乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

「さて、シオも眠らせたし、由羅嬢の質問にも真摯に答えた。なに怖がることはないよプリンセス。言っただろう?僕はレディーにはとろけるほどに優しく接すると」


 ザクザクと草を踏みしめ一歩一歩ゆっくり近づいてくるキトワさんに恐怖で足がすくむ。

 異形と対峙した時よりも命の危機を感じるのだけど、本当に私はここで死んでしまうのだろうか…。
 さきほど聞いたことなら全て忘れると誓うので、どうか見逃していただくわけにはいかないでしょうか…!

 恐怖におののく体で「なにするつもりなんですか!?」と叫んだ私の声は情けないほどに震えていた…。


「ふむ。そうだね。これからの事をきちんと説明はしておいた方がいいかもしれないね!その方が由羅嬢も抵抗なく僕に協力してくれるだろう」
「協力…?」


 なんの協力?え、死者の蘇生なら無理ですけど…知識もなにもないし。そもそもそんなことができるのかどうかすら疑わしい…

 怪訝な視線を送る私にキトワさんはこの状況にに相応しくない明るい声で「順序良く説明しよう!」と人差し指をピッと立てた


「由羅嬢は、最近の異形の動きについて、不思議に思ったことはないかい?」
「異形の動き…?」
「今まで、目撃情報はあれど実際に襲来してくるのはマナカノの町に集中していた。それなのにここ最近は、ミツドナの森や辺境の地などのマナカノ以外の場所でも襲来している。そしてそれらは全て、由羅嬢がいる時だ。はてさてこれはどういう事だろう?」
「…わ、私に関係があるとでも言うんですか?」

 
 そんな事あるわけないと思うのに、じっと見つめてくるキトワさんの目が、まるで私を探っているようで嫌な感じだ…。


「偶然も何度も起こればそれは必然へと変わる」
「え…?」
「そこで僕は仮説を立てた。由羅嬢の行く先々で異形が出現するのは、マナカノの町に置かれている“異形の餌”の効力より、魅力的な何かが由羅嬢にあるからではないか、と。」


 マナカノに異形の餌…?そういえばそんなこと聞いたことあるな…それのおかげで異形の被害が減ったとかなんとか…確か時成さんが管理してるんだっけ?え、でもなに?私にその餌以上に異形を引きつける何かがあるとでもいうの?いやいやあり得ない…


「僕は先日、この仮説をもって時成様に答え合わせを頼んだ。すると時成様はすんなり答えてくれたよ。『キトワの思う事が正解だ。』と」
「・・・はい?」


 な、な、なにを言ってるんだあのいい加減な男は!つまりなに!?本当に私に異形を引き付ける何かがあるとでもいうの!?意味が分からない!なんの説明もうけてませんが!?何故そんな重大なこと言わないのあの人!!どこまで説明不足なの!!


「次に僕は由羅嬢のなにが異形をひきつけているのかの研究を行った、診療も兼ねて調べさせてもらったよ。体の隅々から臓器のいたる箇所までね。そして君の血を調べている時、僕はとても素晴らしい事に気付いた。君という人間は、“あらゆる生物に順応することができる”のだと…!」

「え?ど、どういうことですか…?」

「つまり君の体は、その細胞も血液もどんなものと交わろうが拒否反応が出ない。全て受け入れてしまうんだよ。つまり完璧な器。嬉しい誤算とはこのことを言うのだろうね。僕は喜びに打ち震えた。だってそうだろう君は僕がずっと探し求めていた人材だ」

「探していた?」

「そう…ダリア妃の細胞を移植し、整形手術を施し、その魂を移し替えるに堪えうる、まさに完璧な器!これでやっと僕はツジノカに母君を贈ることができるというわけさ!!」


 つ、つまり…ツジノカさんは私の体と中身をそっくりダリア妃と差し替えてツジノカさんに贈るということ……?
 さ、サイコパスがすぎる……!


