比較的安全な時間帯を選び、いざ出発したものの。
たいして回復した訳ではない私たちは、疲労困憊の中、体を引きずるように移動し、通常であれば1時間程度の距離を半日ほどかけ、やっと商談をした町へと戻ってきた
「し、しぬ…」
宿屋について倒れこむ。
もうだめ。全身筋肉痛で痛いし。体がものすごく重い…。もはや指先たりとも動かせない…
「う、由羅ちゃん、大丈夫、か…」
「…ふ、二人とも、ねた、く…ぃ」
ゲンナイさんもイクマ君も部屋につくとすぐに倒れこんだ。
三人とも虫の息である。会話すらままならない…。
きっと今ここに、異形が現れでもしたら、間違いなく即死するだろうことがわかる。
お腹もすいたし。体も泥や土だらけで汗臭いし。今すぐお風呂に入りたい…。
だけど体が動かせない…。
せめて着替えだけでも、とミシミシ軋む体をなんとか起こした時だった。
「失礼します。遅くなり申し訳ありません。薬と衣服をお持ちしました。食事とお風呂の用意も宿の者に言ってありますので、いつでもどうぞ。」
突然、スッと戸が開いたかと思えば、薬箱と服の入った袋を抱えたシオ君がそこに立っていてーー
この国の王弟様であるシオ君が、何故こんなところにいるのか。と私は呆然とした
「え…?」
「…あ。シオか?」
「シオさん、なんでここに…?」
「昨日通報があった折に、距離的にも本部より支部からの方が早い。との指示を受け、まいりました。」
シオ君の説明に「なるほど」とイクマ君が頷いていた。
支部へ連絡してくれたのはサダネさん達だろうか…
「ですが。もう異形の気配はなかったので、皆様の回復をメインのタスクに変更しました。随分と疲労困憊のご様子ですね。動けない様ですので、従者を手配致します」
それからは、あっという間だった。
あれよあれよという間に風呂にいれられ、服も着替えさせられ、食事まで食べさせてもらってしまって…
しまいには、ほんのり温かく、いい匂いのする布団で寝かされている…。
なにここ天国?
「では僭越ながら子守唄を…『ねんね~よころり~』」
枕元に正座したシオ君が子守唄を歌いだしたところで、私は寝そうになっていた目をカッと開く
「ちょっと…待とうかシオ君!びっくりした!あまりにもスピーディに幸せ空間へ連れていかれて本当びっくりした!!」
「どうかしましたか由羅様。必要なものがあればおっしゃってください。あ、睡眠アロマでも焚きましょうか」
ラベンダーの香りがおすすめです。と真顔で言うシオ君に少し肩の力が抜ける。
それはすごくありがたいし、あやかりたいけどね?
「シオ君、王室業務はいいの!?」
シオ君とツジノカさんは、その身分と仕事があるので、トキノワの仕事はほぼ出てこないと聞いていたのに、私達の回復なんてしてもらってて大丈夫だろうか。異形もいないのだし、城に帰らなくていいの?と心配になって聞いた疑問に、シオ君は「大丈夫です」と首を縦に振った
「この辺境の地に、異形が出現する。という近年ではなかった事態を国としても調査しなければなりません。城からも調査兵を町に置きましたし、なによりも、異形撃退に尽力し、民を守っていただいた皆様の回復は、最優先すべき事項です。安心して休息してください」
そっか。なるほど…。とシオ君の説明に納得する。
確かに商談の人もこの町に異形が出るのなんて何年もなかったと言っていたな…。国としても、それほど重大な事件だったんだ。
「ありがとうシオ君。じゃあ、お言葉に甘えるね」
布団に潜り直して小さく笑うと「いえ、御礼を言うのはこちらです。」とシオ君が首を振った
「由羅様が兄上様に進言して頂いたおかげで、あれから兄上様と話す機会も増えて、誤解も解けました」
「ふふ、そっか」
それは良かった。と微笑んだ私はそのまま眠ってしまったようで、「ありがとうございました、由羅様」というシオ君の言葉は私の耳には届かなかった
ーーー
