【番外編】…バレンタイン…
  本編と関係ないので、飛ばしても大丈夫です!
  




この世界にもバレンタインあるんだ…


おつかいの帰りに視界に映ったバレンタインフェアの文字に思わず足が止まる。
チョコをあげようかな。と考えてすぐ思い浮かんだ顔が
あの胡散臭い笑顔だったことに私はぶんぶんと頭を左右に振った

何故最初に思い浮かぶのが時成さんなんだ…
まぁでもね。確かに雇い主ではあるのだし、お給料も給金されているし…お世話になっているのは事実だし…深い意味はまったくない。他意はない
お世話になってますチョコくらいなら渡すべきなのではないだろうか

頭の中で早口で言い訳を披露しながら
勝手に足はチョコが陳列されているそこへ向かっていた

華やかな装飾のチョコ達を前にトキノワの皆のチョコを選んで会計を済ませた
そして無意識のうちに時成さんにだけ皆とは別のチョコを選んでいた自分に気付いたのは帰ってからだった

(何故…!よりにもよって、でっかいハート型なんだ…!)

こんなあからさまなチョコを無意識に選ぶ自分の神経を疑う…。
大丈夫か私!?もしかして疲れてる?どう考えても会社の上司へのチョコではないでしょうこれは…
皆には普通のチョコなのに…
時成さんにだけこんなのなんて渡せるわけがない…

自室で四つん這いになり激しく落ち込むこと10分後ーー。

よし!と私は気持ちを切り替え顔を上げた。
このチョコ砕く!

でっかいハートの真ん中で綺麗に割れば
半月の月の形に…見えなくも、ない…!!
ちょっと斬新だけども、これはちょっと歪な半月型のチョコだ!

よし、これでOK。これで問題なし。

チョコを包装し直して、自室を出るとトキノワの皆にチョコを渡していく。
今日ここにいない他の皆の分は後日渡そう

喜んでくれた皆に嬉しく思いながらトキノワを出て最後に時成さんの旅館に向かう

その手には半月型のチョコ

「時成さん、ハッピーバレンタイン」

いつものように座椅子に座りキセルをふかしている時成さんに「どうぞ」とチョコを手渡した
あ、というか全然知らないけどこの人甘い物とか食べるんだろうか

「お世話になってますチョコです。」
「ありがとう由羅」
「ちなみに甘い物好きですか?」
「どうかな」

考えたことないね。と首を傾げながら時成さんはチョコの包装を開けていく

「これを食べて判断するよ」とその箱を開けたそこには半月型のチョコ。しばらくの無言のあと、「変わった形をしているね」とチョコを手に持った時成さんに「半月ですよ」と私はにっこりと笑った

バレてない?セーフ?と気付かれないように深く息をはき、「じゃあ戻りますね」と部屋を出ようとした時だった

「あぁなるほど。ハートを割ったのか」と背中に聞こえてきたその言葉にギクッと肩が跳ねた

「…え?」

「元はこうだったんだろう?」と半月のチョコの割った部分を重ね、でっかいハートの形に戻して見せてきた時成さんに私の顔から血の気がひく

「由羅がわざわざハートを割った真意はなんだろうね。とても興味深いけど、私にはわかりかねるだろうから、サダネ達に聞いてみようかな」
「ちょっ!それは…!やめてください!」

そんなことしたら時成さんにだけハートのチョコを渡したのだと皆にばれる。そうなっては私が時成さんの事を特別視してると皆に勘違いされるじゃないですか
しかもこんなでっかいハートは上司だからという言い訳は通じない

もはや告白と同等のチョコだ

「た、他意はないです。本当に…お世話になってますチョコですが…気付いたら時成さんにそのチョコを選んでて…」

結局と全て洗いざらい告白して猛烈な羞恥に襲われながら私は時成さんの部屋の隅で正座していた
穴があったら入りたいとはまさにこんな心境なのだろう
それか誰か私の頭を殴ってほしい。記憶をとばしたい……

「つまりこの大きなハートを渡すのは照れくさいからわざわざ割ったということかな?」
「…そうです」
「由羅は本当に面白いね」

小さくフッと笑いがもれた時成さんの声が聞こえ、同時に部屋の隅に座る私に時成さんが近づいてくる
正座する私の前に膝をつきトンっと壁に手をつかれれば、私の視界には時成さんの存在しか映らなくなった

「な、なんですか?」
「由羅、このハートの半分は君が食べなさい」
「え?」
「いまはまだハート全てもらうわけにはいかないからね」
「はい?どういう意味ですか」
「いずれわかるよ」

にっこりと笑って時成さんはパキっとチョコをかじった
渡された半分のハートをじっと見つめ私もおずおずとそれを口にする

(甘い…)

時成さんのわけのわからなさは相変わらずだけど
どうやら甘い物が苦手ではないらしい

「由羅」

名前を呼ばれ顔をあげれば時成さんが頬を指差した

「ついてる」
「ここですか?」

ペタペタと自分の頬を触っていれば時成さんがにっこりと胡散臭い笑みを浮かべ、私の顎をガシリと掴む
突然の無遠慮な接触に驚いていれば時成さんが私の頬をペロリと舐めた

「へ…?」
「ふむ。より甘いね。」

とれたよ。とにっこり笑った時成さんに
私はボフっと赤くなった顔で叫んだ

「な、な、な、何故舐めるんですか!普通に手で取ってくれればいいじゃないですか!!」
「それじゃ面白くないだろう」
「面白さを求めた覚えはありません!!」

必要以上に距離をとり叫んでいれば
時成さんがまた可笑しそうに小さく笑い声をあげていた

最近、この人はたまに、
こうやって笑う事がある

「も、もう本当に戻りますからね!」

顔は熱いし心臓がうるさい
戸に手をかければ再び時成さんから「由羅」と呼び止められた


「おいしかったよ。ありがとう」
「・・・いいえ」


どういたしまして。と呟いてスパンと戸を閉めた私は、こみあげるどうしたらいいか分からない感情のままに走ってトキノワに戻った


「はぁはぁ…た、ただいま戻りました!」
「…どうしたんですか由羅さん」


おかえりなさいと出迎えてくれたサダネさんが不思議そうに首を傾げる


「顔、真っ赤ですが」
「…ちょっと。羞恥が重なりすぎて…」


消えるように小さな声で呟いた私に
サダネさんは再び首を傾げていた


(もう二度とハート型は買わない…!)


激しくなった心臓の音はしばらく収まりはしなかった



  番外編終わり。
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