乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 景色を覆っていた雪が溶け、木々や花に少しずつ緑が芽吹き、暖かい日差しも増えてきた。
 3月も、最後の週を迎え、季節が変わる。

(あと一週間か…)

 何かが起こるとされる4月が迫り、トキノワを初め、国全体がピリピリと落ち着かないでいた。

 せめて、思い出す事ができればいいのだけど…。

 リブロジという人が伝えてきた言葉を私はまだ思い出せていない…。
 『辰の月ーー子のーー』確かに覚えてるのはこれだけで、辰の月は4月を差していると分かるけど。『子』が何を差すのかは、謎のままである。

 思い出す気配のまったくない私に、日々時成さんのあたりが鬱陶しく厳しくなっていくこの頃、時成さんの小言から逃げるように私は茶屋『カスミソウ』にてツジノカさんトビさんキトワさんと季節限定桜餅パフェに舌鼓を打っていた。
 思い出せないものは仕方ない。所詮現実逃避である。パフェ美味しい。

 四人用のテーブルに、私の隣にトビさんが座り、向かい側にキトワさんとツジノカさんが座っている。

 ツジノカさんは王様であることを隠すための変装なのか、マスクと帽子をしているけど…店内のお客さんがちらちらと視線をむけているので、どうやらバレているっぽい。


「相変わらず変装下手すぎんだろぃツジノカおめぇ」
「何を言うトビ!そこがツジノカのキュートなところだろう!」
「ん?バレているのかこれは。まだ大丈夫だろう?というかマスク食べづらいな」


 ぽいっとマスクをはずしパフェを食べだしたツジノカさんはもはや顔が丸出しになり、店内が一瞬大きくざわついた。この人自分がバクデカオーラの王様だという自覚なさすぎでは?


「あの、というか何故ツジノカさんが…?」


 王室の方は大丈夫なんですか?
 
 時成さんの命令で、ここ数日ずっと私の傍にはつねに三人以上護衛としてトキノワの誰かがついてくれていたけど、その役目もツジノカさんとシオ君がすることは今までなかったのに…


「あぁ、もう今はほぼシオに任せることができているからな。由羅君のおかげであいつも自信がもてたらしい。兄として礼を言う」
「え、いえいえ私はなにもしてません!たまにお話させてもらってるだけで」
「これからもシオの良き友人、いやそれ以上の仲でもいいが、まぁ仲良くしてやってくれ」


 ぺこりと頭を下げてくるツジノカさんに苦笑いが漏れる。ちょっとこのブラコン、早とちりがすぎますね。友人以上の仲とはなんですか?


「だめだよ!ツジノカ!由羅嬢は僕の子を産むのだからね!シオには渡さないさ!」
「キトワてめぇ!何言ってやがる!誰が由羅をやるか馬鹿野郎!」
「おや?いつから由羅嬢はトビのものになったんだい?」


 ガルルル!と威嚇するトビさんと自信満々に踏ん反り返っているキトワさんがギャーギャーといつものように喧嘩し始めてしまい、私は無言でパフェを一口食べた


「慣れているみたいだな。いつもこんな調子か?」
「まぁ、最近はわりとこうですね…」


 キトワさんによる殺人未遂事件以降しっかりとハートが増えた事もあり、最近の二人の喧嘩の内容はもっぱら私関係だったりする
 トビさんかキトワさんかナズナさんか、組み合わせが悪いといつも始まるその喧嘩にももう慣れたものだ。
 煩くて仕方ないけど守ってもらっている手前なにも言えるわけはなく、小さくため息を零せば「モテるのもつらいものだな」とツジノカさんがフッと笑っていたので、それは違いますよ。と心の中で否定しておく

 確かにキトワさんもトビさんもハートが増えていて、なんだかもうあからさまになってきているけど、トビさんはともかくキトワさんの本命はあくまでツジノカさんなのだから、私がモテているとは少し違う気がする


「よし。分かった。それで決まりだろぃ」
「交渉成立だねトビ。この方法ならお互い公平だからね!」


 ツジノカさんと話している間に二人の喧嘩もどうやら和解したらしい。ガシリと握手している二人が横目に見えた。仲直りはいいけれど、二人とも早く食べないとパフェ溶けますよ?


