私は思わず自分の両手を見つめた。
(なにも覚えてない…。)
本当に私は時成さんの首をしめたのだろうか…
なんで?どうして私はそんなことを…?
「君の意思ではないよ。由羅嬢の体を何かに操られていたらしいからね。異常なほど大きな感情だったから、すぐに異変に気付いて駆けつける事ができたんだけど…」
「俺たちが部屋に入った時には、君が時成様の首を絞めていた…。由羅君、アネモネ君の中で、一体なにを見たんだ?」
キトワさんとツジノカさんにじっと見つめられ、私はどこか呆然としながら答えた
「……なにも、見てません…。」
アネモネさんの中は、ただひたすらに暗闇だった…。何もない闇…。
でも、その中で…何かに呼ばれている気がして…体が勝手にそこへと向かってて…なんだかおかしな感じだった…。
「呼ばれた?」
「…はい。よくわかりませんが…」
ツジノカさんに、私がこくりと頷いた時だったーー
--ゴポッと何かが噴き出たような音がして、視線を向ければ床に手をついた時成さんの口から血が滴っていた…
(え・・・?)
ゲホゲホと咳をすれば血しぶきが床に飛び、ふらりと傾きだした時成さんの体を、ツジノカさんが咄嗟に支える
「時成様!!」
キトワさんも駆け寄り、二人は時成さんの両肩を支えるように立ち上がると、慌ただしくアネモネさんの病室を出て行った
病室のドアが閉まる直前に、顔面蒼白で口から血を流す時成さんの目が、私を一瞥する。
その目が何を言っているのかはわからない。
…私はまるで固まったように、その場から動けなかった
バタン、と閉まったドアの音が部屋に響く
どうしよう、どうしたのだろう。時成さんがあんな風になるなんて…それほどの瘴気だったのだろうか…それとも、私が首を絞めたからなのか…
ぐるぐると混乱しながらも、私の頭の中を占めるのはたったひとつの強い恐怖だった。
膨張していくそれは叫ぶように訴える
あの人を、失いたくない…!
時成さんの血跡が残っている床を見て、恐怖に震える手足が僅かに動き出した。
扉の向こうへ行ってしまった時成さんを追いかけるために、私の足が一歩、前に進み床を踏みしめた時ーー
--『カラン』とまたあの鐘の音が私の耳をつく
(なんなのよ…)
心の中に小さな苛立ちがわく。
だって今、構っている暇はない。だからやめてよ。時成さんが心配なの。追いかけなくてはならないの…!
『カランカラン』
鳴り響く音を無視するように、病室の戸に手をかけ、そのドアを開けた時ーー。『カラン、カランカランカラン』と、まるで叫んでいるかのように鐘の音が響いた
煩さに顔をしかめながら病室のドアをバタンと閉めれば、鐘の音は突然止まる
しん、と静まり返った廊下で聞こえるのは、私の息の音だけ。
煩かったけど、突然止まったら止まったでなんだか怖い
でも今はそれより時成さんだ、と動きだそうとした私の頭の中に、再びそれは響いた
『辰の月初、子の刻にー』
…それは男の人の声だった。誰かは分からない知らない人の声…。
まるですぐそばで囁かれたような感覚に、勢いよく振り返っても、長い廊下が伸びているだけで…誰もいない…。
どういうことだろうか、もはや空耳や幻聴なんてものではないし…。
え?なに?ま、まさか透明人間とか?透明なバケモノとか?え、そんなのいる?いやいやそんなありえない……も、もしかして…幽霊…とかじゃないよね…?ここ病院だけどまさかそんな事ないよね?
必死に頭の中で否定しても、私の顔からはサァァと血の気が引いていく。勘弁してくださいその類は苦手分野ですので本当にっ無理です!