「兄上様のご厚意で拝借してまいりました。馬と馬車です。」
翌日の朝、支度をして外に出ると、そこにはキラキラと装飾の眩しい馬車と、金の馬鎧を纏った馬。そしてその傍らに姿勢よく説明するシオ君が私たちを出迎えた
「私が御者を務めますので、皆様はどうぞ馬車にてお寛ぎください」
「「「……。」」」
恐れ多いにもほどがある。
これって普段国王様が使用している馬車なのでは?装飾豪華すぎるし…身分違いも甚だしいのだけれども…え、これに乗るの?シオ君の運転で?と固まる私の背を、ゲンナイさんとイクマ君がそっと押してきた
「由羅ちゃん乗りな。まだ体も辛いだろ?」
「自分とゲンナイさんはもう動けるんで、二人の護衛も兼ねて、馬で走ります」
にっこりと優しく笑う二人の背後に、“王弟が御者をする王族の馬車になんて乗れるわけがない。”という無言の叫びが、見えるような…見えないような……。
私もできるなら自分で馬に乗りたいところだけど、いまだ筋肉痛はひどいし、体が重いこともあり、ありがたくそれに乗らせてもらうことにした
モフッとした柔らかな絨毯とソファに感激しながら座ると
シオ君が手綱を引き、馬車が動き出した
少し前を馬で駆けるゲンナイさんとイクマ君を見ながら、自分も体力をつけなければ、と反省する。
いやこの体の痛みと重さは、体力云々ではなくて、浄化をしたせいでもあると思うのだけど・・・。
(そういえば…)
あれ以来、時成さんからの交信がない。と私は気付く。
え、なんで?おかしいでしょう…
絶対に交信してくるだろう確信が私にはあったのに…。
その理由はふたつ。
ひとつは『共鳴』ができたこと。
犬神を消滅させたのに、ゲンナイさん自身が消滅してない事がなによりの証拠だし。
あの時、ゲンナイさんが目覚める直前…ガラスの割れるようなパキパキとした音も聞こえた。あの音はきっと、異形の塊が壊れる音だったのだろうとも思うのだけど、それも時成さんに確認しなければ…
もうひとつは『ハートの数』
今まで二つだったゲンナイさんのハートの数が三つ以上になっているはずだ。
そもそも三つ以上じゃないと共鳴できないと時成さんが言っていたし…今までもハートが増えたら連絡がきていた…。
だから必ず、交信してくると思っていたのに
何故、してこないのかあの男は・・・
馬車に揺られながら大きなため息を吐いた時。ふと嫌な予感が脳裏に走る
ゲンナイさんは、犬神を消滅させた…。
それでもゲンナイさんが消えなかったのは私の中にある光と共鳴し、『ゲンナイさんの中にあった塊が、“先に”壊れていたから』だ。
それによって、ゲンナイさんと犬神のつながっていた縁が壊れ、ゲンナイさんは犬神と運命を共にせずにすんだ…。
異形の一部である『塊』と
時成さんの命の一部の『光』が共鳴することができたからーー
トキノワの皆の中にある『塊』は異形とつながっている
私の中にある『光』は時成さんとつながっている
私やトキノワの皆は、いわば媒体、入れ物のようなものなのだろう
だから共鳴しても、自身の影響はすくないけれど…
もしかしたら、直接つながっている時成さんには、共鳴がなったことで何か影響がでたのかもしれない
「え……ま、まさか…」
消えたり、とかしてないよね?さすがに…
『私の中にある光が消えれば、時成さんの存在も消える』
だけど…まだ大丈夫なはずだよね?
たった一回の共鳴では、光が消える事はないと時成さんが言っていたし
私の中に光は、まだ、ちゃんとあるよね?
「…し、シオ君」
「はい。なんですか由羅様」
「な、なるべく急いで、マナカノの町まで、お願いします」
時成さんが消滅する。という怖すぎる想像に、半分泣きながらそう懇願する私に、シオ君は「かしこまりました」と頷くと馬のスピードをあげた
がたがたと揺れる馬車の中で、私は両手を握って必死に祈る
時成さん、消えちゃダメですからね!
