あぁ、どうすればいいんだろう。
いま目の前の光景は…
自分があれだけ苦戦を強いられた犬神を、一瞬で消し炭にしたゲンナイさんの強さに、感激と尊敬を抱くと共に、何もできなかった自分の弱さとふがいなさに情けなくなる。
「げ、ゲンナイさん…。異形は、『時が来るまで“不殺”』だと、時成様が…」
「…あぁ。どんな処分も受け入れるよ。」
サラサラと塵に消えゆく犬神を見ながら、思い出したトキノワの規則。
それを忘れた訳でも、ただ感情に身を任せた訳でもない…。既に覚悟を決めたとでもいうような顔でゲンナイさんが俺の頭をポンっと撫でた
小さく笑うと、座り込んでいる由羅さんへと近付いていったゲンナイさんを見る
脅威が去った安堵と、規則を破った心配が…入り混じって、どうすればいいかわからなくなっていた俺の目の前にーー
さらにどうすればいいのかわからない光景が飛び込んできた…。
「由羅ちゃん、どうか受け入れてくれ。」
「え、えっと。はい…」
「ありがとう」
由羅さんの前に片膝をついたゲンナイさんが、見たことないほどの晴れやかな顔で、由羅さんに忠誠を誓うと、その頬にキスを落としたのである。
(え・・・!?)
驚きと、困惑と、ほんの少しモヤリとした自分の心に…
その場に石のように固まって、動くことができず。ただその光景を見ていた…
まるで何時間にも感じてしまうその口づけが離れ、真っ赤な顔になった由羅さんがその場にパタリと気絶した時、俺の体がやっと動き出す…
「わ、ゆ、由羅さん…!」
倒れた由羅さんを慌てて抱き起こせば、そばにいたゲンナイさんまでもがパタリと倒れた
え、嘘でしょう!?
「ごめんなイクマ。すこしだけ、休ませてくれ…」
…まぁでも、二人がこうなるのは無理もない。
正直、もう手遅れだと思うほどの瘴気をゲンナイさんは纏っていたし。由羅さんはそれを浄化したんだ。
双方の負担は、計り知れないものだっただろうから…
でも、待ってくださいよ
こんな場所で休むのはちょっと…
またいつ異形が出るかわからないのに…
「げ、ゲンナイさん、せめて町の宿に…」
つくまでは自力で頑張ってください。と言うよりも早く、ゲンナイさんは既に気絶してしまっていた
「・・・」
さて、気絶し、力の抜けた大人の人間二人。ましてや一人はムキムキのがたいのよさ。
たいしては、自他ともに認める、修行不足の手負の新人の腕力。
運ぶには、あまりにも無謀。
仕方がないと小さく息を吐いて、俺はその場で野営の準備を始めた。
朝になるまでこの場で二人を守るとしよう。
しばらくして、二人を守る体制をとりあえず整えた頃だった。
由羅さんがゆっくりと体を起こしたかと思えば、何も言わず俺の腕に触れてきた
「え?」
「ぅ、ぐ…」
ーシュゥウウ、と何かが消えていく音と、どこか軽くなった自分の体に、ようやく気付く。どうやら俺の体も、僅かながら犬神の瘴気を浴びていたらしい。
当たり前か…、戦闘中何度か、爪傷を受けてしまったし。それを由羅さんが今、浄化してくれているのか…
「由羅さん?」
呼びかけても返事はなく、ほとんど無意識のようだった。動かない体を、無理やり気力だけで動かしているような感じだ。それこそ浄化をするためだけに全てを注いでいるかのように
凄いな…この人は…。
どうしてこんなにも……人に尽くす事ができるのか……。
由羅さんは浄化を終えると、またパタリと気絶したようだった。
気力をふり絞り、浄化してくれた由羅さんに言葉にできない感情が湧き上がる。
ありがとうございます。必ず守りますからね!
