「はぁ、はぁ!ここまでくれば…!」
「あ~見つけた~由羅ちゃ~ん!」
「ぎゃー!!」
バチリと目が合ってしまったナス子さんとは反対方向へと、私は全速力で逃げだした
あれから護衛が交代し、何故か始まったマナカノ町全域を範囲とした鬼ごっこはなかなかに逃げ切れない状況になっている
早く時成さんの元へ行きたいけど、この世界と次元の違うあの屋根裏の存在が、皆にばれるわけにはいかない。…つまり、私はひとりで時成さんの旅館へと行かなければいけないのだけど…
昨夜の襲撃もあり、護衛として片時も私から離れないと主張する皆が私のひとり行動を許してはくれず…
諦めきれない私がナス子さん達の隙を見て逃げ出した結果が、この鬼ごっこである。というか、鬼3人対私1人はもはや鬼ごっこではないな…!
なんとか皆をまいてこっそりと旅館にたどり着き、時成さんに会いに行きたいけど…!これがなかなかにしぶとくて全然まく事ができない!
ナス子さんは野生の勘なのかなんなのか、何故か頻繁に見つかるし
イクマ君は持ち前の足を使って町中を走り回り、しらみつぶしにしてくるし
そしてなにより一番やっかいなのはーーー
「ふぐっ」と何かにぶつかった衝撃で情けない声がでる…。
若干ぶつけた鼻がいたいと手で押さえて見上げれば、ニヤリと笑うトビさんが私をぎゅっと抱きしめた。どうやら逃げた先に待ちかまえていたらしいトビさんの胸に、私は飛び込んでしまったようだ…
「諦めろぃ由羅。お前はすでに俺がマーキングした女。居場所なんて手にとるようにわからぁ」
ーーーこれである。やっかい極まりない。
なにやらトビさんの特殊能力は【マーキング】なるもので、よくはわからないのだけど自分が一度印をつけた人や場所を探す事ができるとかなんとか…
そしていつの間にかすでに私はトビさんにマーキングされていたようで、どこに逃げてもトビさんには私の居場所が筒抜け状態らしい
この八方塞がり感、もはや逃げ道も抜け道もない状態で、諦められればそれでいいのだけど、それは無理だ。
どうしても時成さんに会いたい。
無事なのかも知りたいし、リブロジさんの事も、あの猫の事も聞きたい事がありすぎるし、なによりキスされたことに文句のひとつも言わないと気が済まない
「諦めません!」
抱きしめてくるトビさんの腕から抜け出して、また私は走る。背中からトビさんが一人になるなと叫んでいる声が聞こえる。
心配かけて申し訳ないけど、それよりも優先したいことがあるんです、ごめんなさい…!
今だけは護衛から解放してください!
走りながらふと思うのはトビさんも若干手加減してくれているっぽいという事。だって本気出されたらたかが一般人の私がこんなに逃げれるわけないし…
ナス子さんもイクマ君も息抜きに遊びが入っているのかもしれないけど…こちとら私は本気も本気なので、遠慮せず全力でいってやる…!
相手の油断を逆手にとろうと作戦を考えながら曲がり角を曲がった先に、イクマ君の背中が見え、私は急ブレーキをかけた
まずい…。このままだとすぐイクマ君が道を折り返してこちらにくる…。どこか逃げ道はないかと視線を走らせていれば、後ろから「由羅ぁそろそろ潮時だぜーぃ」とトビさんの声も聞こえてきて、近づいてくる気配がする
極めつけには斜め前にある壁ごしにナス子さんの私を呼ぶ声までもが聞こえてきた…
(やばい・・・!)
もう完全に逃げ場がない。
これ以上は無理か、と絶望していると「お困りですか?」と背後から声がして私の肩がビクッと跳ねる
振り向けばそこには、きょとんと首を傾げるシオ君が立っていた
「シオ君!?どうしてここに?」
「報告事があって今しがた着いたんですが、なにやら焦っている様子の由羅様が見えたので」
どうしたんですか?ともう一度聞いてきたシオ君に、私は賭けに出た
「シオ君!誰にも見つからず、私一人で時成さんの旅館に行きたいの!何か方法ある?」
抜け道でもなんでもいい!シオ君はこの町に住んでいるわけじゃないし
そんなもの知らなくて当たり前だけど、と見込みのない賭けとわかっていても僅かな可能性にすがる私に、シオ君は平然とした顔で「かしこまりました」と頭を垂れた…。え?方法あるの?
「抜け道も追手から隠れる術も私は存じませんので、少々手荒になりますが…」
よろしいでしょうか。と了承を求めてきたシオ君に私はコクコクコクと頷く
ナス子さん達の声がもうすぐそこまできてるし、なんでもいいからお願いします
「では、由羅様。失礼致します」
シオ君は膝を曲げ少し屈むと、私の体をぐいっと持ち上げその肩にのせた
俵担ぎというやつだろうか、そこからどうするのかと思うより先に、シオ君はひょいっとジャンプすると壁に手をかけ、くるんっと一回転ののち
スタッと民家の屋根の上に綺麗な着地をしてみせた。
……それも、私を担いだままである…。え?いま何が起こったの?
さきほど私達がいた路地にはイクマ君とトビさんとナス子さんがばったり鉢合わせになっていて、私がどこに消えたのか三人とも疑問符を乱舞させていた
くんくんと何かをかぎ取る仕草を見せたトビさんがパッとこちらに振り向いて「あ」と目が合う
「シオおめぇ!」
トビさんが叫んだのと同時に、シオさんはひょいっとまたジャンプすると、さらに高い屋根の上へ飛び移った
な、なんで人一人抱えてるのにこんな身軽なのこの人…!
「高いところはいいですよね」
「え?」
「高いところにいれば、そこに行く手段がない人たちの手は届かない…。トキノワの中で最も高い場所に行くことができるのは私なんですよ」
それって…トビさんのマーキングのように、シオ君のこれも、なにかの特殊能力という事なんだろうか
「時成様の旅館を目指している事は、あの三人は知らないんですよね?」
「へ?あ、うん!」
「なら大丈夫です。すこし翻弄してから屋根伝いにそこへ向かえば、誰に知られることはありません。それと由羅様、今日一度でもトビ様に体のどこかにキスなどをされましたか?」
「え、あ。確か頬に…」
「それがマーキングです。自分の唾液や体の匂を染みつかせることで居場所を把握しています。ハンカチでも濡らして拭き落としてしまいましょう」
それでマーキングは効果を失います。と冷静に告げながら水筒を渡してくれたシオ君になるほどと頷き、早速自分の顔をハンカチでこれでもかと洗い拭った
「シオ君の能力って身軽なこと?」
「…少し違いますね。いささか不満ではあるのですが私の能力を見たキトワ様とトビ様がこう言っていましたーー【木登り】、と…。」
「木登り・・・?」
「もっとも、登れるのは木だけではないですけどね」
ひょいっと私を担いでる手とは反対の手を壁にひっかけ片手と両足だけでぐんぐんと壁を登っていくシオ君に面食らう
見た目だけでは想像できないその身軽さと、私を担いだままの腕力が
この小柄で可愛らしく大人しいシオ君に備わっているのかと、衝撃と感銘をうけた
「普段はあまり役に立ちません」と卑下しているけど、とんでもない
十分凄すぎる能力だ。普通に人間技じゃないし。
遥か遠くの方でトビさんの叫び声が聞こえたような気がして
少しだけ申し訳ない気持ちになった…
時成さんとの話が済んだら、後でしっかり謝ろう
