俺があまり睡眠をとらないのは、仕事が忙しいからでも。記憶をなくすこの病気のせいでもない…。
理由はただ、怖いからだ。
眠ると必ず、あの日の夢を、あの日の悪夢を
思い出してしまうからーー…。
(おかしいな、花火の音がしない…)
祠で一夜、精神統一するはずが、朝日が差し込み目が覚めた。寝てしまったのか…。と後悔した後、やたらと重く感じる自分の体に違和感を覚える。
それと同時に、村の方がやけに静かな事に気が付いた
まだ皆寝てるのだろうかと一瞬疑うけど、そうではない。
太陽はもう高い場所にいる。祭りの始まりを告げる花火がとっくに打ち上げられているはずだ
なにかがおかしいことはすぐに分かった…。
自然に早くなるその足が、村へとついた時。
俺の目にとびこんできたそれは、家屋も田畑も荒れ果て、そこかしこに無残に倒れる村人たちの姿だった
「ナラ…、みんな…嘘だろ…?なぁ…」
信じがたいその光景に、思わず「ハハっ…」と乾いた笑いが口からもれ、次いで残酷な現実を突きつけられる
「あ゛あ゛あぁぁっ…!」
あの日ほど、泣いた事はないだろう
あの日ほど、後悔した事も、自分を責めた事もないだろう
何故、自分だけ助かったのかと嘆いた
何故、自分は眠りこけ、皆を助ける事ができなかったのかわからなかった
ナラや道場の門下生や、村人のほとんどが、その手に剣や武器を持ったまま息絶えていた…
いたるところにある足跡や爪痕から、巨大なバケモノが襲ってきたのだとわかった…
俺が眠ってさえいなければ、異変に気付き駆けつけることができたはずなのに
自分さえいれば、皆を救うことがきっとできた…。
それだけの実力があると自負していたし、それだけの努力をしてきたのに…
どうして俺は肝心な時にそれを役立てることができないのか…
「ごめんな。全部、俺のせいだ…」
皆の埋葬をし、作った墓に手を添える
墓石のひやりと冷たい感触に、また溢れそうになった涙を必死に耐えた
その後すぐのことだった。
村に現れた時成様に話を聞き、この人の元で異形を倒すと心に誓った…。
でもその日から
眠ることが恐怖になった
眠れば最後、また何も守れなくなりそうで…
もう失うものなどないのに、と頭では理解しているのにどうしても眠ることができなかった
何日も眠れない日々を過ごし、心身共に限界がきたのだろう
気絶するように落ちた眠りで、あの日の悪夢を見た。
あまりにも長く、苦しく、痛みを伴うものだった…。
そして、そこから目覚めた時、自分の記憶がないことに気づく
「なぜ、俺はこんなところに…?今日は村でカムラ祭りのはずだ…」
「…どうやら記憶を失う病気のようだねゲンナイ。疑うなら、村に戻って確認しておいで。ここに戻ってきた時、その身に何があったかすべて話そう」
見知らぬ男に言われるままに、戻ってきた故郷の村で俺は再び絶望を味わった…。
確かに自分で作ったその墓石に、涙が止まらなかった…。
それからも、眠る恐怖は俺を捕らえて離さない
瞼を閉じれば、あの日の悪夢が迫ってくる
(ナラ…皆……親父…。)
あぁ、またこの夢か…
もう何度目かもわからない。あの日の悪夢をみた後のずっしりと重い体を起こした。
だけど、そこはいつもの本だらけの自分の部屋ではなく、朝日もない暗闇のまま…
どこだここは…。
…あぁ、そうか。メモを読まなければ…
自分への備忘録。それを残すのも、読み返すのも、この10年ですっかり慣れた
だがしかし、メモがどこにもない。おかしいな。そんなはずはないんだけど…
自分の事だ。メモを残し忘れるなんて、ありえない。
今までだって一度もない
では、どういうことだ。と眉間に皺をよせ、辺りを見張るもそこには暗闇しかない
だけど一点だけ、なにかある…
近づいてみればそれは紫色の光を放つ、いびつな形をした塊のようなものだった。
