乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます



「ゲンナイさん。こちらは今日から手伝ってくれることになった由羅さんです」
「ほぉそりゃ朗報だな。ここは男ばかりで辟易していたんだよ」
「ナス子さんがいるじゃないですか」
「アレは女の見た目をしてるだけの男だ」


 スンと冷めた顔をしたその男の人は、肩まで伸びたウェーブのかかった髪を揺らし整った顎髭に触る。

 どういうことだろうか…この人もだいぶ整った顔をしている…。

 王子様のような王道をゆくサダネさんとは違い、どこかワイルドさがあるイケメンだ。
 あと、胸がガバっと開けた着物の着方をしているので、たくましい筋肉がちらちらと目に毒だ…
 本や書類に囲まれて文系で博識な印象なのに、ガタイは良いとか、卑怯ではないだろうか…


「由羅ちゃんだっけ?俺の名はゲンナイ。主に自警団の情報管理と事務がメインだけど人が足りない時は現場にもでてるよ」

「じ、自警団??」


 とても聞きなれない言葉が出てきたことに、思わず前のめりで聞き返してしまい、そんな私に「あれ?」とワイルドイケメン、ゲンナイさんは首を傾げた。


「サダネ、この子どこまで説明してるの?」
「…俺もさきほど時成様から紹介されたばかりなのでよくは…この様子だとなんの説明もされてないようですね」


 気付かず申し訳ありません、と頭を下げてきたサダネさんに私は手を大きく左右に振った。


「そ、そんな!謝らないでください!私が何も知らないのが悪いので!」


 もしくはなんの説明もないまま放置した時成さんが悪いので!
 というかあの人本当にどこ行ったの!?あの人の会社なのだからここにいないとおかしいのではないでしょうか、と心の中で嘆いていればゲンナイさんが「じゃあ説明しよう」と本の山から下りてきた。


「ここは時成様が8年前設立した『トキノワ商会』という会社で、貿易会社としての顔と、自警団としての顔の二つの顔を持っているんだ。ちなみに俺は自警団の方の責任者。サダネは貿易の方の責任者。」


 貿易はわかるけど…自警団?それって警察のようなもの?
 それとも警察というものがこの世界にはないの?つぎつぎとわいてくる疑問達のせいで、頭の中がまとまらない…!


「由羅ちゃんも一度くらい異形(いぎょう)を見たことあるだろ?あれが出た時に真っ先に通報される場所がここなんだよ」


(い、異形…?)


 まずい…また知らないワードが出てきた、と内心冷や汗をだらだらと流しながら「すみません異形ってなんですか…」と私は聞いた。

 一人で考えたところで理解はできないから、と思い切って聞いてみたけど、そのとたんに驚いたように目を丸くするイケメン二人に心の中で涙を流す…。

 そうですよね…知ってて当たり前みたいに異形と言ってましたもんね…。
 知らないとなると不審に思いますよね…

 頭にふと、ここに来るときに話していた、狂った人は処刑されるかもしれない、という時成さんの言葉を思い出し、私はもしかして余計な事を口にしたのかもしれないと血の気がひく。

 異形を知らないことが狂人とみなされたら、私は処刑されてしまうのだろうか、と内心ビクビクとおびえていれば


「異形というのは動物のような姿をしたバケモノの事です。」


 意外と普通に答えてくれたサダネさんに、私は心の底からホッとして「ば、バケモノですか?」と目を丸くした。

 ちょっと待って、この世界そんなものがいるの?でも、そういえば時成さんもそんなことを言ってたような…。
 確か『悪しき化け物から平和を取り戻すため戦うゲームの世界』とか言っていたよね…
 その悪しき化け物というのが異形ということなのだろうか…


「まさかまだこの国に異形を知らない人間がいるなんて驚いたな。由羅ちゃんってもしかして外国から来たの?」


 生まれは?どこからきたの?と興味津々と聞いてきたゲンナイさんからスッと目を逸らし口を閉じる。

 まずい…、圧倒的に情報が足りなさすぎる…。
 さきほどの綱渡りのような質問はもう軽はずみにできない。
 下手をしてポロっと異世界から来たなんて言おうものなら、今度こそ狂人と疑われるだろうし…どうしようか、とそこまで考えて…
 私は咄嗟にへらりと笑みを作ると、誤魔化すように笑った


「そうなんです。実は凄く遠いところから今朝この町についたばかりで、この国の歴史とかしきたりとか全然分からなくて、勉強したいんですが、おすすめのものとかありますか?」
「…あぁなら、この本とか読んでみる?」
「ありがとうございます!早速読みたいのでどこか一室お借りしてもいいですか?」
「そうですね。今朝ここに来たばかりなら疲れているでしょうし部屋で休んでもらって構いませんよ。案内しますね」


 こちらです、と歩き始めたサダネさんについていく。
 どうやら上手く誤魔化せたようだ、自分で自分をほめてあげたい。
 本当のことも言ってないけど嘘を言ってる訳ではない、だけど質問に対してははっきり答えない。
 そんな社蓄時代に身につけた処世術が役に立つとは思わなかった。
 今ならあのMrイヤミ上司に感謝のひとつでもできる気がする。

 あとは色々と突っ込まれる前に部屋にひきこもってしまえばいい、そこで本や新聞で情報収集してこの世界に順応していこう。
 時成さんはどこに行ったのかも、いつ戻るのかもわからないし、自分の身は自分で守らなければ…

 ゲンナイさんの部屋とは少し離れた一室の前まで来ると「ここです」とサダネさんが戸を開けた。


「この部屋は空き部屋なので、由羅さんが好きに使ってくれて構いません。一応布団などの必要なものはそろってるとは思うのですが…また何かあれば言ってください」
「はい。ありがとうございます」


 それでは、とサダネさんが去って行ったのを見送って、「はぁー…」と私は倒れるようにそこにしゃがみ込む。
 この世界にきてまだたったの数時間なのに…、連日残業でもしたかのような疲れが私の体に重くのしかかる。


 つ、疲れた…。

 なんだかもの凄く精神をすり減らした気がする…そして地味に着物がキツイ。
 慣れないし動きづらい…。

 でもとにかく今は、これ以上処刑の危機に陥らないためにも、この世界のことをもっと知らないと、と私はゲンナイさんに貸してもらった本を開いた。