乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 たくさんのモニターや計器類、医療機器のようなものから実験具のような物で溢れていたその部屋にはアネモネさんの姿はなかった。
 別の部屋にいるのだろうかと思いながらも、さきほどから至近距離でじっと見つめてくるキトワさんの視線から逃げるように私は目を逸らす…

 …というか何故、ここにキトワさんとツジノカさんがいるのでしょうか…。
 健診があると言ってたのは昨日では?まさかそれからずっとここにいたわけではないよね?…時成さんが呼んだのかな?
 キトワさんは医者だからまだ分かるにしても、何故ツジノカさんも?


「ツジノカの特殊能力がアネモネ嬢を診る時に必要だからだよ。」


 …さらっと人の思考感知するのやめてくれないでしょうかキトワさん…いや説明してくれるのはありがたいんですけどね…あと距離が近いです…


「確か、夢の中に出てくるっていう魔法ですよね」
「魔法ではない。【夢繋ぎ】という能力だ。」


 いや魔法ですよ。それかチート。だって精神支配みたいなもんでしょ?他の皆の能力とベクトルが違いますよ。


「キトワには医術面と感知能力で診てもらい。ツジノカには夢繋ぎで思考の場所を探してもらっているんだよ。残念ながら、この10年間一度も成功してはないけどね」

 時成さんの補足説明に、思わず眉が下がる…。
 それだけの時間と労力を費やしても尚、目を覚まさないほど、アネモネさんの瘴気は大きいのか…となんだか怖くなってきた
 
 10年眠り続けるアネモネさんは一体どんな状態なんだろうか


「アネモネさんは夢を見ているんですか?」


 聞いてみた質問にツジノカさんは首を横に振る。


「見ていないな。瘴気が強すぎて俺が探せていないだけかもしれないが…なんとなく、アネモネ君がここにいないと感じる事がある」
「ここにいない…?どういう事ですか?」
「…俺にもよくわからない」


 顔をしかめるツジノカさんの奥で時成さんが部屋のドアに手をかけていた


「今から由羅が接触する事でなんらかの変化があるかもしれないからね。キトワもツジノカも、わずかな変化も見逃さぬようにしておいて。由羅はこちらにおいで」


 二人に指示を出し私に手招きをする時成さんに三人返事をして、それぞれの場所へ移動した。
 私と時成さんは二人、部屋を出てアネモネさん元へと続く廊下を歩く。パタパタと草履の足音が小さく響いた


「私との接触で、アネモネさんに変化があるでしょうか…」
「物は試しだよ。それに由羅はアネモネの瘴気がどれほどなのか一度見ておく必要があるからね」

 いずれ浄化するためにもね。と付け加えた時成さんに小さく頷く
 今はまだ鍛錬不足でアネモネさんの浄化はできないけど、その距離をはかる事は確かに必要だ…。

 「ここだよ」と時成さんがひとつの病室のドアに手をかけた時だったーー


 『カラン』


「え!?」

 あまりにも突然に聞こえたそれに、反射的に声をあげれば、時成さんはドアノブから手を離し私に振り返る


「…由羅?」


『カラン』


 もう一度聞こえる。それはいつか聞いたあの鐘の音とまったく同じだった


「と、時成さん!!い、いま聞こえましたか?鐘の音」


 耳を押さえながら、動揺する私に「鐘の音?」と時成さんは首を傾げる。もしかして時成さんには聞こえていないのだろうか…


「こっちの世界に来た時に聞いたのと同じ、鐘の音です」


 あの脳内に直接響くような鐘の音が聞こえる。『カラン』とまた聞こえた
 もう空耳とは思えない…。


「私には聞こえないけれど、それはまずいね…。もしかしたら由羅が元の世界に戻ってしまう、ということかな?」
「え!?い、いまですか!?」
「こちらの世界に来た時も鐘の音が始まりだったんだろう?」


 そうだ…。確か自宅アパートの玄関ドアを開ける直前、音が聞こえて…そのドアの先の穴に落ちたんだーー。
 え?も、もしかしてこのドアを開ければその先に穴があるの…!?