(なんだこれは…)
不思議と引き寄せられるそれを手にとれば、まるで吸い込まれるように自分の体がそれの中に入っていった
塊の中に閉じ込められるけど、不快感はない。
深い深い暗闇にゆっくり落ちていくような感覚に、どこか安らかささえ感じる
あぁもういいか。このままで。
眠る恐怖に、あの日の悪夢に、苛まれる日々にはもう疲れた…
いっそこのまま…。目覚めない眠りに、落ちてしまいたい
もう何も守れない自分はいやだ
自分のせいで何かを失うのはいやなんだ
そんな情けない事を思いながら、ゆっくりと落ちていく塊の中に
身を任せた時だったーー
『ゲンナイさん!』
突然聞こえてきたその声は、女のようだが、聞き覚えなどなかった…
どうして俺の名を呼ぶのだろう、村の誰かだろうか
『ゲンナイさん!私の声聞こえてますか!?』
誰だか知らないけど、今すごく安からな心地なんだ。
邪魔しないでくれ
『ゲンナイさんっ、そこに落ちたらダメです!!いいですか!よく聞いてください!あなたがいくら自分を責めようとして、どんな理由を並べようと、私は全力でそれを全部壊していってやりますからね。ゲンナイさんの屁理屈を、“そうじゃない”と、いくらでも論破してやりますから!」
なにを言ってんだこの子。訳がわからないな。なにをそんなに必死に…
『ゲンナイさん!断言しますからね!今まであなたの身に起こったこと、全部、“ゲンナイさんのせいじゃない”んです!』
でも。なんだろう、どこか懐かしいような…こんな事が前にもあったような気がする…
『ゲンナイさんがあの日、祠で眠ってしまったのも、村を異形が襲ったのも、貴方は何も悪くないんです!怠惰で眠ってしまったんじゃない!ゲンナイさんは犬神の瘴気に侵され、気絶していたんです!』
泣いているのか、嗚咽まじりにそう叫んだ彼女の言葉に、俺はやっと思い出した。
『確かに私には、ゲンナイさんの気持ちは分からない…っ!一夜にして家族を、村の皆を、大切な全てを、失ってしまった…ゲンナイさんの苦しみは、きっと。誰にも、計り知れるものではないでしょう…!ゲンナイさんにとって自分を責める事は、必要なことなのかもしれない…っだけど、私は!ゲンナイさんには、そんな気持ちでいてほしくないんです…!』
…分かってるよ。ちゃんと伝わった。
忘れててごめんな、由羅ちゃん
『ゲンナイさんっ!いい加減起きてください!早く起きて…っいつもみたいに、優しい笑顔を私に、見せてくださいよ!』
雫のような、キラキラとした何かが暗闇の中、塊を避けるように、俺の体に触れてくる。
温かくて、優しくて、愛しい…。その光が何故か由羅ちゃんだと確信した俺は、自然と笑みが溢れた。
まったく君は、こんなところまで来てしまったのか。
初めて出会った時から、普通ではなさそうだ。とは思っていたけど、よくもまぁ俺の中の、こんな奥深くまでこれたものだ…
いや少しちがうか。君がここに来ることを、俺が望んでいたのだろう…
きてほしかったんだ。触れてほしかったんだ…。
待っていたのは、俺自身だーー
『ゲンナイさん!!』
由羅ちゃんが俺の名を叫んだ時、俺の体を覆う紫色の塊に『パキッ』と亀裂の入った音がした
そしてそれを皮切りにパキパキと亀裂は広がり、ついに紫色の塊はパラパラと崩れ、
跡形もなく消えていったーー…。
塊の中に拘束されていた自分自身が解放されたような感覚と
自分の中にずっとあった何かが、消えてしまった喪失感とが同時に襲ってきて…
自分で制御できない、大量の涙が頬を伝っていく
『ありがとなゲンナイ!もういいから、俺たちの分までお前はしっかり生きやがれ!』
頭の中に、ナラの声が聞こえてきて小さく笑う
あぁ分かったよ。
もう後悔も懺悔もしない
闇と悪夢に囚われ怯えるのはもうやめだ。
