乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

「それって〜恐怖体験のドキドキを恋愛と勘違いするやつじゃない~?」


 あれから戻ってきたトキノワの応接室で、時成さんに対する憤りを一旦落ち着かせた私は

 最近頻繁に起こる“時成さんを前にするとおかしくなる自分の心臓の挙動”についてを、お約束でもある「友人の話なんだけど~」を語頭につけてナス子さんに相談していた。


「いわゆる吊り橋効果というやつですね?」
「そうそうそれ~!」


 返ってきたナス子さんの答えに、なんだか物凄く納得してしまった私は「なるほど」と大きく頷いた。
 
 確かに、時成さんが消えてしまうのではないか。という恐怖で心臓は激しくなっていたから、それを脳が恋だと勘違いして、私の心臓は時成さんの笑顔にドキドキしてしまったのか…。
 ともなれば、それは“疑似”だと、自分の脳に言い聞かせればいいだけだ。

(やっぱりね。)

 そんなことだろうと思った。
 私があんな、いい加減で人の気持ちがわからないような…そもそも人間なのかどうかも定かじゃない男に、恋なんてするわけないでしょう


「すっきりした。ありがとうナス子さん」

「うん!でもねぇ~そう頑張って否定してる時点で、すでにもう落ちてしまってることもあるから気を付けて~ってその友達に言っといてね~」

「お、落ちてしまってる…?」

「『恋に』に決まってるでしょ~?もちろん私は由羅ちゃんに落ちてるよ~」


 パチリとウインクするナス子さんに私はポカンとする。
 

「…何を、きっかけに…?」

「ふふ。由羅ちゃんか~わいい~!何かきっかけでもないと人は恋に落ちないと思ってる?まぁ確かにそういうことも多いよね。だけどね、恋なんてものはいつのまにか人知れず、ひっそりと勝手に、落ちてしまうこともあるんだよ~」


 ハートを飛ばし腕を組んでくるナス子さんの言葉が衝撃すぎて、理解しがたくて…私の思考回路はショートしかけていた…。

 だってそれって、無意識的にも恋に落ちる事があるってことですよね
 つまり、恋というものは、自分で制御できるものでは到底ないということで…

 え、でもじゃあなに…
 私は結局、恋をしてるの?してないの?どっちなの…?
 してたとすればその相手は……

 だめだ。もはやなにもわからない…
 混乱しすぎて、未知の領域すぎてお手上げだ

 
 ぐでんと机に突っ伏した私の髪をナス子さんが機嫌良さそうにいじりだした。
 なにやら三つ編みのような感じにされている気配を感じながら顔だけを動かすと、ちょうど戸が開き、シオ君が入ってきた

 机に突っ伏す私と髪をいじるナス子さんを見るとシオ君は不思議そうに首を傾げる


「どうされたんですか由羅様?元気がないようですが…」
「ううん大丈夫。ちょっと頭がショートしただけで…シオ君こそ大丈夫?ミツドナに戻らなくてもいいの?」


 何故まだここに?と疑問を浮かべる
 

「件の馬鬼が襲来した町の調査報告や今回のまとめ業務があるので、暫くこの本部に滞在します。兄上様の指示でもあるので大丈夫ですよ」


 「しばらくお邪魔しますね」と笑うシオ君の天使のような笑顔に少しだけ癒された。

 時成さんがいたら、ハートを増やすいい機会だね、とか言いそうだ…。だけど今やつはいない。

 三日は会う事はない。そして交信してくる気配もない。
 …本当に意味がわからない…。
 
 『話は三日後に』…ってその三日間って、なんのための時間なの?
 何故、間を置く必要があるのか…
 こっちは言いたいことも聞きたいこともたくさんありすぎるのに…
 
 
 本当に何を考えているんだあの人は・・・





ーーー





「あれ?ナズナさんとサダネさんは?」


 トキノワに帰ってきてから丸1日が経ったお昼休み。台所に向かえばそこにはナス子さんとゲンナイさんしかいなかった。

 「シオ君と異形の調査で外出してるよ~先にお昼食べちゃお?」とナス子さんの説明に納得して席に座る。帰ってきてからずっと、皆なにかしらバタバタと忙しそうなのは、やはりそれほどの出来事だったからなのだろうか…
 

