乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます


 気が付いた時には、まったく知らない場所に立っていた

  
 大きな畑と、こじんまりとした民家がいくつかあるような、ごく平和な田舎にある村といった感じだろうか。

 そこには村人が何人もいて、大人も子供も皆、幸せそうに笑っている


 (ここが、ゲンナイさんの中…?)

 
 ふわりと風がふき、草と土の匂いと、なんだか美味しそうなご飯の匂いまでしてくる。
 とても優しいその空間に、自然と笑みが溢れた

 深層心理の中とでもいうのだろうか…なんだかとても、ゲンナイさんらしい場所だ…。


 すれ違う村人たちが私を気に留めないところを見ると、私の姿は誰にも見えていないようだけど…
 え、つまりここで私、何をすればいいのだろうか…
 軽くパニックになっていると「おい」と声をかけられ反射的に顔を向ける


「見ない顔だな?こんなへんぴなとこに観光?」


 私をじっと見つめるその人は、私の知る姿より少し若い姿のゲンナイさんだった。

 え…!?な、なんで若いの?もしかしてゲンナイさんの弟さん?いやそれともここはゲンナイさんの深層心理とかではなくて、ゲンナイさんの記憶にある、過去の映像の中だったりするのだろうか…?


「…ゲン、ナイさん‥?で合ってますか?」
「あぁ…。なんで俺の名を?祭りの参加者か?」
「ま、まつり?」
「なんだ違うの?ま、なんでもいいけどさ。あそこに村で一番でかい建物あるだろ?」


 説明してやろう。とゲンナイさんが指差した先に、どこか見覚えのある建物が見え、私はハッと気づく。
 そうだ…!ここは、この場所は…、さっきまで私が立っていた場所。
 滅びてない、ちゃんと村だった時の、ゲンナイさんの故郷だ。

 …やっぱりここは、ゲンナイさんの過去の記憶の中なのかもしれない…



「あそこは俺の親父がやってる剣道場なんだ。明日はそこで年に一度のカムラ祭りが行われる。村で一番強い剣士を決めるんだ。」


 どこか嬉しそうに説明する若いゲンナイさんが可愛らしい。というかゲンナイさんって道場の子供だったのか。だから武器が剣なのかな…。え、でも。『剣は家業じゃない』って言ってたような…いや、というかーー。


「それどころじゃないですよゲンナイさん!今ですね!ゲンナイさんの体が異形の瘴気にっーー」
「おいゲンナイ!」


 --慌てて説明する私の言葉を遮り、現れたのは知らない青年。


「おうナラ。どうだよ、今年は俺に勝てそうか?」


 ゲンナイさんにナラと呼ばれたその人は、少し不機嫌そうな顔になるとゲンナイさんに拳を向ける。


「今のうちに調子にのってろゲンナイ!お前のカムラ優勝三連覇に、このナラ様が終止符を打ってやるからな!さっさと祠行ってこい」
「今から行くんだよ。じゃあなナラ。また明日」


 ナラという青年と別れると、村を出て、山道を進むゲンナイさんのあとを私は追った。
 道中必死で現状を説明したものの、ゲンナイさんは信じがたいと首を捻る
 

「うーん。悪いけど、俺は異形というバケモノと会ったこともないし。そんな迷信を信じて喜ぶほど幼くもない。」
「迷信じゃありません!いまここは、この場所はっ、ゲンナイさんの中にある記憶で、本当のゲンナイさんは外で死にそうになってるんです!」
「ごめんなぁ、どこぞのお嬢さん。その話、さっき村にいたナラってやつなら喜んで聞くと思うよ。」
「っ~~!」
「俺いまからさ、この祠で朝まで過ごさなきゃなんだ。カムラ祭りの前優勝者は、ひとりで朝まで精神統一するのがしきたりだからさ」


 それじゃな。と小さな祠に入ってしまったゲンナイさんを追いかけようにもその扉にはしっかりと鍵が閉められていて、私は盛大に顔をしかめる。

 このゲンナイさんは本当に私の知るゲンナイさんなのだろうか
 私の知っているゲンナイさんなら、もうすこし耳を傾けてくれるのに。それとも過去の記憶の中だから?でも、じゃあ何故ゲンナイさんとだけは普通に会話ができるの?

 (…ここにいる私は、一体どういう存在なの?)

 祠の扉へ手を伸ばし、大きな音が出るように振りかぶって叩いてみる。扉に触れた感覚は確かにあるのに、私の行動からはなんの音も発せられはしなかった。
 
 そういえば、草の上に立っているのに草が手折れている様子もない。私はゲンナイさんとだけ意思疎通のできる、幽霊みたいなものなのだろうか…


 そこからも何度か、祠に向け声をかけてもゲンナイさんから反応が返ってくる様子はなく、ついにはゲンナイさんとまで話すことはできなくなってしまったのか、と現状の打開策が浮かばなくなってしまった…。


 どうしたものかとその場に座り込み、月あかりが濃くなって夜も更けてきたころーー

 ーーズシン。と聞き覚えのある大きな足音がして、慌てて立ち上がれば、祠の前に犬の異形が現れていた


「嘘…。げ、ゲンナイさん出てきてください!異形が!犬神が…!!」


 祠をガンガンと叩くのに音が出ない。声も届かない。
 犬神はそんな私の体を透き通り、祠の目の前までくると、その大きな牙を広げ、口から禍々しいほどの瘴気を放ちだした。

 シュウシュウと音をたて、それはゲンナイさんのいる祠を覆っていく。


(まずい…!)


 させるものか。と必死に手をのばし瘴気に向けると、私を境にほんのすこしだけ瘴気が祠をよけているように見える

 記憶の中のはずなのに、なぜ干渉できているのかが不思議だけど、そんなこと考えている余裕はない。
 犬神の瘴気が祠を覆わないよう集中していると、村の方からも異形の気配と悲鳴が聞こえてきた


「嘘でしょ、まさか他にも異形が…!?ゲンナイさん!出てきてくださいよ!村が…ぅ!」


 叫びながら、ようやく気が付いた。この犬神の瘴気には、睡眠を誘うような作用があることを…。幽霊のような、実体のないはずの私でさえ、意識がぐらつきだした。
 現実としてまともにこの瘴気を浴びている過去のゲンナイさんは、もうとっくに気絶してしまっていることだろう…。

 だからゲンナイさんはでてこれないんだ。
 この瘴気を、犬神をどうにかしないと、眠りから覚めることなんてできないから…!

 そもそも過去のゲンナイさんは祠の中にいるんだ。目の前に異形がいるなんてしらないし、眠ってしまっているなら村の異変にも気付けない。

 考えている間にも犬神からの瘴気は止まらないし、村からの悲鳴も破壊音も激しくなっていく…。まるで八方塞がりだ。
 
 どうしよう…どうすればいいの…!?

 ぐらぐらと不明瞭になっていく意識に歯ぎしりする

 
(時成さんの、嘘つき…!)


 『するべきことは私になら分かる』だなんてよく言えましたね…

 こんなの私にだって…どうすればいいのか、わかりませんよ…!!