乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 ミツドナの町へ向かう道中、ガタガタと揺れる馬車の上で器用に仁王立ち、自信満々に笑うキトワさんに私はポカンと呆けていた

 なんでも聞いてくれてかまわないとキトワさんは言うけれど。わからないことが多すぎて、何から聞けばいいのかすらわからない……。

 ぐるぐると悩んでいれば、馬車の手綱を握ったままのシオ君が少しだけ顔をこちらに向けキトワさんに質問を投げた


「兄上様が隠していた身分を自ら露呈した。とはどういうことですか?」
「あぁそれはねシオ!君を守るためさ!」
「え?」
「シオ君を守るため…?」


 疑問符を浮かべる私達にキトワさんは「そうだとも!」と誇らしげに答える


「それはシオの母君が懐妊したと知ったツジノカが、シオが無事に生まれるように王宮に巣食う悪い輩達の目を自分に集中させるため起こした事件だからね!醜い王宮の権力争いがために世継ぎが親子もろとも暗殺されるのは世の常だ。そこでツジノカは母君であるダリア妃と芝居をうち、世間の目を自らに集中させ、シオを守ったのさ。」

「…それは、兄上様から聞いた事ありませんでした。」

「言わぬだろうね!僕も暗殺しようとした時に聞いたんだよ。…そして、ツジノカはナイフを構える僕に向けこう言ったんだーー」


『俺を殺すことで、この先のお前の人生に足るものがあるのならやれ。ないのならもう誰かに従うのはやめることだ。お前はそんな人間ではないだろう』


「ーー僕は衝撃を受けた。ツジノカというひとりの人間にね。」


 何故この人は、まだ産まれてもない義弟を守るためにその身を危険にさらし、あまつさえその刺客にまで諭し、導くような言葉をかけられるのだろう…
 何故僕は、この人の言葉ひとつでこんなにも…心が軽くなっているのだろう…
 
 初めて、僕自身を見てくれた人に出会えたと思えた。

 初めて、心から、この人の為に生きていきたいと思えたんだ……


「あの時の気持ちは、今でも鮮明に思い出せるよ」


 そう言って小さく微笑むキトワさんになんだか泣きそうになる。なんですか普通にいい話じゃないですか。キトワさんはツジノカさんに救われたんですね…。


「…キトワさんにとって、ツジノカさんはとても大きな存在なんですね…」
「もはや全てと言っても過言ではないね!僕はこの生涯をかけてツジノカへ全てを捧げる所存さ!」


 キラキラとしたオーラを携えグッと親指を立て宣言するキトワさんに、それはちょっと重いような気がしないでも、ないような…。


「故に先程シオも言っていた通り、僕のルーツはツジノカだということは言わずもがなということだね!」
「なるほど…」


 つまり、キトワさんのハートを増やすにはまず、ツジノカさんのハートから増やさなければいけないということだろうか…。


「医者になったのも関係あるんですか?」


 思案する私の耳に、質問するシオ君の声が聞こえてきた。
 確かに、どうなのだろうと視線を向けたキトワさんは、当然とばかりに胸をはり、その大袈裟な身振りで両手を左右に広げてみせた


「関係おおありだね!僕が医者になったのは、“10年前に亡くなったツジノカの母君ダリア妃を蘇らせ、ツジノカへの贈り物とするため”だからね!」


「……ハ…?」
「いま…なんて…?」


 あれ、すみませんよく聞こえませんでした。一体いまこの人は何を言ったの…?
 頭の中でキトワさんの言葉を反復するもののやはり理解する事はできずに私とシオ君は見事にポカンと思考が停止した。

 そんな私達を気に留めることなく、キトワさんはシオ君から手綱をとるとそれを一振りして、何故か馬車を停止させる。

 馬が鳴き、止まったそこは、辺り一面原っぱだけの小高い丘。
 キトワさんは馬車を下りると白衣を翻しこちらに振り向いた。


「きたまえ二人とも。話の続きをしてあげよう」


 何故だろう…。物凄く身の危険を感じるのは、気のせいだろうか……。

 小高い丘の上に立ち、馬車から下りた私とシオ君を前にしたキトワさんは、いつものようにキラキラオーラを発生させてはいるけれど…。
 なんだろうかこの、いいしれぬ嫌な予感は…。まるで初めから用意されていた舞台に無理やり上がらせられたような、この心地は……。