「由羅、そういうわけだから今夜から実行するぜぃ」
「なにをですか?」
「おや聞いていなかったのかい?つまりね今夜から僕とトビが交互に由羅嬢と体を重ねて、先に由羅嬢との子を授かる事ができた方が由羅嬢とその子と共に暮らすという明るい未来を手に入れるという方法をーー」


 にこやかに説明するキトワさんとそれに頷くトビさんに、私は暫くの無言のあと、にっこりと笑みを顔に貼り付けるとそれぞれのパフェをガシリと掴む。
 そして間を置く事なく、二人の顔に私はパフェを投げつけたーー
 ーーパリンパリン!とグラスが割れる音が二重に響き、二つのか細い悲鳴と共に二人が机に突っ伏したのを見届けると、私はパフェを食べる作業に戻る。


「・・・苦労をかけるな由羅君」
「ツジノカさんも大変だったんですね」


 この二人と幼い頃から一緒にいたなんて同情する。
 モラルがないのは生まれつきですか?下劣な発言控えさせてください。





ーーー





「なんで顔面血だらけなんだよお前ら」


 パフェ食いに行ったんじゃねぇの?とトキノワの玄関でナズナさんが不思議そうにトビさんとキトワさんを見ていた。


「色々あったんだよ…」
「バイオレンスな由羅嬢もまた良きものだね!」
「自業自得だから気にするな。こいつらが悪い。」
「ちょっと強めのツッコミをしただけです。」


 四人それぞれの返答にますます訳がわからないと首を傾げながらも、ナズナさんは私の腕をグイッと引っ張ると玄関の中へと促した。


「じゃ今から由羅の護衛交代な。お前らはそれぞれ各地の警護だから。」


 これ指示書。とそれぞれに紙を手渡してすぐ玄関の戸を閉めようとしたナズナさんに、トビさんとキトワさんの目が細められ、ガシリと戸に手が伸びてきた
 あー、これは。と思った時にはもう遅くーー…


「なにかなナズナそのあからさまにさっさと帰れと言わんばかりの言動は!」
「あ?」
「わかっているともこの僕キトワには感知などせずとも全てお見通しだからね!そんなナズナが何を思っているのか当てて進ぜようではないか!それはずばり!“できる事なら自分だけが永劫に由羅嬢の側で守るナイトになりたい”と!そう思っているが故に自分以外の者が由羅嬢を守る事が気に食わないのだね!」
「そりゃいけねぇなぁナズナぁ?んな事思ってんのはおめぇだけじゃねぇんだぜぃ!少しは我慢する事も覚えやがれぃ!」
「うるっせぇな!お前らはいちいち!いいから指示書に従いやがれ!」
「指示書の交代時間までまだ1時間はあるではないか!僕は由羅嬢の淹れてくれるお茶を飲むまでは帰らないと決めたからね!帰るわけにはいかないね!」
「パフェ食いそこねたから甘味でもいいぜぃ!」
「うるせぇ黙れ!入ってくんな!」


 予想通りにまたもギャーギャーと騒がしくなった光景に小さくため息を吐けば、ツジノカさんがまたも「すまんな」と謝ってきたので首を横に振る


「ツジノカさんも時間まで休んでください。お茶淹れるので」
「あぁ、ありがとう」

「わかっているのだよナズナ!玄関で待っていたのも由羅嬢が帰ってくるのを今か今かと聞き耳を立てて待っていたからだろう!」
「おいおい可愛いとこもあんじゃねぇかぃナズナぁ!女々しい奴だぜぃ」
「だぁああ!うるせぇ!黙れてめぇら!!」

「おや?由羅君、顔が赤いな?」
「……。照れるのだけは、慣れないですからね…」


 変化球での好意の露呈は、できればお控え頂けると…
 というか、そもそも私…そんなに好かれるような事、何かしましたっけ?

 相変わらず、人間の感情というものは難解だ…。