「君はまるで、この世のものとは思えない未知の生物のようだよ。調べるほどにおもしろい。異形達も君のそんな何かを求めてきているのかもしれないね。だけどあいにく異形などに渡すわけにはいかない」

「由羅嬢、仲良くなれたのにとても残念で惜しいけれど。ダリア妃を蘇らせる器になってもらいたいんだ。おおっともちろん!器となり君という人間が消えゆくまでこの僕が君と共に過ごし、充分な幸せを与えてあげるからね」


 だから悲しむことはないよ。とにっこり笑うキトワさんに私は眉間に皺をよせる。
 この人は、ひとりよがりサイコパスヤンデレ野郎だ…!
 このままだと本当に殺されてしまう…と私は逃げることを決意した。眠っているシオ君は申し訳ないけど運ぶ力が私にはない。でもキトワさんの狙いは私だしシオ君は大丈夫なはず

 キトワさんも見た感じ武器はもっていないし。全力で走って馬に飛び乗って、ミツドナまで全速で走ろう。と頭の中でシミュレーションしているとキトワさんから「ふぅ」と小さなため息が聞こえてきた

 (あ、しまった…。)そうだ。この人は人の感情が分かるのだから、私が逃げようとしたこともバレたかもしれない…


「由羅嬢。大人しくしてくれまいか。器たるその体に傷はつけたくない。それに君はまだ僕の戦う姿をまともに見ていないから知らないのかもしれないが、僕は今、確かに武器を持っているよ」


 え?と視線を向けた先でキトワさんが白衣をパサリと捲り、その内側を露わにすると
 そこには大小さまざまな暗器のようなものがずらりと並んでいた。え、なんだアレ…


「僕の家は代々伝わる隠密家系でね。飛び道具も使えば近接も使う。そしてこの僕自身の身体能力もまたーー」

 
 ひゅ、と風の音と共に腕が掴まれ、いともたやすくドサリと私の体は押し倒されてしまう


「ーーすこぶる優秀なのだよ。故に諦めたまえ由羅嬢。一度睨まれた蛙は逃げられぬのだから。それに僕は一度忠告したろう」

「うぅ、忠告…?」

「自己犠牲は時に、破滅をもたらすんだよ」


 あ…。と先日確かに言われたその言葉を思い出すと、私に馬乗りになっているキトワさんが薄く笑った。


「君のように優しい人間は、僕のような胴欲な人間に利用されてしまう」


 注射針を指ではじき、その先端を私の首へと狙いを定めたキトワさんに、(終わった…)と頭の中が白旗をあげ、振りかざされるそれにギュッと目を瞑ったその瞬間ーー



「キトワ」



 --聞こえてきた声に動きはピタリと停止した。


「ツジノカさん!?」


 顔を横に向け見えたその人物に、私はドバッと涙を流した
 ツジノカさんの後ろには綺麗な漆黒の毛並みをした馬が佇んでいる。
 おそらくあの馬に乗ってきたのだろうけど…。え、もしや一人できたんですか?


「ツジノカ…どうしてここに」
「時成様から連絡があった。キトワが面白いことになっているから止めてくれ、とな」


 殺されそうになっていたのに、どこが面白いんだ…!あの野郎…本当に今回ばかりは許してやらない。座布団ではなく私の拳をあの胡散臭い笑顔に叩き込んでやる…!

 心の中に握りこぶしを作った時だったーー
 --ドゴッ!と鈍い音がしたと思ったら、私に馬乗りになっていたキトワさんが消えていた。


「へ…?」


 解放された体を起こしながら、視線を向ければツジノカさんに蹴り飛ばされたらしいキトワさんが倒れていて、ただならぬオーラでキトワさんに近づくツジノカさんに身震いした。

 あ、これはまずい。多分ツジノカさんキレてるな…。


「いい加減にしろキトワ。お前はまだ、俺の母上を蘇らせるなどと言っているのか」


 呆れたように話すツジノカさんに
 まさかツジノカさんは全て知っていたのか…。と私は目を丸くした。

 キトワさんは倒れていた体を起こすと怒りのオーラを纏うツジノカさんを見上げ、弱々しく口を開く


「…だって、ツジノカの望みはそうだろう」
「確かに、あの人との別れは急だったから、為せなかった感謝の言葉のひとつも言いたいし、会いたい気持ちに偽りはないが、過ぎた事だ。もうその荷をおろせキトワ。」
「……」
「俺はいま、充分幸せだからな」


 小さく微笑み、キトワさんの頭に手を置いたツジノカさんの下で、小さく震え、歯を食いしばっているキトワさんが見えた


「由羅君も迷惑をかけた。昔からこいつは加減というものを知らないらしい」


 いや加減の問題じゃないですよ
 立派な殺人未遂ですからね!と声を荒げたいのはやまやまだったのだけど、肩を落とし、すっかり落ち込んでしまっている様子のキトワさんを見たら
 私はもう何も言う事はできなくなってしまった……

 大切な人の為にと思う気持ちは、私にも痛いほどに分かるから……