キトワさんのヤンデレサイコパスっぷりに、果てしなく疲れた昨日から一夜明け、シオ君に手配してもらったミツドナの町宿で、まだ薄暗い明け方の時間。
 眠りから覚めた私が、その目を開けても尚、目の前は真っ暗だった。寒さのせいか布団を頭まで被っているらしい。いよいよ冬の寒さもピークを迎えている…

 今日は雪でも降るのではないかと思いながら布団をずり下げれば、そこからあまりにも予想外の光景が飛び込んできて、私は絶句するーー。



「由羅の足りない力を補うのに“私を犠牲にすれば”アネモネの瘴気をどうにか浄化できるかもしれないのだけど、由羅はどうしたいかな?」


「……。…。…………。」



 布団に寝ている私を覗き込み、にっこりと胡散臭い笑顔を浮かべている時成さんを見て、私はゆっくりと布団を上に戻し、もう一度頭まで被り隠れた…。


 ちょっと待って。ちょっと理解する時間をください


 あれ?ここミツドナの町だよね?マナカノじゃないよね?なんで時成さんがいるの?しかも開口一番訳わからないし、普通朝の挨拶が先でしょう…ってそうじゃなくて…え?幻覚かな?もしかして私まだ夢見てる?

 寝起きのせいか、頭が働いてくれない…。
 混乱しまくる頭でおそるおそる捲った布団から見えたそこにはやっぱり時成さんがいて、現実だとつきつけられる…。
 落ち着け私。私の泊まる部屋に何故、時成さんがいるのかは、もうこの際置いておこう。叫ぶのも後にしよう…

 とりあえず今、私がすべきは起きることだ、と素早く布団から出てその上に正座した
 寝相で乱れた寝巻きを整え、寝癖を手櫛でといていれば、時成さんは部屋の座椅子を引き寄せ、そこに腰を下ろす
 懐から取り出したキセルに火が灯り、漂いだしたその香りに、だんだんと私の頭も覚醒していった…。


(…時成さんが、マナカノの町から出てくるなんて…)


 珍しい…。いつもいる旅館からも、滅多に出てこないあの時成さんにしては大移動だ…。


「いつこっちにきたんですか?」
「由羅がだらしなく涎を垂らして寝ている時だよ」


 キセルの煙をフーッと吐きながら答えた時成さんに私の口端がひくついた。どうしてこの人はこういう言い方をするのか…
 連鎖するように昨日の恨み事を思い出し、私はジトリと時成さんを睨みつける


「…私昨日、時成さんのせいで死にそうになったんですけど。何故、私でも聞かされていない重大な事をキトワさんに教えてしまうんですか」
「教えた訳ではないよ。キトワは既に答えにたどり着いていたし、私は答え合わせをしただけだからね」
「そういうの屁理屈っていうんですよ!というかどういう事なんですか“私が異形を引きつける何かを持ってる”って、なんで教えてくれなかったんですか!」


 バフバフバフと布団を叩きながら問いただす私に時成さんは頬杖をつきながら「由羅は聞いてこなかっただろう?」とにっこりと笑うその顔に、今すぐ拳を叩きこみたい…!


「〜〜っもういいですよ!重大な事を後から聞かされるのはうんざりですが、もう慣れました!!それで?私の何が異形を引きつけてるんですか?」
「わからないね」
「は?」
「わからないんだよ。異形が何を求めて由羅を狙うのかは」
「え、でもマナカノには“異形の求める餌”があるんですよね?だから、例えば…それと似た何かが私にあるとか…」
「どうかな。マナカノにある餌というのは“私自身”のことだからね」
「……え?」


 時成さんが、時成さん自身が…異形の餌?
 え、さっぱり意味がわからない…


「異形はね、私がこの世界に来たその瞬間から、今まで襲っていた人間達を無視してまで、私の事を襲ってくるようになったんだよ。」
「な、なんでですか?なんで時成さんを狙うんですか?」
「…さぁ?さっぱりだね。」


 はて?と首を傾げる時成さんの他人事加減に力が抜ける…。自分の事でしょうに…もっと危機感を持ってほしい…。
 この様子じゃ襲われる理由を、きちんと調べてなさそうだと感じた私は頭を捻る。

 キトワさんが、餌の効力が最近では劣っている。と言っていた。つまり餌であったはずの時成さんより私にある何かの方が異形を引きつけているということで…。時成さんにはなくなって、私にあるもの……あ。


「もしかして、私が時成さんの光を持ってるからでしょうか」


 私の頭ではそれくらいしか思いつかない。異形は光を狙っているのでは?


「…そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない…本当に何もわからないんだよ」
「…。」
「光が歪みである異形を消し去れる道具だと本能で警戒してるのか、それとも私と由羅がこの世界の者ではないからなのか、はたまたまったく別の理由なのか…」


 お手上げだね。と眉を下げる時成さんに、まるで崖のふちにでも立たされたような心境になる…

 ちょっと待ってよ…。原因が何もわからないとなると、その対応策もわからないということで…。
 つまり私はこの先も、わけがわからないまま異形に狙われ、襲われてしまうということ…?え、ちょっとそれはどうなの?恐怖にもほどがあるでしょ…


「こ、怖いんですけど……。」


 顔面蒼白で、ダラダラと冷や汗を流す私に
 時成さんは「そうだね」と頷くと、トンッとキセルの灰を落とした


「私も、怖くて仕方がないよ…」
「え?」


 時成さんが?え?怖いだなんてそんな馬鹿な。
 長年自分が狙われてても平然として他人事だったくせに、何を今更怖いことが…


「私が狙われている時はなんでもなかった。でもおかしいね。由羅が狙われているとなると、私はどうしようもなく怖いと思ってしまう…」

「…そ、それってどういう意味ですか?」

「どういう意味だろうね?」


 本当に、わからない。と物語っている顔で首を傾けてみせる時成さんに、私は肩を落としながら深く長いため息をはいた

 …さっきから、はっきりしない事が多過ぎてまったく何もまとまらないし、頭が混乱する…。
 ただでさえこっちは寝起きなのに、あれ?というか本当にこの人なんでここにいるの?ミツドナにきた理由ってなに?


「時成さん。なにしにきたんですか?」

「最初に言っただろう?アネモネ復活の兆しが見えたから由羅の可否を聞きにきたんだよ」

「あぁ…。いやです。」


 ズバッと私は言い切った。
 時成さんを犠牲にする云々言ってたやつですよね。却下ですよそんなもの。論外にもほどがある。
 ナズナさんも誰かの犠牲を伴うのは嫌だと言っていたし、私もいやだ。


「ナズナには隠しておけばいいだけだと思うのだけど」
「だめです」
「だけどね。異形が由羅を狙っているのは事実なのだし、事は急ぐんだよ」
「なんでですか」
「狙われたが最後、ミジンコ並の戦闘力しかない由羅なんて簡単に殺されてしまいそうだからね。そうなっては困るんだよ」
「よわっよわな時成さんに言われたくありません」
「だから、一刻も早く異形を倒せる者たちを集めないとね」


 にっこりと胡散臭い笑みを浮かべる時成さんに私は唇をかむ

 それはつまり、時成さんが消えてしまう未来に近づいてしまっているということを…
 ちゃんと分かっているのだろうか、この人は…