気付いた時には全力ダッシュで廊下を走りだしていた。
「っ、と時成さん!キトワさん!ツジノカさんーーー!!!」
大きく叫びながら最初にいた計器類だらけの部屋のドアを壊さんばかりの勢いで開け放つ。恐怖と動揺で半分泣きながら皆を探せば、椅子に座る時成さん達を見つけた
「と、とと時成さん!!大丈夫なんですか!!何で血なんて…!何があったんですか!!それと今っ!あの!ろ、廊下でっ」
混乱しまくりで話す私に、時成さんは目を細めると「由羅」といつもより大きな声で私を呼んだ。その瞬間に、面白いほどストン、と落ち着きを取り戻していく自分がいて、自分自身に驚きが隠せない。時成さんに名前を呼ばれたってだけなのに、どうしてこんなにも安心してしまっているんだ私…。
「私の事は問題ない。アネモネの瘴気を覗きすぎただけだよ。もう回復してる」
「え、信じられません」
だって吐血したんですよ。と医者であるキトワさんをちらりと見るけど、小さくほほ笑むだけでよくわからない。何黙ってるんですか、キャラ崩壊ですよ。
まだあまり納得できないでいると
時成さんはあろうことかそんな私の顎を無遠慮にガシリと掴み、ぐぐぐっと無理やり私の顔を動かすと、問答無用で視線を合わせてきた
「私の事はいいんだよ。それより先に言うべき事があるのではないかな?廊下がなんだって?」
「へ、あ…はい…。」
全て話しなさい。とじっと見てくる時成さんに私はこくりと素直に頷いた
え、でも鐘の音の話とか…キトワさんやツジノカさんの前でしていいの?と疑問を抱きながらも、私は口を開く
「アネモネさんの病室で、煩いほどの鐘の音がして、廊下に出るとそれは止まったんですけど…代わりに男の人の声がしました…」
「…その声の主は、由羅になにを?」
「え?えっと、確か…“辰の月”?とか“子”がどうとか…」
あ。まずい…、慌ててたせいでちゃんと覚えてない…。
「辰の月は今でいう所春の4月のことかな?子がなんだって?方角をさしていたの?時間をさしていた?それとも年かな?」
「…子が……、えーっと。…え~…忘れました…。」
視線をそらし、ポツリといった私に
時成さんからとてつもなく大きなため息が聞こえてきた…。
「…私がこんなにも身を犠牲にして得た情報だというのに、どうして由羅はそうなのだろうね」
「え?なんですかそれ!もしかして今回のことって何か情報を得るためだったんですか」
「確信はなかったけどね。何かしら接触はあるのではないかと予測はしていたよ」
「それを前もって言ってくれれば私も…っ」
あの時は時成さんが吐血して動揺していたし、鐘の音も気になったし、いろいろと混乱してたから仕方ないんですよ。何かあるなら前もって言っておいてくれるべきでは?というかいつもいつも説明が足りないんですよ!お見舞いするだけだって言ってたくせに!!
「前でも後でも由羅は同じことだよ。脳みそがつるつるだからね」
「ぐっ…!」
「わかったのは、4月に何かあるということだけだね。キトワ、ツジノカ」
「「はい」」
「トキノワ全社員に通達。戦える者は貿易業務を中断。自警団業務に専念し警戒態勢にて各町を警備。由羅の護衛は常に三人はつけるようにして」
時成さんの指示に二人は返事をするとすばやく動き始めた。一体何事か分からず現状に呆けていれば、「由羅」と時成さんから呼ばれ顔を向ける
「声の主はおそらくリブロジという男だね。人間でありながら異形と共にいる唯一の者」
「…え?」
「そして由羅がまだ出会っていない最後の対象人物」
「対象人物・・・?」
「リブロジの中にも異形の塊があるからね。ハートを増やす必要があるよ」
共鳴するためにね。と説明する時成さんに私はポカンとする
「ちなみにずっと私を殺そうとけしかけてきているのもリブロジなのだけど、おそらく今は由羅のことも殺そうとしているから、気をつけなさい」
…そんな相手のハートをどうやって増やせと?
絶望に顔を白くする私に時成さんはにっこりと笑うと「由羅ならできるよ」と私の頭に手を置いた
根拠のないその自信と無責任な言葉は相変わらずだったけど、その胡散臭い笑顔になんだか無償にほっとして、安心してしまう私はきっとどこかおかしいのだろう…
まだ、失ってはいない…。
そう言って、心の奥が安堵している。
(なにも覚えてない…。)
本当に私は時成さんの首をしめたのだろうか…
なんで?どうして私はそんなことを…?
