乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 町の入り口までくると、ちょうどイクマ君が町に戻ってくる様子が見えた


「イクマ君!」
「あれ、由羅さん?来ちゃったんすか」
「うん!大丈夫?」
「大丈夫っすよ!馬鬼も無事遠くに追い払いました!今回は守れて良かった」


 ほっとしたようにふにゃりと笑ったイクマ君に私も小さく微笑む。イクマ君の言葉に少しだけときめいたのは内緒にしておこう


「うん。ありがとうイクマ君。とってもかっこ良かったよ」
「…あー、はは。なんか照れるっすね」
「ふふ」


『由羅』


「ぎゃっ!」
「由羅さん?」
「あ、な、なんでもない!」


 怪訝な顔をするイクマ君に誤魔化すような笑顔を返して、あまりにも突然に交信してきた時成さんに、私は(なんですか!?)と不機嫌ぎみに返事をした

 すると、いつもの淡々とした話し方で、時成さんが絶望的なことを告げる


『ゲンナイが今、異形の瘴気に侵されて気を失っているよ。早くなんとかしなければ手遅れになる』
「…え!?」
『場所は伝えるから、イクマと共に助けに行ってみて』


「由羅さん?どしたんっすか?顔色が…」
「イクマ君!ゲンナイさんが危ない!ついて来て!」
「え!?な、なんかわかんないっすけど、了解っす!じゃあ由羅さん、失礼します!」
「へ?」


 グルン、と私の体が浮いたかと思うと、目の前にイクマ君の後頭部があり、おんぶされたのだと理解した
 それと同時に、信じられないほどのスピードで駆け出したイクマ君の足の速さが、さきほどの比ではなくーー

 え、ちょっと…普通に、馬より速いような…
 え?なんか車と同じようなスピードだけど。人一人背負いながらこのスピードって。これ、え?嘘…


「い、イクマ君って本当に、人間?」
「自分もいつもは、こんなスピードでません!」


 イクマ君自身も驚いているのが分かったけど、
 もしかしたら、時成さんが何か手助けしてくれているのか。とふと思う
 時成さんにそんなことができるのかは不明だけど、そう思わなければこの速さは納得できない
 


 その脚力で瞬く間にたどり着いた
 時成さんに教えられたその場所で、私はイクマ君の背からおりる

 草は生い茂り、瓦礫が転がっている・・・。
 そこは、みるからに廃村だった…。
 
 わずかに残る生活用具が、確かにここが村だったと語っていて私は眉を下げる。
 
 異形の気配はいまのところ感じない、とイクマ君と二人ゲンナイさんの姿を探し始めた

 その村の一番大きな家だったのだろう痕跡が残る場所に、木片と瓦礫が綺麗に避けられ整えられた、大きな墓石があった。
 慰霊碑だろうか、と近付いてみれば、その墓石の前に倒れているゲンナイさんを見つけ、私は慌てて駆け寄る


「ゲンナイさん!」


 その体は禍々しい瘴気に侵されていた…。
 ピクリとも動かないゲンナイさんに、私はどうすればいいか分からなくなる


『由羅。ゲンナイに触れないよう気を付けて。もう手遅れのようだからね。』
「そんな!?なんとかならないんですか!?」
『私には無理だね』


 体全体を覆うような瘴気に塗れ、顔色が目に見えて白くなっていくゲンナイさんを前に、なにもできないのか…と絶望した時ーー

 --ズシン。と大きな足音と地面が揺れる感覚がして、振り向けば「由羅さん!犬神です!」と叫ぶイクマ君の前に、何か巨大な生き物が立っていた


「い、犬神?犬の異形?」


 本にも確か載っていたけど、いやでもこれ、どうみても犬ではない…!!
 体も熊なみに大きいし、長いしっぽは3つもある。
 鋭い牙と爪は少しでも触れれば、体が木っ端みじんにはじけ飛ぶ錯覚を覚えるほど、大きく、鋭い。


(・・・無理!)


 無理だ無理。私の人生ここで終わった…


「由羅さん!ちょっと俺には手ごわい相手っすけど、やるだけやってみます!その間にゲンナイさんをなんとか起こしてくださいっす!」


 武器を構え叫んだイクマ君に、(どうやって!?)と心の中で叫ぶ

 今のゲンナイさんの体に纏いつく禍々しい瘴気は、以前のナズナさんの時の比ではないほど大きく濃い…。
 きっと今、私が浄化をしたとしても、瘴気に負けてしまうことが時成さんに言われるまでもなくわかる。

 でも。呼吸すら、できているのかもう定かじゃないゲンナイさんを目の前にして『なにもしない』なんて、私にはできない。

 脳裏に浮かんだゲンナイさんの優しい笑顔を思い出し、私はグッと握った拳に力をこめる


 私の背中に、イクマ君と犬神が戦っているであろう音も聞こえてきた。
 イクマ君も必死に戦っているんだ、年上の私が頑張らなくてどうする…!


「時成さん、聞こえてますか?私がなんとかゲンナイさんの瘴気を浄化します!だから時成さんはゲンナイさんの意識を掬ってください!!」

『…今の由羅では、この瘴気はとても無理だよ。』

「わかってますよ!でも私はやるし、時成さんもやってください!」

『無理だね。ここまで瘴気に侵されていては私に掬うことはできない』

「無理無理言わないで、なんとかしてくださいよ!」

『………。』

「時成さん!?」

『……私には無理だけど、由羅ならできるかもしれないから、由羅の中にある光を通して、私の力を貸してみようか。』

「え、そんなことできるんですか?」


 『わからないけどね』といつものように返す時成さんが、実験じみた事をしようとしているのがわかるけど、気にしている場合ではない。と私は時成さんの指示に従う


『由羅、ゲンナイの額に指をあてなさい』
「っはい!」


 言われた通りにゲンナイさんの額に指をあてたその瞬間ー

 --ブワリ。と前に感じたものと同じ熱気と息苦しさが、前から衝突してくるように私の体に襲い掛かってきた
 だけどそれと同時に、以前時成さんにされた、私の中を徘徊されていた時のような気持ち悪さも感じる

 きっと時成さんが私がゲンナイさんの意識を掬えるように道しるべを作ってくれているのだと、なんとなくわかるのだけど…

 その前提として、私がこの燃えるような瘴気を浄化できないと始まらない

 なのにうまくいかない…!!熱気のような風と痛みの瘴気に押されているのに
 ゲンナイさんの近くへと引き寄せられるから、まるで前後から引っ張られているような感覚に全然集中できない…!苦しさと痛みで、体が今にも裂けてしまいそうだ…!


『由羅、気持ちを強く持たないと、ゲンナイの前に由羅が普通に死ぬよ』
「っわか、てま…す」


 普通に死ぬって…!もうちょっと言い回しに気をつかってくださいよ!
 (あぁもう!)と時成さんへの苛立ちを起爆剤に力を込めれば、少しだけ瘴気が弱まったような気がして息がしやすくなった


『今だね。由羅、今からゲンナイの中へと由羅の意識を落とすからね。そこでするべきことは、私には分からない…。でも多分、由羅なら分かるだろう…』


 頑張りなさい。と聞こえた時成さんの言葉を最後に、私の意識はプツリと途絶えた。


 幾年と生きる時成さんにわからなくて、私にわかることなんて、あるのだろうかーー……