「ツジノカはね、母君のダリア妃をとても慕っていたんだよ。気高く美しく、誰にも縛られることなく自由に生きる彼女は本当に輝いていた。僕ももちろん慕っていたよ。だけど同時に妬んでもいた。彼女がいる限り僕がツジノカの一番になることは叶わなかったからね」


 つらつらと語るキトワさんが、ツジノカさんの事を本当に特別に想っているのは伝わるし、理解もできてはきたのだけど…
 それよりも、何故だか止まらない冷や汗が。私に警告のようなものを発している気がしてならない…。


「それでもツジノカが幸せならば僕は満足していた。はずだったのだけど…そうあの日。転機が訪れた10年前、異形が襲来した折、家屋の崩壊に巻き込まれ亡くなったダリア妃を僕は見ていた」
「え…!?」
「すぐに助けようとしたが、時既に遅く…助けられなかった。感知に長けるこの両の眼は冷たくなったダリア嬢をただ映していたよ。…喪失感と悲しさにくれたけど……同時に、どうしようもないほどの高揚感が僕を襲った…」

「そう…僕は思ったんだ。これでついに、僕が、ツジノカの一番になれる…!と。」


 握り拳を掲げ、勇ましくそう言ったキトワさんに私は目を丸くした。え、待って待って。分からない…。本当に、さっきからなにを言ってるの…?


「ツジノカはかつて、僕という人格を解放してくれた。それに報いるためには何を為せばいいかをずっと考えていたんだけどね。それはやはりツジノカが僕にくれたように、ツジノカにとって“最高に幸せな贈り物をする事”だと結論づけた!最高の贈り物…それは大切だった母君ダリア妃をこの世に復活させること!!」

「そうすることでツジノカも幸せを手にいれ、その贈り物をしたこの僕は、ツジノカの一番になる。つまりツジノカを僕のものにできるんだよ!」


 ……キトワさんの言葉全て、とても理解できない。
 愕然とする私の前に、ふと影がおち、顔をあげれば目の前まで近づいているキトワさんが、にっこりと私を見下ろしていた……。


「由羅嬢、満足かな?これが僕の最終目標であり、僕の“心の奥全て”だ。知りたかったんだろう?」
「っ!」


 目を見開く。
 そうだ…。この人の特殊能力は…


「申し訳ないが。僕のハートはすでにツジノカの元にある。君がそこに割って入る余地はないよ?」


 クイッと顎に手を添えられ、至近距離で言われたその言葉に戰慄が走る。
 特殊能力【感知】をもつこの人は、熱や嘘を見抜き、人の感情でさえ知り得てしまう。

 この人に隠し事などできはしない。

 キトワさんには始めから、私の目的など筒抜けだったのだ…。つまりこの展開もこの場所に来ることも、全てはキトワさんのシナリオ通りなのだと、今更に理解した私は思わずその手を振り払い、一歩後ずさる…。

 どうしよう…。本能が今すぐダッシュで逃げた方がいいと大音量で告げているのだけど、私が逃げたところで簡単に捕まるのは目に見えているし…
 辺りは草原だけで人も町もなにもない…。

(どうすればいいかわからない…!)

 もしかしたら私は、とんでもない相手のとんでもない秘密を聞いてしまったのかもしれない…
 こんなことなら聞くべきではなかったと後悔しても、もう遅いのだけど…。


「由羅様、申し訳ありません。この人のことを私もまだ、全然理解していませんでした…。」
「こんなの誰でも、無理だから…!」


 シオ君は一切何も悪くない。と私がブンブンと手を左右に勢いよく振った時だった。
 「うっ…」と呻き声と共にドサリとシオ君がその場に倒れてしまい「へ…?」と私は目を瞬く。

 シオ君の首すじには注射器のようなものがささっていて、静かに呼吸するその様子から、ただ眠っているだけだとはわかったのだけど…


「…。」


 私はおそるおそる視線をキトワさんに向ける。そこには数本の注射器を手に弄び、にっこりと微笑むキトワさんがいて、サァァと私の顔の血の気がひいた。


 ・・・あれ?

 もしかして私…ここで、死ぬんでしょうか…?