込むと
口を開け、禍々しい瘴気をその赤ん坊に注ぎ始める
「ちょ…!?やめてよ!」
反射的に私は落ちていた石を掴むと、鳥の異形に投げつけていた
だけど石は異形の体を透き通り、いつかのゲンナイさんの記憶の中での時のように、自分が幽霊のような存在なのだと察する。
干渉ができないと分かっても、何もせずにはいられないと「ええい離れなさい!」と手をブンブンと振りまわして、木箱の前に出れば、鳥の異形はギイギイと鳴き声をあげて空へと逃げて行った
ほっと息を吐きながらも疑問に思う。異形は私を認識していない様子だったのに、なぜか逃げた…。そういえばゲンナイさんの時も、何故か犬神の瘴気の軌道を逸らすことができていたっけ?
どういう事なのだろうか…と頭を捻らせながらも、私は赤ん坊へと視線を移す
どうやら瘴気に侵されてはいないようだ。と安堵しながらその赤子を改めて見た時、私はふとある事に気付いた
灰色の髪に口元のほくろ…赤子ですでに漂うこのイケメン臭は…。まさか…
「サダネさん…?」
…な、なぜに赤子に???