そこから丸一日たった朝になっても、二人が起きることはなく…いよいよ焦りを感じ始める。
息はしてる。脈も落ち着いている。だけど起きる気配はまったくない…。
どうしよう。こういう時、どうすればいいんだっけ…
昨日町でも異形の発生があったから、トキノワにも通報はされてると思うけど…
そこから助けが来るとしたら…。えーっと、どのくらいでここにつくんだ…?
本部の町からここまで二日はかかるから、早くて今日の夜くらいだろうか…?
今のところ、異形の気配も獣の気配もないのが幸いだけど…
いつでるかわからない中、飲まず食わずの見張りはさすがにきつくなってきた…
ずっと神経を張り巡らしているから限界も近い
瞼がぐらつきそうになるのを耐え、武器を握り直した時だったーー。
「イクマ君。もう大丈夫。ありがとう」
「…え、由羅さん?いつ起きて…」
「気絶しちゃってごめんね。ずっと守ってくれてありがとう。イクマ君がいてくれてよかった」
ふわりと笑顔を浮かべて言われたことに、カァァと自分の顔に熱が帯びたのが分かった。
「っ!いやそんな俺は…」
むしろ助けてもらったのは自分だ。
犬神を追い払うことすらできなかったし
瘴気を浄化することもできないし
貿易の仕事も自警団の仕事も全てにおいて修行不足の半人前でーー
「今回イクマ君は、馬鬼から町を守ってくれた。私とゲンナイさんのことも、たった一人でずっと守ってくれてた…。」
「ねぇ、どこが半人前?」と…どこかいたずらっ子のような笑い方で、首を傾げる由羅さんに、何も言うことができなくなる…
「少しは自信もってよ。頼りにしてるんだから」
「…はい。これからも、守ります」
「ふふ、うん。ありがとう」
「私も頑張るね」と握りこぶしを作る由羅さんに、密かに抱いたもうひとつの感情を、今だけは心にしまって、内緒にしとこう。
だって、さっきから。目を見開いてこちらを見る…
いつから起きていたのかわからないゲンナイさんの視線がいたい・・・
「おはようございます、ゲンナイさん・・・」
「おはようイクマ。俺の忠誠に勝てると思うなよ」
「な、なんのことかわかりません…」
いま目の前の光景は…
自分があれだけ苦戦を強いられた犬神を、一瞬で消し炭にしたゲンナイさんの強さに、感激と尊敬を抱くと共に、何もできなかった自分の弱さとふがいなさに情けなくなる。
「げ、ゲンナイさん…。異形は、『時が来るまで“不殺”』だと、時成様が…」
「…あぁ。どんな処分も受け入れるよ。」
サラサラと塵に消えゆく犬神を見ながら、思い出したトキノワの規則。
それを忘れた訳でも、ただ感情に身を任せた訳でもない…。既に覚悟を決めたとでもいうような顔でゲンナイさんが俺の頭をポンっと撫でた
小さく笑うと、座り込んでいる由羅さんへと近付いていったゲンナイさんを見る
脅威が去った安堵と、規則を破った心配が…入り混じって、どうすればいいかわからなくなっていた俺の目の前にーー
さらにどうすればいいのかわからない光景が飛び込んできた…。
「由羅ちゃん、どうか受け入れてくれ。」
「え、えっと。はい…」
「ありがとう」
由羅さんの前に片膝をついたゲンナイさんが、見たことないほどの晴れやかな顔で、由羅さんに忠誠を誓うと、その頬にキスを落としたのである。
(え・・・!?)
驚きと、困惑と、ほんの少しモヤリとした自分の心に…
その場に石のように固まって、動くことができず。ただその光景を見ていた…
まるで何時間にも感じてしまうその口づけが離れ、真っ赤な顔になった由羅さんがその場にパタリと気絶した時、俺の体がやっと動き出す…
「わ、ゆ、由羅さん…!」
倒れた由羅さんを慌てて抱き起こせば、そばにいたゲンナイさんまでもがパタリと倒れた
え、嘘でしょう!?