「そ、そんな!心の準備も覚悟もできていません!」
「もしかしたらだけどね」


 おそるおそるドアを開け足元をみてもとくに穴がでてくる気配はない…
 恐怖と不安に体がぶるぶると震え、無意識で時成さんの腕に全身でしがみついた


 「おお、お、落ちた時はた、た助けてくださいね時成さん…!」


 視線を常に下に向けいつ穴が現れてもわかるように凝視しながら、私の足先がついにドアを超え、その部屋の床をぺたっと踏み締めた。
 …どうやら穴は出なかったようだ…。と私はほっと息をはく。


「……由羅、動きづらいから離れなさい」
「あ。す…すみません」


 慌てて離れた私をじっと見つめ、無言で問いてくる時成さんに「もう大丈夫みたいです」と私は答えた


 鐘の音はもう聞こえない…。

 なんだったんだろうか


「よくわからないけど、もしかしたら。その鐘の音はこの子に関係があるのかもしれないね」

 
 そう言って時成さんは部屋の奥へと進み、そこにあるベッドの近くへと歩み寄ると私に振り向いた


「由羅、この子がアネモネ。ナズナの姉で、ナス子の従姉妹だ」


 その人物を見た瞬間、私は驚愕を受けた。

(び、び、美女…!)
 
 ピンク色の波打つ長い髪が白い肌によく映える
 さすがに兄弟だけあってナズナさんによく似てる。ナズナさんも美女だけど、目を瞑っていても分かるほどアネモネさんも美女だ。

 静かに眠るその姿は、子供のころにみた絵本の眠り姫のようだった

(でも…)

 見た感じ瘴気は見えないし、感じない。本当にただ、眠っているだけのようにみえる…


「アネモネの瘴気は体内を侵食しているからね」


 体に触れるのは大丈夫だと時成さんが視線で触るように促してきたので、私はベッドの側に膝をつくと、アネモネさんの白く綺麗なその手を握った


「何か変化があるかな?」

「・・・なにも」


 本当になにも感じない…。
 自分よりすこし冷たい手を握っているというだけだ…


「では、アネモネの瘴気の大きさだけでも見ておこうか。私でも数秒覗くのが限度だからね。由羅も飲まれぬように気をつけなさい」
「は、はい」


 時成さんはアネモネさんの額に指をあてると反対の手で私の額を覆った。あの気持ち悪いやつだ…。と少し嫌な気持ちになりながらも、集中するように私も目を瞑った


「いくよ」


 時成さんの言葉のすぐ、目の前にぶわりと黒い霧のようなものが現れた

 なに、これ…。なにも見えないし、なにも聞こえない。右も左も上も下も何も分からない空間に私がいる…
 そこはあまりにも、深すぎる暗闇だった…

 これがアネモネさんの瘴気?
 いつもだったら感じる、瘴気に触れた時の痛みも苦しさもなにもない…
 でもなんだろう?何かにひどく、呼ばれている気がする…。

 足が勝手に動く感覚がする。自分の意思ではない何かに突き動かされているように前に足が進んでいく
 なにも見えないのに、もっと前へ、あの先へ…行かなければならない、と。強い衝動にかられた

 何故なのかわからない。だけどひどく気持ちが焦る。早くしなければ…!
 早く、早く…いかなければ…

 早く、早く、早く…っ!

 暗闇の中、歩いていた自分の足が、衝動に比例して走りだそうとした時だったーー…


「っ由羅嬢!!」
「由羅君!!」


 キトワさんとツジノカさんに叫び声が聞こえ、ハッと意識を取り戻した私の肩をキトワさんが掴んでいる。え?なんで…?別室にいたんじゃ…

 困惑する頭で前を見れば、そこには何故か、ツジノカさんに支えられながら病室の床に膝をつき、少し顔色の悪い時成さんが、私を見てうっすらと笑っていた

 その鼻と口からは、僅かに血が滴っている…


「え…?と、時成さん?血がでてますよ」
「すこし、長居しすぎたからね。それより由羅、いま自分がなにをしたか…記憶はあるかな?」
「え?」


 なんのこと?と疑問符を浮かべる私に肩を掴んだままのキトワさんが答えた


「由羅嬢、君は今、時成様の首をしめていた。それも、ものすごい力でね…」

「・・・へ!?」