胡散臭く微笑む憎らしい時成さんの顔が、自分の涙のせいでよく見えない
「もう本当!時成さんって馬鹿です!!」
「由羅には言われたくないけどね」
ボロボロと流れる涙を拭う。
感情が高ぶったせいか涙は止まらないし…、想いを分かってくれない歯がゆさで、胸が苦しい…
「こっちがどれだけ怒って、不安になって、心配して…!どれだけっ、あなたのことを考えていたと思ってるんですか!」
「…その言葉も、由羅には言われたくないよ。私もそうだったからね」
「……え…?」
屋根裏の座椅子に腰をおろしながら、ため息まじりに呟いた時成さんの言葉に、私がパチパチと瞬きすれば、落ちた涙が床に染みをつくった
ゆらゆらと立ち上るキセルの煙の奥から、時成さんは私を見つめる
「由羅が…ゲンナイの瘴気に触れて、その中に入ってからのことは、私に知るすべはなかったんだよ。」
「…。」
「何がおこってるのか、どうなったのか…。由羅の帰りを待つ間のあのなんともいえない感情は…幾年と生きた私でも、初めて感じるものだったよ。」
トン、と灰を落としながら目を伏せる時成さんに困惑する。
どういう、意味だろうか…
時成さんが初めてだというほどの感情を抱いた…?そしてそれは…私が時成さんの事を想っていたのと同じ…?
え、つまり時成さんが、私の…私自身の“心配”をしたの…?
え?時成さんが?
死と隣り合わせの見切り発車の実験を勝手に始めてくるあの時成さんが…?
(嘘でしょ…。)
あまりの驚愕と衝撃に、涙もいつの間にか止まったらしい。
まるで思考が停止したように、ポカンと固まる私の前まで時成さんは近づいてくると、私を見つめ小さくフッと笑みをこぼした
見たことのないその笑みの下で、時成さんの指が、涙の跡を拭うように、私の頬を優しく摩る…。
らしくない…その顔と、仕草に、私の顔がじわじわと赤くなり、心臓は早鐘を打ち、頭がぐるぐると混乱していく
(え、…なに、これ……)
ーーー
“始めての感情”というよりも…
幾年の月日の中忘れていたものを“思い出した”という方が正しいのかもしれない。
あの時の、あの感情が“焦燥感”というものなのだろうか…
由羅の気配がゲンナイの中に消え、由羅の事がなにもわからなくなったあの時間は、まるで生きた心地がしなかった
……自分でも不思議でしょうがない。
幾年と生き、たくさんの生物に触れ過ごしてきた自分が、だんだんと人間というものから離れ、『人間らしさ』など、既に欠如しているものと、思っていたのに…。
この由羅という者に対しては…
あまりにも人間くさく懐かしい『感情』というものをいくつも思い出してしまう
涙で溢れる目をパチパチと瞬くこの子は、一体何故そんなにも不安や心配を抱えていたのだろう。私には分からない感情の機微があったのか…、それとも共鳴がなったことで光か私に影響が出たとでも思ったのかな?
前にも私が消える事に対して異常なほど反応していたけれど…。いずれ消えゆく存在の私に、その心配は無用に思うのに…
この子は本当におかしな子だ。
他人のために自分を犠牲にしてまで、惜しみなく尽くすくせに
人の注意や警告には従わず、言うことをまったく聞かない…。
ゲンナイの浄化は無理だと諭しても聞く耳を持たず、回復しきれていないままに無意識でイクマの瘴気をも浄化した。
自分の命を落とすかもしれないと分かっているはずなのに、どうしてそんなにも他人に尽くせるのだろうね…
そんな由羅だからきっと、これからも同じことを繰り返すのだろう
守ることも、言うことを聞かせることも…ゲンナイだけでは荷が重そうだから、少しお灸をすえておこうか…。
(本当は隠すつもりだったのだけれど)
…こんなことを思うことすら人間くさいね。
この私が心配させまいと、隠そうとするなんて・・・
そんな配慮すら今までならしなかっただろう。
いつのまにか、懐かしき人間の感情を抱く自分自身の変化に、思わずフッと笑みがこぼれる。
本当に私は一体どうしてしまったのだろうね…
目の前にあるその瞳が、困惑したように揺れている。
そこから流れる涙の跡に触れ、拭うように指でさすれば、由羅の頬がほんのりと赤みを帯びた
さて、どうなるかな。
この健康的な由羅の顔が、今から見せるコレによって、血の気がひき青白くなるだろうと思うのだけど、由羅は私の予想通りの反応をするだろうか…?
