乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 映画や漫画でしか見たことないような広いお風呂や、豪華な装飾が施された長テーブルでの食事に驚いていれば、あっという間に夜になっていたようでーー
 本題だった仕事の用事もトビさん達がいつの間にやら終えていたらしい。

 今回の遠征で異形と面と向かって戦うことはできなかったけど、雰囲気なら感じる事ができたし、出会っていなかった対象人物たちの接触も果たせたし、私としては及第点なのではないだろうか。これで時成さんに何か言われることはさすがにないだろう

 今日寝て明日になったらまた馬での帰路になるからしっかり寝ておこう。と私は前の世界以来のマットレスというふわふわのベッドの感触に酔いしれながら目を瞑ったーー
 


 ーーそして、目覚めたら、いつものように朝日に目を細める。なんて事はなく・・・。

 気が付けば私は真っ白の空間に立っていた・・・


 え、なに。ここどこ…

 
『休息中すまない。少しばかり話をさせていただきたい』


 だれ?と振り向けば、真っ白の空間の中、白いもこもことした何かの後ろに誰かいることが分かる…目を凝らしてじっと見つめれば、そのもこもことした何かがだんだんと広がり、空間のあらゆるところにふわふわと浮かびあがった…
 まるで雲の中にでもいるような感覚だけど、これは一体なんなのか・・・
 
 不思議に思いながらも露わになったその誰かに視線を向け、漆黒の髪の毛に見覚えがあると分かった瞬間、無意識に私の背筋がのびた


『起きている間はまともに話ができないので夢の中にて失礼する』

『お、王様…!?』


 昼間とは違う装いで、寝間着だろうか、シルクのようなガウンに身を包んでいるツジノカさんに私は慌てて膝をつく
 な、なんでここに?え、というかここはどこ?


『そうかしこまるな。気軽にツジノカと呼んでくれていい。』


 膝をつく私を制したツジノカさんは、私の前に胡坐をかいて座ってみせた
 恐れながらも私もその前に正座すれば、その端正な顔立ちにじっと見つめられ、私の体の穴という穴から冷や汗がだらだらと溢れてくる。いやなんなんだこの状況・・・


『あの、…え、というか今。私達どこにいるんですか?』
『ん?言っただろう?君の夢の中だ。現実の君も俺も、ちゃんと自室で寝ているので案ずるな』
『いや…それどういうことですか?魔法かなにかですか…?』
『キトワの感知能力やイクマの脚力と似たようなものだ。俺は他人の夢に入ることができる』


 いやだからそれもはや魔法…。
 さすが王様というかなんというか…他の皆とはベクトルが違う気がする…


『謁見の間でも先の会食でも、会話らしい会話ができなかったからな。この場所だとどうしても王という身分が邪魔をする。気負うことなく同じトキノワの仲間として接してくれると嬉しい。』
『が、頑張ります』
『君が仲間になったこと心よりうれしく思う。歓迎の意を伝えたかった』
『こちらこそ。まだ全然役に立ててはないですが…』
『そんなことはない。浄化の力は宝も同然だ』


 どうやら今までの事も全て把握しているようだ…。
 ツジノカさんは、話してみれば意外と親しみやすい人だった。庶民としての暮らしが長いからだろうか…。
 しばらく話をすれば、ふと昼間のシオ君の悲しげな顔を思い出し、私は控え目に聞いてみる


『ツジノカさんは、シオ君の事どう思われてるんですか?』
『シオとは、何か話をしたか?』
『あ、はい少しだけですけど。ツジノカさんととてもよく似てて驚きました』


 私の言葉にフッと笑みをこぼしどこか嬉しそうに目を細めたツジノカさんは『どう思う、か…』と視線を上に向けていた。その優しい表情に私は確信する。


『王様という職務を引き受けたのはシオ君を信頼してなかったからではないんですね』
『ん?なんだそれは誰がそんなことを?』
『シオ君です』
『・・・随分と誤解させてしまっているな。シオは私の自慢の弟だ。信頼しないわけがない』


 だろうなぁ。だって『似ている』といった私の言葉に嬉しそうに笑うさっきの顔は完全に兄の顔だったもの。


『先王…シオの父と母が亡くなった時、シオはまだ子供でな。見るに堪えんほどとても意気消沈していた。そんなシオに王という重荷と負担はまだ早い気がして、名乗りでたんだ。』
『そうだったんですか』
『だがあいつももうすぐ成人だしな。そろそろ任せてもいいだろう。能力的にも全く問題ない。なにせこの俺の自慢の弟だ』
『ふふ、わかりましたよ。自慢なんですね』


 何度も言わなくても、と笑えばツジノカさんも優しい笑みを浮かべる


『貴重な話をきけた。今度シオとも話をしよう。ありがとう由羅君』
『いえそんな』


 ツジノカさんが立ちあがると空間に漂っていた白いもこもこが動きだした
 この空間がなくなる気配を感じた時『あぁ、それと』とツジノカさんが私を見る


『トビには気をつけろ』
『え?トビさんですか?』
『一度気に入ると、とことんマーキングするのがアイツの習性だ』
『マーキング…?』


 疑問符を浮かべると、ツジノカさんは指でトンっと自身のオデコを指差した。
 あ。とトビさんからキスされたことを思い出し、少し頬が赤くなる…。一体誰から聞いたのかと思ったけど、十中八九キトワさんだな。と恨めしくその顔を思い浮かべる


『さて、あまり君の夢を邪魔してもいけないからな。お暇するとしよう』


 では、おやすみ。とツジノカさんの声のあと、もこもことした空間がさぁーと消えていくと同時に私の意識はゆっくりと沈んでいったーー




 翌朝目覚めた私の部屋の戸の前に、ひとつの包みが置いてあった。
 開けてみれば羊毛でできているのか、ふわふわで暖かそうな羽織りと、小さな紙に『夢の中から失礼しました』と手書きの文字があって思わず笑みが溢れる。
 
 公務で忙しいらしく、残念ながら直接お礼を伝えることは叶わなかったので手紙にしたため、見送りにきてくれたシオ君にそれを預けた


「これを兄上様に?」
「お願いできる?」
「構いませんが…」
「それとねシオ君。ツジノカさんが言ってたよ。シオ君はツジノカさんにとって『自慢の弟』なんだって」


 優しそうな兄の顔でね。と笑うとシオ君は驚いたように目を丸くしていた。あと若干ブラコンみも感じたよ。


「あ、兄上様がですか?私を自慢と?」
「うん。まだ年齢的に心配だから自分が王になったけど、今はもう早く王を任せたいって」
「そうですか。兄上様は、私の事を信頼してくれているんですね…。・・・由羅様ありがとうございます。自信が持てるような気がしてきました」


 そう言ったシオ君に私は一歩下がると着物の両端をつまみ膝を曲げる


「がんばってください次期国王陛下」


 お辞儀をしてほほ笑めばシオ君は頷き、照れくさそうにはみかんだ笑顔を見せた。
 
 そのあまりの可愛さに胸打たれた私は、ぎゅっと自分の頬の内側を噛む

 なにこれ、目の前に天使がいる・・・