乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

「え?キトワさんの補佐!?」
「はい明日から少しだけ」

 目を見開いて驚くゲンナイさんに私はコクリと頷いた。
 補佐というか、ただお供するだけになると思うけど…。医者関係も仕事関係も普段キトワさんが何をしているのかしらないし…。

 「それはもちろん俺も同行するんだよな?」と子守の役目を全うしようと聞いてきたゲンナイさんに今度は首を左右に振ってみせると、あからさまに肩を落としていた。なんだか申し訳ない…。

 明日、キトワさんはミツドナの町に行く予定だったらしく、帰るついでにとシオ君がお供に選ばれた。
 道中の護衛も今回はそれで充分だからと時成さんは言っていたけど、シオ君のハートも増やせと言われているようで荷が重い…。
 
 そんな事を考えながら目の前でどんよりするゲンナイさんをどうしようかと思った時ナス子さんがパシンとゲンナイさんの肩をたたいた

「ゲンナイさん落ち込まないの~!私だって由羅ちゃんと遠征行きたいけど我慢してるんだから~」
「つーことはキトワも今日ここに泊まんのかぃ?」
「あ、はい。今はシオ君と時成さんのところにいますね」


 頷けば嫌そうに顔を歪めるトビさんをみて、あ。と思い出した事を私はナス子さんにこっそりと耳打ちした。


「ナス子さん、今日の夕食で持ってきてほしい料理があるんですけど…」
「おっけ〜!リクエストはなんでも受け付けるよ〜!」


 親指をぐっと立てて了承してくれたナス子さんに「ありがとうございます」と注文を伝える私の懐には、時成さんにもらったメモがあった。
 こんなことで、はたしてハートが増えるのかは疑問だけど、ダメで元々だ。やるだけやってみよう





ーーー





 夕食時になったトキノワには今までにないほどの人数が揃っていた。
 サダネさんやナズナさんといつもの顔ぶれに加えて、シオ君やキトワさんトビさんもいるので大賑わいである。

 いつもの台所の食卓だけでは足りず、居間に大きなテーブルが出されると、あっという間にテーブルを埋め尽くさんばかりのおいしそうな料理たちがそこに並んだ。
 どれもこれも美味しそうだし、実際いつもの食事は美味しい。いまにもお腹が鳴りそうだ。

 そういえば、この料理ってナス子さんの手作りなのだろうか…?


「私もちょっと手伝ってはいるけど~ほぼ私のおじいちゃん…あ、茶屋のアオモジさんの兄でもある、タイハクじいちゃんが作ってるよ~?」


 「今度由羅ちゃんに紹介するね~!」と言ってくれたナス子さんに笑顔で頷く。いつもお世話になっているし、今回は急な要望も快く引き受けてくれたので、是非御礼と挨拶はしておきたい。


「タイハクのじじいには気をつけろぃ由羅。ドエロジジイだから」


 ガシリと肩を組んできたトビさんに驚きつつ「そうなんですか?」と質問すると「ナス子の血筋だしな」と妙に納得できてしまう答えが返ってきた


「行く時は言え。俺がついてってやらぁ」


 ニカッと笑い、ついでとばかりにチュッと頬にキスしてきたトビさんに私はぴしりと固まる。同時にじわじわと顔が赤くなるのだけど、最近は頻繁になってきたそのスキンシップを怒るべきかと迷う。

 目撃したナス子さんが「あ~~!!」とトビさんを指差し、文句を言おうと口を開けた瞬間ーー
 ーー突然飛んできた刀が、トビさんの頬をヒュッと掠め、そのまま後ろの柱にザクリと突き刺さった…


「…お、おいおいゲンナイ。大事な刀ぶん投げるやつがあるかぃおめぇ」


 危うく顔に風穴できるところだろぃ。と顔をひくつかせるトビさんに、刀を投げた犯人であるゲンナイさんは今度は箸でたくあんを掴むとそれを構えた


「時成様より俺は由羅ちゃんを守る役目を仰せつかってる身。故に、害をなそうとする輩は消さないといけないんだよトビさん…。気安く触れてもらっちゃ困る」
「だぁ!目が怖ぇよゲンナイ!」