にっこりと笑みを顔に貼り付け、先日“似合っていない”と由羅が捨て台詞を叫んでいた
その黒皮の手袋がされている左手を、由羅の前に見せる
「メーターのデザイン変更の為に引きこもっていたというのは冗談だよ由羅。本当の理由はこっちだからね」
言葉と共に手袋を取ってみせた。本来なら肌色であるはずのその手は黒革の手袋を取っても尚、黒を残している。
小指と薬指、その根元まで真っ黒に変色しているそこからは、ひびわれのように黒が伸び、まるで徐々に左手を侵食しようとしているかのようだ
「これは、由羅に私自身の力を貸したことと。分不相応な瘴気を浄化することで、由羅が本来負うはずだったダメージを無理矢理軽減させたことへの代償らしい」
「え…」
「瘴気を浄化しゲンナイの心に触れて共鳴を成し遂げたのは、もちろん由羅の力だけど。あの瘴気は今の由羅が耐えられるものではなかったから、本来なら由羅は、あの場で二度と目が覚めることはなかったんだよ。」
「つまり時成さんが…私の負担を軽くしてくれたんですか…?その手はその代償…?」
「そうだね」
由羅にしては理解しているようだ。ナズナの時より随分と回復が早かったことも疑問に思ってはいたのかもしれないね
「これは本来ならしてはいけないこと。世界の理に反する事だ。その代償がこの程度ですんだのは幸いだろうね。…三日間という期間を設けたのは、世界の理を揺るがしてしまったことの後処理と、なんとかこの手が治らないかと試行錯誤してたからだよ。」
結果、この手はどうしようもなかったけどね。とにっこりと笑みを作る
黒く変色し、感覚のない二本の指はもう人の目には晒せないから、由羅がダサいと言った手袋は手放せないね
(さて)
ここまで言えば、『自分のせいだ』と由羅なら思うだろう…。
予想通りにその顔は白くなっているけれど、次はどんな反応をするかな
ぼろぼろに泣いて私に謝ってくるだろうか、勝手なことをするなと怒るだろうか
そんなことを思案しながら向けた視線の先には、そのどれとも違う、予想外の由羅の顔があって少し驚いた。
硬く握った拳を僅かに震わせながら、眉間に皺をよせ、私の黒く変色した指をじっと見つめている。
泣いてる訳でも、怒ってる訳でもなさそうなこの顔は、さてどんな気持ちの時にするのだったかな…?
