乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます


 こんなにも激しく、自分の弱さと自分の能力を恨む事など、生涯で今この瞬間だけだろう…。


 絶望に歪む視界の中、ぼんやりとそう確信した。




 それはつい昨日の事、暦が3月から4月になったその瞬間、時計の針が0時を超えた頃だった

 応接室で共に会議していたゲンナイさんとナズナさんが同時にピクリと何かに反応した。


「どうしたんですか二人とも?」


 質問の言葉を投げ終わる時には気付いていた
 二人の顔つきの変化に、その深刻さに、その視線の先が二階のあの人の部屋へと向いていることにーー…


「音が消えやがった…!!」
「一瞬だが確かに異形の匂だ!」


 素早く武器を手にとり駆け出す二人に、一歩遅れてついていく事しかできなかった…。

 あぁ自分はなぜ、自分の能力はなぜ…
 視覚的でしか捉えられないのか
 この二人のように、感覚的にすぐ気付く事ができたなら、と始めての感情が襲う

 不甲斐ない。口惜しい。目に見えるモノでしか反応できない自分自身の不足に…。

 かくも感じる憤りに手足の先が僅かに震える

 悔しさと情けなさに苛まれながらたどりついたその部屋は透明な壁で覆われていた


「なんだこりゃ」
「結界、のようですね…」
「くそっ!おい!!由羅!!!」


 ガンガンと壁を殴りながらナズナさんが叫んでもなんの音もせず、なんの応答もない
 あの人に危険が迫っているというのに…
 状況もわからず、目の前の壁の壊し方もわからない。生きた心地がしなかった…
 食いしばった奥歯が、ギリリと音をたてる

 もしかしたらもう手遅れかもしれない、と最悪な光景が頭に浮かんだ時
 ゲンナイさんに大きな声で名前を呼ばれハッとする


「サダネ!見ろ!」
「え?」
「結界ってのは起点から広がる膜だ!その一点をつけば壊すことができる!俺とナズナにそれはわからない!お前のその目でしか見れないんだ!」


 必死の形相で叫ぶゲンナイさんから素早く視線を移動しその目を透明の壁に向ける
 目を凝らせば確かに、透明な膜のその中に、ゆらめく流れのようなものが見える…
 だんだんと凝縮しているそれが一か所に集まっている事を見抜けると、武器を構えた


「サダネ!早くしろ!由羅が死ぬぞ!」

「させはしませんっ!」


 一点集中。自らの武器である鉄棒の先端で、確かに見える膜の起点を全力で突けば、そこからひび割れ、その先にある部屋の様子が僅かに見えた

 同時に、全身の毛が逆立ったのが自分でも分かった

 敵らしき男の鎌が、今まさにあの人の首に振り下ろされようとしている

(っ失って、たまるか…!!)

 ダンッと踏み込んだ足で詰め寄り間合いに入ると、寸でのところでその鎌をはじくことができた

 ーーガキィィンと鉄のぶつかる音が耳に響く。己の広いその視界に、安堵したように眉を下げるあの人が見えた
 目の前の敵に集中しなければいけないのに、あの人を守れたことが心の底から、嬉しかった。

 これで少しは、返すことができただろうか
 報いることができただろうか

 あの日あなたが俺にくれた愛情と恩恵に

 あなたの笑顔に
 あなたの言葉に

 あの日俺がどれほど救われたかなんて、あなたはきっと理解できないでしょう…

 だけど俺はそれでかまわない。何かを求めているわけじゃない。
 ただ、そう思っていたはずなのにーーー。


 あなたを失うかもしれない、と一瞬でも頭に過ったその瞬間から、どうやら俺の中の何かが壊れてしまったようです。


「由羅さん。時成様がいなくなってから貴女が何か悩んでいると俺の目には見えています」


 何かを思いつめ悩んでいるその顔に、触れてみたい。と…願ってしまう…

 その体に、その心に…やましくも触れたいと願う俺の事をどうか、許してはくれないでしょうか


「由羅さん、今あなたがしたいことを教えてください」


 せめて、あなたの望みを聞くことでしか
 この激しく渦巻く衝動を抑えられそうにない…

 強くも恐ろしいここまでの“欲望”をこの自分が抱いている事に驚きさえ感じている


「・・・行きたい場所なら、あります。サダネさん、手伝ってくれますか?」


 あまりにも慎ましい要求に思わずフッと笑みが零れる。「当たり前でしょう?」どこへでも行きます

 あなたが許してくれるかぎり
 あなたの傍で支えさせてください

 でもすこしだけ心配なのは、愛しくて仕方ないあなたの傍にいるかぎり…
 俺のこの“欲望”がきっと尽きることはないという事ーー。


「このサダネに、由羅さんの望みを叶えさせてください」


 言葉と共に手の甲にキスを落とせば、触れたそこからまるで電撃でも走ったかのように全身に喜びがほとばしる

 ああ…まずいな…。
 やはり気安く触れるべきではなかったかもしれない…

 (やみつきになりそうだ…)

 見上げれば真っ赤な顔が自分を見下ろしている
 その頬に、その瞳に、その唇に、余すことなく触れたくなった自分の欲を必死に押し込んだ

 予想通りに増していくばかりの欲望をいまは見て見ぬふりで厳重に箱にでもしまっておこう


 願わくば、いつの日か

 この箱を開け放つ、その時がくるまでーー