 たくあん置けぃ!!と焦るトビさんと、まだ不機嫌なゲンナイさんを横目にしていれば
 ナズナさんが無言で私の頬をごしごしと服の袖で拭ってきた。ちょっと痛いんですが…

 というか、どうしたのがろうかこのナズナさんは…。帰ってきてからずっとこんな調子で大人しい……。
 その態度で不機嫌そうなのは分かるのだけど、いつもだったらギャーギャー騒ぐのに…
 何か変なものでも食べたのだろうか。子供ってよく信じられないもの拾い食いしたりするっていうし…あれ?それは犬とかだっけ?

 ナズナさんをじっと見つめていれば「失礼な事考えてんじゃねーよ!」と両頬をムニッとつねられた。
 その不機嫌そうな顔に、何故思考がわかったのか、と私は目を丸くする


「もしやまた顔に出てましたか?」
「普通に声に出してんだよクソがっ!」


 誰が犬だ!と足音荒く遠くの席に座ったナズナさんに、また怒らせてしまった…と少しだけ反省した時

 まだ来ていなかったサダネさんとキトワさんとシオ君も食卓に集まってきた

 その瞬間、キランと目を光らせた私はすばやく動き、用意していた“蕎麦”をキトワさんにどうぞと手渡した。
 そう、時成さんの教えてくれた情報によると、キトワさんの好物は『蕎麦』。シオ君はバナナやリンゴなどの『果物』とのことだったから、夕食としてではなくデザートで後で渡すとして…

 ナス子さんにお願いして持ってきてもらった蕎麦ですよ~キトワさん。どうだ好感度上がるかな?

 少し期待を込めて反応を見ると、一瞬きょとんとした後、すぐにニッコリと微笑んだキトワさんは、おもむろに私の顎をクイッと持ち上げた


「うれしいよプリンセス。僕の好物が蕎麦だと一体だれに聞いたんだい?そんなささいな情報にすがるほど由羅嬢が僕に夢中だったというのに、この僕としたことが気付かなくて申し訳ない。お詫びといってはなんだが今夜の床を一緒に寝てあげよう。大丈夫、怖がらなくても僕が優しく君のその固く閉じた穴をこじあけーー」
「「黙れ!!」」


 ナズナさんとゲンナイさんの足がキトワさんの頭上と顔面に綺麗にヒットし、切ない悲鳴をあげ、キトワさんはベシャリと畳にめり込んでしまった…。

 なんだかもうこの光景も見飽きてきたな…。というか、好感度上がらないのこれのせいなのでは?思えば私、キトワさんとまともに会話できた試しがないのだけど…


「由羅ちゃん明日から大丈夫~?」
「とりあえず自衛のためにも武器は持って行ってくださいね」


 効果があるかは別ですが念のため。と真剣なサダネさんとナス子さんに苦笑いを返す。さすがにキトワさんに対して武器なんていらないと思うけど…いや、いるのか?


「私ができる範囲でフォローはします」
「シオは昔からキトワと相性わりぃからちっと心配だな」
「そっか。幼馴染でしたっけ」
「正確には、兄上様が王室に戻ってくださってからの付き合いですので、私はトビ様やキトワ様と幼馴染というわけではありません」
「いいだろぃ別に幼馴染で。お前がちっさいころから知ってはいんだからよ」


 「まぁ、そうですけど…」と少し伏し目がちになったシオ君が気になりつつも、そこを詳しく聞ける雰囲気ではないので、我慢してスッと用意していたバナナとりんごをシオ君に渡してみる


「え?あ、ありがとうございます由羅様…?」
「…つーか由羅。さっきから何が目的なんでぃ」


 変なやつだな。と怪訝そうに見てきたトビさんは私の前に手をだすと「で?俺の好物の鹿肉は?」と聞かれ、私は静かに目を逸らした


 すみません。用意してませんでした…。