思い出そうと記憶を探し出した時「責任をとります」と小さく聞こえてきた声に首を傾げる
「…なんの責任をとるのかな?」
「時成さんの体をそんな風にしてしまったのは私のせいです」
「そうだね」
「だから責任をとって…時成さんがよければ、時成さんの面倒をっ、私がみます!」
覚悟をきめたかのような、勇ましい瞳で見てくる由羅に、一瞬何を言っているのか理解が遅れる
そしてその言葉が、どういう意味なのかと私の脳が理解を示したときーー
ーー腹の底から込み上げる震えに抗う事ができず、私は大口を開けて笑っていた
「っ、あっはははははははっ!由羅、君は本当に…っ、あっはっはっは!」
どうしてこうも私は、この子に懐かしい感情を呼び起こされるのかーー。
こんなに笑ったのも、可笑しいと思ったのも、初めてではないかというほどに
気付けば私は、腹を抱えて笑っていた。
あぁなるほど。これが笑いすぎたときの現象か
涙も出るし少し腹もいたい。
私はまだ僅かにも人間のようだ。
いや、人間の感情に戻りつつあるのかな
由羅、君のせいで
どうやら私は色々思いだしているようだよ
はるか昔の、人間だった自分自身をーー。
「もう本当!時成さんって馬鹿です!!」
「由羅には言われたくないけどね」
ボロボロと流れる涙を拭う。
感情が高ぶったせいか涙は止まらないし…、想いを分かってくれない歯がゆさで、胸が苦しい…
「こっちがどれだけ怒って、不安になって、心配して…!どれだけっ、あなたのことを考えていたと思ってるんですか!」
「…その言葉も、由羅には言われたくないよ。私もそうだったからね」
「……え…?」
屋根裏の座椅子に腰をおろしながら、ため息まじりに呟いた時成さんの言葉に、私がパチパチと瞬きすれば、落ちた涙が床に染みをつくった
ゆらゆらと立ち上るキセルの煙の奥から、時成さんは私を見つめる
「由羅が…ゲンナイの瘴気に触れて、その中に入ってからのことは、私に知るすべはなかったんだよ。」
「…。」
「何がおこってるのか、どうなったのか…。由羅の帰りを待つ間のあのなんともいえない感情は…幾年と生きた私でも、初めて感じるものだったよ。」
トン、と灰を落としながら目を伏せる時成さんに困惑する。
どういう、意味だろうか…
時成さんが初めてだというほどの感情を抱いた…?そしてそれは…私が時成さんの事を想っていたのと同じ…?
え、つまり時成さんが、私の…私自身の“心配”をしたの…?
え?時成さんが?
死と隣り合わせの見切り発車の実験を勝手に始めてくるあの時成さんが…?
(嘘でしょ…。)
あまりの驚愕と衝撃に、涙もいつの間にか止まったらしい。
まるで思考が停止したように、ポカンと固まる私の前まで時成さんは近づいてくると、私を見つめ小さくフッと笑みをこぼした
見たことのないその笑みの下で、時成さんの指が、涙の跡を拭うように、私の頬を優しく摩る…。
らしくない…その顔と、仕草に、私の顔がじわじわと赤くなり、心臓は早鐘を打ち、頭がぐるぐると混乱していく
(え、…なに、これ……)
ーーー
“始めての感情”というよりも…
幾年の月日の中忘れていたものを“思い出した”という方が正しいのかもしれない。
あの時の、あの感情が“焦燥感”というものなのだろうか…
由羅の気配がゲンナイの中に消え、由羅の事がなにもわからなくなったあの時間は、まるで生きた心地がしなかった
……自分でも不思議でしょうがない。
幾年と生き、たくさんの生物に触れ過ごしてきた自分が、だんだんと人間というものから離れ、『人間らしさ』など、既に欠如しているものと、思っていたのに…。
この由羅という者に対しては…
あまりにも人間くさく懐かしい『感情』というものをいくつも思い出してしまう
涙で溢れる目をパチパチと瞬くこの子は、一体何故そんなにも不安や心配を抱えていたのだろう。私には分からない感情の機微があったのか…、それとも共鳴がなったことで光か私に影響が出たとでも思ったのかな?
前にも私が消える事に対して異常なほど反応していたけれど…。いずれ消えゆく存在の私に、その心配は無用に思うのに…
この子は本当におかしな子だ。
他人のために自分を犠牲にしてまで、惜しみなく尽くすくせに
人の注意や警告には従わず、言うことをまったく聞かない…。
ゲンナイの浄化は無理だと諭しても聞く耳を持たず、回復しきれていないままに無意識でイクマの瘴気をも浄化した。
自分の命を落とすかもしれないと分かっているはずなのに、どうしてそんなにも他人に尽くせるのだろうね…
そんな由羅だからきっと、これからも同じことを繰り返すのだろう
守ることも、言うことを聞かせることも…ゲンナイだけでは荷が重そうだから、少しお灸をすえておこうか…。
(本当は隠すつもりだったのだけれど)
…こんなことを思うことすら人間くさいね。
この私が心配させまいと、隠そうとするなんて・・・
そんな配慮すら今までならしなかっただろう。
いつのまにか、懐かしき人間の感情を抱く自分自身の変化に、思わずフッと笑みがこぼれる。
本当に私は一体どうしてしまったのだろうね…
目の前にあるその瞳が、困惑したように揺れている。
そこから流れる涙の跡に触れ、拭うように指でさすれば、由羅の頬がほんのりと赤みを帯びた
さて、どうなるかな。
この健康的な由羅の顔が、今から見せるコレによって、血の気がひき青白くなるだろうと思うのだけど、由羅は私の予想通りの反応をするだろうか…?