「ごめんなイクマ。すこしだけ、休ませてくれ…」
…まぁでも、二人がこうなるのは無理もない。
正直、もう手遅れだと思うほどの瘴気をゲンナイさんは纏っていたし。由羅さんはそれを浄化したんだ。
双方の負担は、計り知れないものだっただろうから…
でも、待ってくださいよ
こんな場所で休むのはちょっと…
またいつ異形が出るかわからないのに…
「げ、ゲンナイさん、せめて町の宿に…」
つくまでは自力で頑張ってください。と言うよりも早く、ゲンナイさんは既に気絶してしまっていた
「・・・」
さて、気絶し、力の抜けた大人の人間二人。ましてや一人はムキムキのがたいのよさ。
たいしては、自他ともに認める、修行不足の手負の新人の腕力。
運ぶには、あまりにも無謀。
仕方がないと小さく息を吐いて、俺はその場で野営の準備を始めた。
朝になるまでこの場で二人を守るとしよう。
しばらくして、二人を守る体制をとりあえず整えた頃だった。
由羅さんがゆっくりと体を起こしたかと思えば、何も言わず俺の腕に触れてきた
「え?」
「ぅ、ぐ…」
ーシュゥウウ、と何かが消えていく音と、どこか軽くなった自分の体に、ようやく気付く。どうやら俺の体も、僅かながら犬神の瘴気を浴びていたらしい。
当たり前か…、戦闘中何度か、爪傷を受けてしまったし。それを由羅さんが今、浄化してくれているのか…
「由羅さん?」
呼びかけても返事はなく、ほとんど無意識のようだった。動かない体を、無理やり気力だけで動かしているような感じだ。それこそ浄化をするためだけに全てを注いでいるかのように
凄いな…この人は…。
どうしてこんなにも……人に尽くす事ができるのか……。
由羅さんは浄化を終えると、またパタリと気絶したようだった。
気力をふり絞り、浄化してくれた由羅さんに言葉にできない感情が湧き上がる。
ありがとうございます。必ず守りますからね!
そこから丸一日たった朝になっても、二人が起きることはなく…いよいよ焦りを感じ始める。
息はしてる。脈も落ち着いている。だけど起きる気配はまったくない…。
どうしよう。こういう時、どうすればいいんだっけ…
昨日町でも異形の発生があったから、トキノワにも通報はされてると思うけど…
そこから助けが来るとしたら…。えーっと、どのくらいでここにつくんだ…?
本部の町からここまで二日はかかるから、早くて今日の夜くらいだろうか…?
今のところ、異形の気配も獣の気配もないのが幸いだけど…
いつでるかわからない中、飲まず食わずの見張りはさすがにきつくなってきた…
ずっと神経を張り巡らしているから限界も近い
瞼がぐらつきそうになるのを耐え、武器を握り直した時だったーー。
「イクマ君。もう大丈夫。ありがとう」
「…え、由羅さん?いつ起きて…」
「気絶しちゃってごめんね。ずっと守ってくれてありがとう。イクマ君がいてくれてよかった」
ふわりと笑顔を浮かべて言われたことに、カァァと自分の顔に熱が帯びたのが分かった。
「っ!いやそんな俺は…」
むしろ助けてもらったのは自分だ。
犬神を追い払うことすらできなかったし
瘴気を浄化することもできないし
貿易の仕事も自警団の仕事も全てにおいて修行不足の半人前でーー
「今回イクマ君は、馬鬼から町を守ってくれた。私とゲンナイさんのことも、たった一人でずっと守ってくれてた…。」
「ねぇ、どこが半人前?」と…どこかいたずらっ子のような笑い方で、首を傾げる由羅さんに、何も言うことができなくなる…
「少しは自信もってよ。頼りにしてるんだから」
「…はい。これからも、守ります」
「ふふ、うん。ありがとう」
「私も頑張るね」と握りこぶしを作る由羅さんに、密かに抱いたもうひとつの感情を、今だけは心にしまって、内緒にしとこう。
だって、さっきから。目を見開いてこちらを見る…
いつから起きていたのかわからないゲンナイさんの視線がいたい・・・
「おはようございます、ゲンナイさん・・・」
「おはようイクマ。俺の忠誠に勝てると思うなよ」
「な、なんのことかわかりません…」