絶対に、絶対に…許しませんからね…!
たいして回復した訳ではない私たちは、疲労困憊の中、体を引きずるように移動し、通常であれば1時間程度の距離を半日ほどかけ、やっと商談をした町へと戻ってきた
「し、しぬ…」
宿屋について倒れこむ。
もうだめ。全身筋肉痛で痛いし。体がものすごく重い…。もはや指先たりとも動かせない…
「う、由羅ちゃん、大丈夫、か…」
「…ふ、二人とも、ねた、く…ぃ」
ゲンナイさんもイクマ君も部屋につくとすぐに倒れこんだ。
三人とも虫の息である。会話すらままならない…。
きっと今ここに、異形が現れでもしたら、間違いなく即死するだろうことがわかる。
お腹もすいたし。体も泥や土だらけで汗臭いし。今すぐお風呂に入りたい…。
だけど体が動かせない…。
せめて着替えだけでも、とミシミシ軋む体をなんとか起こした時だった。
「失礼します。遅くなり申し訳ありません。薬と衣服をお持ちしました。食事とお風呂の用意も宿の者に言ってありますので、いつでもどうぞ。」
突然、スッと戸が開いたかと思えば、薬箱と服の入った袋を抱えたシオ君がそこに立っていてーー
この国の王弟様であるシオ君が、何故こんなところにいるのか。と私は呆然とした
「え…?」
「…あ。シオか?」
「シオさん、なんでここに…?」
「昨日通報があった折に、距離的にも本部より支部からの方が早い。との指示を受け、まいりました。」
シオ君の説明に「なるほど」とイクマ君が頷いていた。
支部へ連絡してくれたのはサダネさん達だろうか…
「ですが。もう異形の気配はなかったので、皆様の回復をメインのタスクに変更しました。随分と疲労困憊のご様子ですね。動けない様ですので、従者を手配致します」
それからは、あっという間だった。
あれよあれよという間に風呂にいれられ、服も着替えさせられ、食事まで食べさせてもらってしまって…
しまいには、ほんのり温かく、いい匂いのする布団で寝かされている…。
なにここ天国?
「では僭越ながら子守唄を…『ねんね~よころり~』」
枕元に正座したシオ君が子守唄を歌いだしたところで、私は寝そうになっていた目をカッと開く
「ちょっと…待とうかシオ君!びっくりした!あまりにもスピーディに幸せ空間へ連れていかれて本当びっくりした!!」
「どうかしましたか由羅様。必要なものがあればおっしゃってください。あ、睡眠アロマでも焚きましょうか」
ラベンダーの香りがおすすめです。と真顔で言うシオ君に少し肩の力が抜ける。
それはすごくありがたいし、あやかりたいけどね?
「シオ君、王室業務はいいの!?」
シオ君とツジノカさんは、その身分と仕事があるので、トキノワの仕事はほぼ出てこないと聞いていたのに、私達の回復なんてしてもらってて大丈夫だろうか。異形もいないのだし、城に帰らなくていいの?と心配になって聞いた疑問に、シオ君は「大丈夫です」と首を縦に振った
「この辺境の地に、異形が出現する。という近年ではなかった事態を国としても調査しなければなりません。城からも調査兵を町に置きましたし、なによりも、異形撃退に尽力し、民を守っていただいた皆様の回復は、最優先すべき事項です。安心して休息してください」
そっか。なるほど…。とシオ君の説明に納得する。
確かに商談の人もこの町に異形が出るのなんて何年もなかったと言っていたな…。国としても、それほど重大な事件だったんだ。
「ありがとうシオ君。じゃあ、お言葉に甘えるね」
布団に潜り直して小さく笑うと「いえ、御礼を言うのはこちらです。」とシオ君が首を振った
「由羅様が兄上様に進言して頂いたおかげで、あれから兄上様と話す機会も増えて、誤解も解けました」
「ふふ、そっか」
それは良かった。と微笑んだ私はそのまま眠ってしまったようで、「ありがとうございました、由羅様」というシオ君の言葉は私の耳には届かなかった
ーーー