にっこりと笑みを顔に貼り付け、先日“似合っていない”と由羅が捨て台詞を叫んでいた
その黒皮の手袋がされている左手を、由羅の前に見せる
「メーターのデザイン変更の為に引きこもっていたというのは冗談だよ由羅。本当の理由はこっちだからね」
言葉と共に手袋を取ってみせた。本来なら肌色であるはずのその手は黒革の手袋を取っても尚、黒を残している。
小指と薬指、その根元まで真っ黒に変色しているそこからは、ひびわれのように黒が伸び、まるで徐々に左手を侵食しようとしているかのようだ
「これは、由羅に私自身の力を貸したことと。分不相応な瘴気を浄化することで、由羅が本来負うはずだったダメージを無理矢理軽減させたことへの代償らしい」
「え…」
「瘴気を浄化しゲンナイの心に触れて共鳴を成し遂げたのは、もちろん由羅の力だけど。あの瘴気は今の由羅が耐えられるものではなかったから、本来なら由羅は、あの場で二度と目が覚めることはなかったんだよ。」
「つまり時成さんが…私の負担を軽くしてくれたんですか…?その手はその代償…?」
「そうだね」
由羅にしては理解しているようだ。ナズナの時より随分と回復が早かったことも疑問に思ってはいたのかもしれないね
「これは本来ならしてはいけないこと。世界の理に反する事だ。その代償がこの程度ですんだのは幸いだろうね。…三日間という期間を設けたのは、世界の理を揺るがしてしまったことの後処理と、なんとかこの手が治らないかと試行錯誤してたからだよ。」
結果、この手はどうしようもなかったけどね。とにっこりと笑みを作る
黒く変色し、感覚のない二本の指はもう人の目には晒せないから、由羅がダサいと言った手袋は手放せないね
(さて)
ここまで言えば、『自分のせいだ』と由羅なら思うだろう…。
予想通りにその顔は白くなっているけれど、次はどんな反応をするかな
ぼろぼろに泣いて私に謝ってくるだろうか、勝手なことをするなと怒るだろうか
そんなことを思案しながら向けた視線の先には、そのどれとも違う、予想外の由羅の顔があって少し驚いた。
硬く握った拳を僅かに震わせながら、眉間に皺をよせ、私の黒く変色した指をじっと見つめている。
泣いてる訳でも、怒ってる訳でもなさそうなこの顔は、さてどんな気持ちの時にするのだったかな…?
思い出そうと記憶を探し出した時「責任をとります」と小さく聞こえてきた声に首を傾げる
「…なんの責任をとるのかな?」
「時成さんの体をそんな風にしてしまったのは私のせいです」
「そうだね」
「だから責任をとって…時成さんがよければ、時成さんの面倒をっ、私がみます!」
覚悟をきめたかのような、勇ましい瞳で見てくる由羅に、一瞬何を言っているのか理解が遅れる
そしてその言葉が、どういう意味なのかと私の脳が理解を示したときーー
ーー腹の底から込み上げる震えに抗う事ができず、私は大口を開けて笑っていた
「っ、あっはははははははっ!由羅、君は本当に…っ、あっはっはっは!」
どうしてこうも私は、この子に懐かしい感情を呼び起こされるのかーー。
こんなに笑ったのも、可笑しいと思ったのも、初めてではないかというほどに
気付けば私は、腹を抱えて笑っていた。
あぁなるほど。これが笑いすぎたときの現象か
涙も出るし少し腹もいたい。
私はまだ僅かにも人間のようだ。
いや、人間の感情に戻りつつあるのかな
由羅、君のせいで
どうやら私は色々思いだしているようだよ
はるか昔の、人間だった自分自身をーー。
