乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 大量にあった景品の片づけや整理も終えた頃。私は椅子に座り、キトワさんが矢場で獲ってくれたあの本を手にとった。
 金色と黒の塗装がされたその本を改めて見てみると、やっぱりどこか惹きつけられる不思議な感覚がする… 。
 気になる。どこがどう気になるのかは説明できないけれど、何故だか無償に気になって仕方がない…。


「文字が読めたらなぁ~…」


 トキノワに帰ってくる道中、トビさん達にも聞いては見たけど随分昔の文字らしく三人とも読めないとのことだった…。昔ってどのくらい昔なのかなぁ、とぼんやり考えながら本をパラパラと捲った時「あ。」と私はひらめき立ち上がった。
 本を手に廊下を走り、目当ての部屋の前につくと、ノックすることも忘れて勢いよくスパン!と戸を開け放つ


「ゲンナイさん!」

「うぉ!びっくりした!どうした由羅ちゃん」

「この本の文字!読めますか!?」


 本だらけの部屋で過ごすほど本の虫で博識なゲンナイさんなら読めるはず。と思ったことをそのまま聞いてみると、ゲンナイさんは興味深そうに本を調べ始めた。
 塗装から本の紙質まで事細かに見ていくゲンナイさんの顔つきはもはや研究者のそれだ


「この本が矢場の景品として並んでたのか?店主はこれの価値が分かってなかったんだな…」
「え、もしかして高価なものとかなんですか?」
「…そうだな。この本を価値にすると、ざっと家が3.4件は建つ」
「ひぇっ…そ、そんなに…!?」
「この本に使われている文字は、この国の歴史よりもさらに昔… 300年以上前に使われていたものだ。おそらくこの本が書かれたのもそのくらいだけど、それにしては本自体に傷みも特になく、奇跡的なほどきれいな状態で保たれている…」
「へー!」
「歴史的価値もさることながら、装飾に使われている金も本物だろうから。もっと価値は上がるかもな」


 よく見つけたな。と感心するゲンナイさんが告げたこの本の価値に、恐れ多くなりながらも私は一番気になることを尋ねた


「どんな内容か分かりますか?」

「うーん、そうだな………」


 しん、となった部屋の中、ゲンナイさんの本を捲る音だけが聞こえてきて、その瞳は本の文字を追うように上下していく。あまりにもすらすらと読み進めていくゲンナイさんに感服する。
 すごいな…。ゲンナイさんは300年前の文字を何も使わず読めるのか…。頭の良い人って脳の構造どうなっているのだろう…
 そんなことを考えながら部屋の本を眺め、待つこと数十分後ーー


「よし、読んだ!」


 ーーパタン。と本を閉じ、顔をあげたゲンナイさんに私は目を丸くした。
 そ、速読がすぎる…!結構分厚い本だった気がするのに…!!


「本の内容的には『名もなき男と自称するひとりの人間の日記』…というか、『謝罪文』というか…まぁそんな感じだったな。」
「謝罪文…?」
「中盤まではなんてことのない日々を綴ったよくある日記だったんだが、後半なにがあったのかひたすら謝罪が綴られていた」
「どうして謝罪なんて…」
「さぁ?何に対してかも、どうして謝っているのかも書かれてはなかったな…。まぁ、この手の本は読む人間によって捉え方も感じ方も違うからな。この文字の解読方法教えるから由羅ちゃんも読んでみるといい」
「はい。ありがとうございます」


 文字盤と説明を受け、私はもう一度ゲンナイさんに御礼を言うと部屋をあとにする。
 胸に抱く300年前に書かれたこの本になぜだかものすごく胸がドキドキと高鳴っていた
 早く自分の力で読めるようになろう。と私はさっそく読み進めるため自室へと急ぐ





ーーー





 自室で文字盤と本を見比べ、うんうんと唸りながらも少しだけ読み進めていた時だったーー

 ーー突然部屋の戸がスパン!と開き、不機嫌な様子のナズナさんがズカズカと入ってきた


「なんですか?」


 夕ご飯ならまだですよ。と付け足せば大きな舌打ちをされ、ギロリと睨まれた。え、怖


「よくも俺に黙ってここを出やがったな…」
「…はい?」
「俺様がいない隙に勝手に調査に行きやがって…しかもトビとキトワとイクマだぁ?全然調査向きじゃねぇじゃねーか!ポンコツ×3じゃねぇか!」


 いきなりの怒号に、一体なんのことか。と私が目をパチパチと瞬いていれば…

 ナズナさんの両側にスッと人影が現れたーー


「おいナズナぁ。おめぇはいつからそんな口聞くほど偉くなったんだあ?」
「聞き捨てならないね!天に愛された奇跡の人であるこの僕のどこがポンコツだって?」

 額に青筋を浮かべ口元をひくつかせるトビさんと、心外だ!と叫ぶキトワさんに挟まれたナズナさんは「なんでテメェらがいやがる!」とまた怒鳴っている


「時成様への報告帰りだぜぃ。」
「言っておくがナズナ。今回の采配、全て時成様が決めた事だ。不服を言うは時成様を否定するも同じことだよ」
「う…ぐっ……!!」


 どうやらそれ以上何も言えなくなったらしいナズナさんは、苦々しい顔でどさりとその場に胡座をかいて、再び私をジロリと睨みつけた。


「怪我とかは…なかったのかよ…」


 絞り出すような小さな声でそう聞いてきたナズナさんに(あぁ、なるほど。)と私は理解した。
 仲間はずれに怒ってたわけではなくて単純に、心配したと伝えたかったのかな?
 相変わらずガキくさいし遠回しすぎだけど…なんとなくナズナさんの行動パターンが分かってきたな。


「心配してくれてたんですね。ありがとうございますナズナさん。皆が守ってくれたので怪我のひとつもしてないですよ」


 安心させるように笑顔で言えば満足するかと思ったのに、見えたのは不満そうに眉を顰めるナズナさんの顔で、私は疑問符を頭の上に乱舞させた。なにが不満なんですか


「おや?どうやらナズナはヤキモチを妬いてるようだね?そんなにプリンセス由羅を攫っていったことが気に食わないのかい?安心したまえ由羅嬢の貞操には手を出していないさ!しいていうならばその手にキスはしたけどね!」

「俺は由羅のでこチューをいただいたぜぃ!」


 そう言ってグッと親指を立てウインクを飛ばす二人にナズナさんはわなわなと震えだすと「表にでやがれ成敗してやる!」と怒鳴りちらしていた


 何をそんなに怒ってるんだろうかこの人は…。
 
 ぎゃーぎゃーと騒ぎながら部屋を出て行った三人を見送り、私は部屋の戸をパタンと閉めた。

 続きを読もうと本を開けば、外から爆音と戦闘でもしているかのような金属音が聞こえてきて、私はため息をはくと開いたばかりの本を閉じる。

 もう本を読むのは無理そうだ