乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 交代までの1時間、嵐のように騒がしかったその時間が終わり、半ば追い出すように玄関をピシャリと閉めたナズナさんの顔は果てしなく疲れていた。


「いい加減にしろよこの馬鹿女」
「はい?」
「ほいほい惚れさせてんじゃねぇ!俺様の身が持たねぇだろが!」
「……。」


 なーにを言ってるんだこの人…。
 一体どこから目線の何発言ですかそれは

 私、ナズナさんの恋人でしたっけ?

 しかもほいほいしてる自覚はまったくないですが、私も何故皆がこんなに好いてくれるのか不思議でしょうがないんですよ


「ナズナさんは私のどこが好きですか?」


 せめて参考に聞かせてください。と聞いた質問にナズナさんの色白の肌がボボボボっと沸騰したように真っ赤になった


「なっ!てめ…!なんでっ知っ…!」


 えぇ~…こんなにもあからさまでバレてないと思ってたのこの人。私の事どんだけ鈍感だと思ってたんですか。いい歳した大人がそこまで鈍い訳ないでしょう


「アレですか?浄化の力持ってることが大きいんですか?それともたまたま私の顔がナズナさんの好みだったんですか?」
「……やっぱり全然わかってねぇじゃねぇか!お前の認識はガキくせぇんだよ!」
「え、ナズナさんにガキだと言われるなんて…」


 ショックを受けていれば「俺から見れば二人共ガキだな」と突然聞こえた第三者の声にナズナさんが全身でびくついていた
 声のした方へと振り返ると、ゲンナイさんが苦笑いでこちらを見ている


「随分と幼稚な会話してるな?」
「うるせぇ盗み聞きしてんなゲンナイ!」


 うーん。ゲンナイさんも私に好意があるのは明確なのだけど…ナズナさんのようには聞けないな。なんとなく聞きづらい…


「聡くても鈍くても、色恋のいろはなら俺がゆっくり教えるから由羅ちゃんはそのままでいいんだよ」


 ほらね、これですよ。にっこりと笑顔で頭をぽんっと撫でられれば。その色気にこちらが返り討ちに合うのは分かってたんだ。
 閉口し思わず赤面する私の肩をナズナさんがガシリと掴んできた。「触んなっ!」と、喚きながらグンッと引き寄せられその胸板に鼻をぶつける。…痛い


「大人げねぇなナズナ」
「それはお前だろ」


 ニヤニヤと笑いながら睨み合う二人に喧嘩なのかじゃれあいなのかよくわからない。私はどういう立ち位置なのだろうか…。とりあえずナズナさん、あの。離してください…

 ぐっとその胸元に手を置いて離れようとした私をナズナさんは逆に密着させてきた。少し苦しいほどに抱きしめられ、これは何だ?とその顔を見上げれば不機嫌そうな目と視線が合う


「……お前が俺で赤面するまで離さねぇ。」


 え、何故…





ーーー





 時が経つのは早いものだ

 3月も最後の日を迎えた夜、あと数時間もすれば4月を迎える。
 この一週間、各地に異形の目撃情報が多発した。

 トキノワの社員は皆調査と警護に忙しくなり、日を増すごとにピリピリと重い緊張感が全体を覆っていく中、私は相変わらずリブロジさんの言葉を思い出せないままこの時を迎えている。


「今日の不寝番は俺とサダネとゲンナイだ。なんかあればすぐ言えよ。」
「ナズナさん、少し厳戒態勢過ぎませんか?まだ本当にそのリブロジさんが来るのかも分かりませんし、いつ来るのかも思い出せてないのに…」