「兄上様のご厚意で拝借してまいりました。馬と馬車です。」
翌日の朝、支度をして外に出ると、そこにはキラキラと装飾の眩しい馬車と、金の馬鎧を纏った馬。そしてその傍らに姿勢よく説明するシオ君が私たちを出迎えた
「私が御者を務めますので、皆様はどうぞ馬車にてお寛ぎください」
「「「……。」」」
恐れ多いにもほどがある。
これって普段国王様が使用している馬車なのでは?装飾豪華すぎるし…身分違いも甚だしいのだけれども…え、これに乗るの?シオ君の運転で?と固まる私の背を、ゲンナイさんとイクマ君がそっと押してきた
「由羅ちゃん乗りな。まだ体も辛いだろ?」
「自分とゲンナイさんはもう動けるんで、二人の護衛も兼ねて、馬で走ります」
にっこりと優しく笑う二人の背後に、“王弟が御者をする王族の馬車になんて乗れるわけがない。”という無言の叫びが、見えるような…見えないような……。
私もできるなら自分で馬に乗りたいところだけど、いまだ筋肉痛はひどいし、体が重いこともあり、ありがたくそれに乗らせてもらうことにした
モフッとした柔らかな絨毯とソファに感激しながら座ると
シオ君が手綱を引き、馬車が動き出した
少し前を馬で駆けるゲンナイさんとイクマ君を見ながら、自分も体力をつけなければ、と反省する。
いやこの体の痛みと重さは、体力云々ではなくて、浄化をしたせいでもあると思うのだけど・・・。
(そういえば…)
あれ以来、時成さんからの交信がない。と私は気付く。
え、なんで?おかしいでしょう…
絶対に交信してくるだろう確信が私にはあったのに…。
その理由はふたつ。
ひとつは『共鳴』ができたこと。
犬神を消滅させたのに、ゲンナイさん自身が消滅してない事がなによりの証拠だし。
あの時、ゲンナイさんが目覚める直前…ガラスの割れるようなパキパキとした音も聞こえた。あの音はきっと、異形の塊が壊れる音だったのだろうとも思うのだけど、それも時成さんに確認しなければ…
もうひとつは『ハートの数』
今まで二つだったゲンナイさんのハートの数が三つ以上になっているはずだ。
そもそも三つ以上じゃないと共鳴できないと時成さんが言っていたし…今までもハートが増えたら連絡がきていた…。
だから必ず、交信してくると思っていたのに
何故、してこないのかあの男は・・・
馬車に揺られながら大きなため息を吐いた時。ふと嫌な予感が脳裏に走る
ゲンナイさんは、犬神を消滅させた…。
それでもゲンナイさんが消えなかったのは私の中にある光と共鳴し、『ゲンナイさんの中にあった塊が、“先に”壊れていたから』だ。
それによって、ゲンナイさんと犬神のつながっていた縁が壊れ、ゲンナイさんは犬神と運命を共にせずにすんだ…。
異形の一部である『塊』と
時成さんの命の一部の『光』が共鳴することができたからーー
トキノワの皆の中にある『塊』は異形とつながっている
私の中にある『光』は時成さんとつながっている
私やトキノワの皆は、いわば媒体、入れ物のようなものなのだろう
だから共鳴しても、自身の影響はすくないけれど…
もしかしたら、直接つながっている時成さんには、共鳴がなったことで何か影響がでたのかもしれない
「え……ま、まさか…」
消えたり、とかしてないよね?さすがに…
『私の中にある光が消えれば、時成さんの存在も消える』
だけど…まだ大丈夫なはずだよね?
たった一回の共鳴では、光が消える事はないと時成さんが言っていたし
私の中に光は、まだ、ちゃんとあるよね?
「…し、シオ君」
「はい。なんですか由羅様」
「な、なるべく急いで、マナカノの町まで、お願いします」
時成さんが消滅する。という怖すぎる想像に、半分泣きながらそう懇願する私に、シオ君は「かしこまりました」と頷くと馬のスピードをあげた
がたがたと揺れる馬車の中で、私は両手を握って必死に祈る
時成さん、消えちゃダメですからね!
絶対に、絶対に…許しませんからね…!