目の前の光を、今度こそ守り通す事にしよう
理由はただ、怖いからだ。
眠ると必ず、あの日の夢を、あの日の悪夢を
思い出してしまうからーー…。
(おかしいな、花火の音がしない…)
祠で一夜、精神統一するはずが、朝日が差し込み目が覚めた。寝てしまったのか…。と後悔した後、やたらと重く感じる自分の体に違和感を覚える。
それと同時に、村の方がやけに静かな事に気が付いた
まだ皆寝てるのだろうかと一瞬疑うけど、そうではない。
太陽はもう高い場所にいる。祭りの始まりを告げる花火がとっくに打ち上げられているはずだ
なにかがおかしいことはすぐに分かった…。
自然に早くなるその足が、村へとついた時。
俺の目にとびこんできたそれは、家屋も田畑も荒れ果て、そこかしこに無残に倒れる村人たちの姿だった
「ナラ…、みんな…嘘だろ…?なぁ…」
信じがたいその光景に、思わず「ハハっ…」と乾いた笑いが口からもれ、次いで残酷な現実を突きつけられる
「あ゛あ゛あぁぁっ…!」
あの日ほど、泣いた事はないだろう
あの日ほど、後悔した事も、自分を責めた事もないだろう
何故、自分だけ助かったのかと嘆いた
何故、自分は眠りこけ、皆を助ける事ができなかったのかわからなかった
ナラや道場の門下生や、村人のほとんどが、その手に剣や武器を持ったまま息絶えていた…
いたるところにある足跡や爪痕から、巨大なバケモノが襲ってきたのだとわかった…
俺が眠ってさえいなければ、異変に気付き駆けつけることができたはずなのに
自分さえいれば、皆を救うことがきっとできた…。
それだけの実力があると自負していたし、それだけの努力をしてきたのに…
どうして俺は肝心な時にそれを役立てることができないのか…
「ごめんな。全部、俺のせいだ…」
皆の埋葬をし、作った墓に手を添える
墓石のひやりと冷たい感触に、また溢れそうになった涙を必死に耐えた
その後すぐのことだった。
村に現れた時成様に話を聞き、この人の元で異形を倒すと心に誓った…。
でもその日から
眠ることが恐怖になった
眠れば最後、また何も守れなくなりそうで…
もう失うものなどないのに、と頭では理解しているのにどうしても眠ることができなかった
何日も眠れない日々を過ごし、心身共に限界がきたのだろう
気絶するように落ちた眠りで、あの日の悪夢を見た。
あまりにも長く、苦しく、痛みを伴うものだった…。
そして、そこから目覚めた時、自分の記憶がないことに気づく
「なぜ、俺はこんなところに…?今日は村でカムラ祭りのはずだ…」
「…どうやら記憶を失う病気のようだねゲンナイ。疑うなら、村に戻って確認しておいで。ここに戻ってきた時、その身に何があったかすべて話そう」
見知らぬ男に言われるままに、戻ってきた故郷の村で俺は再び絶望を味わった…。
確かに自分で作ったその墓石に、涙が止まらなかった…。
それからも、眠る恐怖は俺を捕らえて離さない
瞼を閉じれば、あの日の悪夢が迫ってくる
(ナラ…皆……親父…。)
あぁ、またこの夢か…
もう何度目かもわからない。あの日の悪夢をみた後のずっしりと重い体を起こした。
だけど、そこはいつもの本だらけの自分の部屋ではなく、朝日もない暗闇のまま…
どこだここは…。
…あぁ、そうか。メモを読まなければ…
自分への備忘録。それを残すのも、読み返すのも、この10年ですっかり慣れた
だがしかし、メモがどこにもない。おかしいな。そんなはずはないんだけど…
自分の事だ。メモを残し忘れるなんて、ありえない。
今までだって一度もない
では、どういうことだ。と眉間に皺をよせ、辺りを見張るもそこには暗闇しかない
だけど一点だけ、なにかある…
近づいてみればそれは紫色の光を放つ、いびつな形をした塊のようなものだった。
(なんだこれは…)