 私の護衛に3人もいらないのでは?それよりも今大変だという各地に人員をさいた方がいい気がするのだけど…


「いつくるか何がくるか、わからねぇから厳重に用心しとくんだよ馬鹿。お前はリブロジに狙われてんだぞ」
「でも、人間なんですよね?」


 人間なのに異形と共にいるのがよくわからないけど。話の通じないバケモノでないのなら話し合えば穏便に済ますことができるのではないでしょうか


「甘い事考えてんじゃねぇ。今各地に異形を襲わせてんのはリブロジなんだぞ」
「え…」
「人間の常識も良心も持ち合わせちゃいねぇ。リブロジって野郎は完全に異形側だ。」
「リブロジさんが、異形に命令して人間を襲わせてるんですか?」
「……野郎がなんだろうと、お前は狙われてるんだって事をしっかり自覚しとけ。」
「わ、分かりました」


 さっさと寝ろよ。と最後に言われパタンと自室の戸が閉まり、ナズナさんの足音が遠ざかる

 私は自室の灯りを消し布団にもぐった

 もし、本当にリブロジさんが異形に命令をしているなら異形のボスがリブロジさんだということだろうか…だったら私はこの手でとどめを刺さなければならない。光を持っている私の手でそうする事でしかこの世界の歪みを消すことはできないから。

 そう、時成さんに言われていたけれど、もし本当にリブロジさんがボスなら私は人間を殺すということだろうか…

 ……とてもできる気がしない…。と私は目を堅く閉じた


 あれから鐘の音も聞こえなければリブロジという人の声もしない
 謎は謎のままで、解明されることは少ないのに、分からないことばかり増えていく…。

 なんだかとても頭が痛い…

 早く寝てしまおうと布団を頭まで被り、そのまま私が眠りにおちた数分後だった。カリカリとなにかひっかくような音に目が覚めた

 なんだろう…と布団から体を起こし、音の出所に向かえばそれは窓からのようで
 カーテンを開けてみればそこには金色の瞳をした猫が一匹座っていた

(猫…?)

 屋根の上にちょこんと座り、窓をかりかりと引っ掻いているその様子は、まるで窓を開けてくれと訴えているように見える…

 迷子だろうか?となんの疑いもせず、私は鍵を外すとその窓をカラカラと開けた。
 
 その瞬間、ブワリと、黒い布のようなものが目の前を通り過ぎ、瞬時に感じた悪寒に、私は自分の軽率な行動を後悔したーー。


 黒い布はバサリとそれを翻し、さきほどまで私が寝ていた布団の上に留まった。

 
「まったく遅い」


 どこからか聞いた事のある声がそこから聞こえ、私の目に漆黒の瞳が映る


「今日この日に来ると言うておったのに、なんの準備もしてないとはお笑いじゃの」

 
 あぁそうだ…この声だ。

 『辰の月初、子の刻に』

 いまさらに思い出したそれは、リブロジさんが来る日と時間を差していたようだ
 時計をみればちょうど0時過ぎ。4月の初め、子の時刻。今日、この時だーー。

 布団の上で胡坐をかき、木の葉のついた木の枝を口で弄びながら私を見るその人の鋭い瞳に私はゴクリと固唾を飲み込んだ

 腰まで伸びた長い髪は黒と白の二色に綺麗に分かれ、大きな黒い衣に身を包み僅かに覗く肌からはおびただしいほどの傷が見える。
 この人が、そうなのだろうと、私の体は恐怖にすくんでいく

 
 窓の外にいたはずの猫もいつの間にか部屋の中に入り、胡坐をかくその人の膝の上にぴょんと乗った


「我が名はリブロジ。貴様らがいうところの『異形のバケモノ』側の人間じゃ。」


 予想通りの名前を名乗ったその人はギロリと私を睨みつける


「お前じゃな。わしの愛しき異形の一匹。犬神を消滅させたのは」


 ビリビリとしたその威圧の言葉と憎悪の瞳が、私をしっかり敵だと語っている

 あぁなるほど…これは無理そうだ…。
 
 ハートを増やすどころの話じゃない。
 何をしにきたのか聞かなくてもわかる…


 この人は、私を殺しに来たのだろう…