「目撃情報はあっても、実際にこのマナカノの町以外で異形が襲来したのは数年ぶりだからな」


 私が何を考えていたのか分かったらしいゲンナイさんが答えてくれて、そういえばと思い出す


「確か…この町に異形が集中するような対策をしてるんでしたっけ?」
「そうそう~時成様が何かしてるみたい~よく知らないけど~。あ、ゲンナイさんなら知ってる?」
「俺も詳しくは…確か『異形が求める餌をこの町に置いている』と時成様は言ってたな」
「異形が求める餌…?」
「この町にしかなくて、異形が求めるものってなに~?」
「さぁ…」


 三人でうーん、と頭を悩ませた時、突然にスパーーン!と開け放たれた戸からキラキラオーラのキトワさんが現れた。あ、デジャヴ


「やぁ諸君!お待ちかねの僕!キトワが来たよ!!さぁプリンセス由羅!経過観察の時間になったよ!体調はどうかな?いいや言わずともこの僕にはわかっているさ!浄化という力の後遺症に苦しむその身と心が、僕という輝きを前にしてすくすくと回復している様子が手にとるように伝わってくるからね!」


 アッハッハッハ!と高らかに笑うキトワさんを横目に
 来てしまったか、と私は小さく息をはいた。
 
 どうしてこの人はいつもご飯時に現れるのだろう…そしてなぜ私だけなのか。ゲンナイさんも経過観察対象でしょう?


「悪いな由羅ちゃん。俺の診察はもう終わった」


 い、いつの間に…!にっこりと笑い、食事を続けるゲンナイさんになんだか裏切られたような気持ちになりながら「さぁ善は急げだ!いざ共にゆかん!」とキトワさんに引っ張られる
 …せめて食事が終わってからではだめでしょうか…



 強制連行された医務室でどこか機嫌の良さそうなキトワさんは私の腕から採血を始めた
 別に注射が怖いとかはないけれど、あまり気持ちのいいものではないので私はそっと目を逸らす
 できれば自分の血なんて見たくないし


「今までにないほどの膨大な瘴気を浄化したはずなのに、むしろ今回の由羅嬢は回復が早いね。前回は3日も寝込んだのに対し、今回は1日で済んだそうじゃないか。しかもイクマが言うには、無意識化のうちにイクマの瘴気をも浄化した…。」

「そうみたいですね。その時の記憶私にはないですけど…」

「…自分よりも人を助ける事を優先する君には感服するよ。回復が早まったのはどうしてだろうね。君の浄化の力が強くなっているのかな?」

「うーん…。わかりません。」


 鍛錬はしてるから、そのおかげだろうか、でもいまいち能力が強くなってるとかの自覚はないんだけどな…。


「何も思い当たる節はないのかい?たとえば、他人に押し付ける事で自分の負荷を減らすことができる。とか」
「なんですかそれ。たとえできてもしませんよそんなこと」
「由羅嬢は清らかな心をもっているんだね。他人に与える事で自分が助かるなら、僕ならどうでもいい人間に無理やりでも移すと思うけどね!」
「どうでもいい人間なんて、いませんよ」
「おやおや一本とられたね!」


 アッハッハッハと高笑いするキトワさんを怪訝な目で見れば、もう一本採血の注射を打たれた。


「だけどね、由羅嬢。覚えておいた方がいい」

「なんですか?」

「自己犠牲は時に、破滅をもたらすんだよ」

「え?」


 ふと真面目な顔で見てきたキトワさんに私は口を噤む
 破滅をもたらす…って。どういう意味だろうか

 ポカンとする私の様子にキトワさんは一言「気をつけたまえ」と笑顔を浮かべた

 その後の診察中も、鼻歌でも聞こえてきそうなほど何故かずっと機嫌の良さそうなキトワさんに、私は小さく首を傾げる


 この人もたいがい、何を考えているのかわからないな…。