不思議と引き寄せられるそれを手にとれば、まるで吸い込まれるように自分の体がそれの中に入っていった
塊の中に閉じ込められるけど、不快感はない。
深い深い暗闇にゆっくり落ちていくような感覚に、どこか安らかささえ感じる
あぁもういいか。このままで。
眠る恐怖に、あの日の悪夢に、苛まれる日々にはもう疲れた…
いっそこのまま…。目覚めない眠りに、落ちてしまいたい
もう何も守れない自分はいやだ
自分のせいで何かを失うのはいやなんだ
そんな情けない事を思いながら、ゆっくりと落ちていく塊の中に
身を任せた時だったーー
『ゲンナイさん!』
突然聞こえてきたその声は、女のようだが、聞き覚えなどなかった…
どうして俺の名を呼ぶのだろう、村の誰かだろうか
『ゲンナイさん!私の声聞こえてますか!?』
誰だか知らないけど、今すごく安からな心地なんだ。
邪魔しないでくれ
『ゲンナイさんっ、そこに落ちたらダメです!!いいですか!よく聞いてください!あなたがいくら自分を責めようとして、どんな理由を並べようと、私は全力でそれを全部壊していってやりますからね。ゲンナイさんの屁理屈を、“そうじゃない”と、いくらでも論破してやりますから!」
なにを言ってんだこの子。訳がわからないな。なにをそんなに必死に…
『ゲンナイさん!断言しますからね!今まであなたの身に起こったこと、全部、“ゲンナイさんのせいじゃない”んです!』
でも。なんだろう、どこか懐かしいような…こんな事が前にもあったような気がする…
『ゲンナイさんがあの日、祠で眠ってしまったのも、村を異形が襲ったのも、貴方は何も悪くないんです!怠惰で眠ってしまったんじゃない!ゲンナイさんは犬神の瘴気に侵され、気絶していたんです!』
泣いているのか、嗚咽まじりにそう叫んだ彼女の言葉に、俺はやっと思い出した。
『確かに私には、ゲンナイさんの気持ちは分からない…っ!一夜にして家族を、村の皆を、大切な全てを、失ってしまった…ゲンナイさんの苦しみは、きっと。誰にも、計り知れるものではないでしょう…!ゲンナイさんにとって自分を責める事は、必要なことなのかもしれない…っだけど、私は!ゲンナイさんには、そんな気持ちでいてほしくないんです…!』
…分かってるよ。ちゃんと伝わった。
忘れててごめんな、由羅ちゃん
『ゲンナイさんっ!いい加減起きてください!早く起きて…っいつもみたいに、優しい笑顔を私に、見せてくださいよ!』
雫のような、キラキラとした何かが暗闇の中、塊を避けるように、俺の体に触れてくる。
温かくて、優しくて、愛しい…。その光が何故か由羅ちゃんだと確信した俺は、自然と笑みが溢れた。
まったく君は、こんなところまで来てしまったのか。
初めて出会った時から、普通ではなさそうだ。とは思っていたけど、よくもまぁ俺の中の、こんな奥深くまでこれたものだ…
いや少しちがうか。君がここに来ることを、俺が望んでいたのだろう…
きてほしかったんだ。触れてほしかったんだ…。
待っていたのは、俺自身だーー
『ゲンナイさん!!』
由羅ちゃんが俺の名を叫んだ時、俺の体を覆う紫色の塊に『パキッ』と亀裂の入った音がした
そしてそれを皮切りにパキパキと亀裂は広がり、ついに紫色の塊はパラパラと崩れ、
跡形もなく消えていったーー…。
塊の中に拘束されていた自分自身が解放されたような感覚と
自分の中にずっとあった何かが、消えてしまった喪失感とが同時に襲ってきて…
自分で制御できない、大量の涙が頬を伝っていく
『ありがとなゲンナイ!もういいから、俺たちの分までお前はしっかり生きやがれ!』
頭の中に、ナラの声が聞こえてきて小さく笑う
あぁ分かったよ。
もう後悔も懺悔もしない
闇と悪夢に囚われ怯えるのはもうやめだ。
目の前の光を、今度こそ守り通す事にしよう