「君の意思ではないよ。由羅嬢の体を何かに操られていたらしいからね。異常なほど大きな感情だったから、すぐに異変に気付いて駆けつける事ができたんだけど…」
「俺たちが部屋に入った時には、君が時成様の首を絞めていた…。由羅君、アネモネ君の中で、一体なにを見たんだ?」
キトワさんとツジノカさんにじっと見つめられ、私はどこか呆然としながら答えた
「……なにも、見てません…。」
アネモネさんの中は、ただひたすらに暗闇だった…。何もない闇…。
でも、その中で…何かに呼ばれている気がして…体が勝手にそこへと向かってて…なんだかおかしな感じだった…。
「呼ばれた?」
「…はい。よくわかりませんが…」
ツジノカさんに、私がこくりと頷いた時だったーー
--ゴポッと何かが噴き出たような音がして、視線を向ければ床に手をついた時成さんの口から血が滴っていた…
(え・・・?)
ゲホゲホと咳をすれば血しぶきが床に飛び、ふらりと傾きだした時成さんの体を、ツジノカさんが咄嗟に支える
「時成様!!」
キトワさんも駆け寄り、二人は時成さんの両肩を支えるように立ち上がると、慌ただしくアネモネさんの病室を出て行った
病室のドアが閉まる直前に、顔面蒼白で口から血を流す時成さんの目が、私を一瞥する。
その目が何を言っているのかはわからない。
…私はまるで固まったように、その場から動けなかった
バタン、と閉まったドアの音が部屋に響く
どうしよう、どうしたのだろう。時成さんがあんな風になるなんて…それほどの瘴気だったのだろうか…それとも、私が首を絞めたからなのか…
ぐるぐると混乱しながらも、私の頭の中を占めるのはたったひとつの強い恐怖だった。
膨張していくそれは叫ぶように訴える
あの人を、失いたくない…!
時成さんの血跡が残っている床を見て、恐怖に震える手足が僅かに動き出した。
扉の向こうへ行ってしまった時成さんを追いかけるために、私の足が一歩、前に進み床を踏みしめた時ーー
--『カラン』とまたあの鐘の音が私の耳をつく
(なんなのよ…)
心の中に小さな苛立ちがわく。
だって今、構っている暇はない。だからやめてよ。時成さんが心配なの。追いかけなくてはならないの…!
『カランカラン』
鳴り響く音を無視するように、病室の戸に手をかけ、そのドアを開けた時ーー。『カラン、カランカランカラン』と、まるで叫んでいるかのように鐘の音が響いた
煩さに顔をしかめながら病室のドアをバタンと閉めれば、鐘の音は突然止まる
しん、と静まり返った廊下で聞こえるのは、私の息の音だけ。
煩かったけど、突然止まったら止まったでなんだか怖い
でも今はそれより時成さんだ、と動きだそうとした私の頭の中に、再びそれは響いた
『辰の月初、子の刻にー』
…それは男の人の声だった。誰かは分からない知らない人の声…。
まるですぐそばで囁かれたような感覚に、勢いよく振り返っても、長い廊下が伸びているだけで…誰もいない…。
どういうことだろうか、もはや空耳や幻聴なんてものではないし…。
え?なに?ま、まさか透明人間とか?透明なバケモノとか?え、そんなのいる?いやいやそんなありえない……も、もしかして…幽霊…とかじゃないよね…?ここ病院だけどまさかそんな事ないよね?
必死に頭の中で否定しても、私の顔からはサァァと血の気が引いていく。勘弁してくださいその類は苦手分野ですので本当にっ無理です!
気付いた時には全力ダッシュで廊下を走りだしていた。
「っ、と時成さん!キトワさん!ツジノカさんーーー!!!」
大きく叫びながら最初にいた計器類だらけの部屋のドアを壊さんばかりの勢いで開け放つ。恐怖と動揺で半分泣きながら皆を探せば、椅子に座る時成さん達を見つけた
「と、とと時成さん!!大丈夫なんですか!!何で血なんて…!何があったんですか!!それと今っ!あの!ろ、廊下でっ」
混乱しまくりで話す私に、時成さんは目を細めると「由羅」といつもより大きな声で私を呼んだ。その瞬間に、面白いほどストン、と落ち着きを取り戻していく自分がいて、自分自身に驚きが隠せない。時成さんに名前を呼ばれたってだけなのに、どうしてこんなにも安心してしまっているんだ私…。
「私の事は問題ない。アネモネの瘴気を覗きすぎただけだよ。もう回復してる」
「え、信じられません」
だって吐血したんですよ。と医者であるキトワさんをちらりと見るけど、小さくほほ笑むだけでよくわからない。何黙ってるんですか、キャラ崩壊ですよ。
まだあまり納得できないでいると
時成さんはあろうことかそんな私の顎を無遠慮にガシリと掴み、ぐぐぐっと無理やり私の顔を動かすと、問答無用で視線を合わせてきた
「私の事はいいんだよ。それより先に言うべき事があるのではないかな?廊下がなんだって?」
「へ、あ…はい…。」
全て話しなさい。とじっと見てくる時成さんに私はこくりと素直に頷いた
え、でも鐘の音の話とか…キトワさんやツジノカさんの前でしていいの?と疑問を抱きながらも、私は口を開く
「アネモネさんの病室で、煩いほどの鐘の音がして、廊下に出るとそれは止まったんですけど…代わりに男の人の声がしました…」
「…その声の主は、由羅になにを?」
「え?えっと、確か…“辰の月”?とか“子”がどうとか…」
あ。まずい…、慌ててたせいでちゃんと覚えてない…。
「辰の月は今でいう所春の4月のことかな?子がなんだって?方角をさしていたの?時間をさしていた?それとも年かな?」
「…子が……、えーっと。…え~…忘れました…。」
視線をそらし、ポツリといった私に
時成さんからとてつもなく大きなため息が聞こえてきた…。
「…私がこんなにも身を犠牲にして得た情報だというのに、どうして由羅はそうなのだろうね」
「え?なんですかそれ!もしかして今回のことって何か情報を得るためだったんですか」
「確信はなかったけどね。何かしら接触はあるのではないかと予測はしていたよ」
「それを前もって言ってくれれば私も…っ」
あの時は時成さんが吐血して動揺していたし、鐘の音も気になったし、いろいろと混乱してたから仕方ないんですよ。何かあるなら前もって言っておいてくれるべきでは?というかいつもいつも説明が足りないんですよ!お見舞いするだけだって言ってたくせに!!
「前でも後でも由羅は同じことだよ。脳みそがつるつるだからね」
「ぐっ…!」
「わかったのは、4月に何かあるということだけだね。キトワ、ツジノカ」
「「はい」」
「トキノワ全社員に通達。戦える者は貿易業務を中断。自警団業務に専念し警戒態勢にて各町を警備。由羅の護衛は常に三人はつけるようにして」
時成さんの指示に二人は返事をするとすばやく動き始めた。一体何事か分からず現状に呆けていれば、「由羅」と時成さんから呼ばれ顔を向ける
「声の主はおそらくリブロジという男だね。人間でありながら異形と共にいる唯一の者」
「…え?」
「そして由羅がまだ出会っていない最後の対象人物」
「対象人物・・・?」
「リブロジの中にも異形の塊があるからね。ハートを増やす必要があるよ」
共鳴するためにね。と説明する時成さんに私はポカンとする
「ちなみにずっと私を殺そうとけしかけてきているのもリブロジなのだけど、おそらく今は由羅のことも殺そうとしているから、気をつけなさい」
…そんな相手のハートをどうやって増やせと?
絶望に顔を白くする私に時成さんはにっこりと笑うと「由羅ならできるよ」と私の頭に手を置いた
根拠のないその自信と無責任な言葉は相変わらずだったけど、その胡散臭い笑顔になんだか無償にほっとして、安心してしまう私はきっとどこかおかしいのだろう…
まだ、失ってはいない…。
そう言って、心の奥が安堵している。
