乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

「時成様はどこだサダネ!ナズナとゲンナイが行方不明になってんだ!」


 焦ったように叫ぶトビさんに「行方不明?」とサダネさんが眉を顰める


「…確か今朝方に、トビさんと三人で猫魔を追いかけて行ったんじゃなかったんですか?」
「その先で行方不明なんだよ!おそらくありゃ猫魔の罠だぜぃ!霧と幻覚で三人バラバラに逸れちまって、探せどちっとも二人が見つからねぇから時成様に助けをと…」
「わ、罠の中ではぐれたちゃったんですか…!」


 それってまさに術中にはまるってやつでは…
 トビさんが戻ってこられただけでも奇跡かもしれない。でも、そんなバケモノの近くで今頃、ゲンナイさんとナズナさんは襲われてたり怪我とかしてるんじゃ…
 もしや異形と殺し合いになって、しょ、消滅してしまってたり…とサァーと血の気が引いていく感覚がして私は叫ぶ。


「と、時成さんなら旅館にいます!」
「電話してきます!」


 私の言葉を聞いてすぐ電話をかけにサダネさんは事務室に駆けていって。私は恐怖に震え出した手を握った。


「心配しなさんな由羅さん。異形の気配は猫魔だけだったから、あの二人ならやられはしねぇだろぃ」


 や、やられるやられないの心配ではないんですよトビさん。どちらがやられても消滅してしまう可能性が…。と考えるも口に出す事はできないでいると
 トビさんは考え込むように腰に手をあてていた


「だけど気になるのが…ナズナもゲンナイもいつもなら逸れても簡単に合流する術を持ってんのに、今回はそれが出来なかったって事でねぃ。」


 罠のせいか?と疑問を抱くトビさんの横で私の頭に二人が異形のバケモノと共に消えゆく幻覚が浮かんでしまいブンブンと頭を振った

 ハラハラと落ち着かないでいると暫くしてサダネさんが戻ってきて、その手には地図のようなメモが握られている


「トビさん。やはり二人はまだ猫魔の罠の中にいて容易に動けないようです!すぐに行きましょう!」


 武器なのか、戸棚から鉄の棒らしきものを取り出しながら告げたサダネさんに、トビさんは頷くとそのまま飛び出して行ってしまった。
 サダネさんもトビさんの後に続いて飛び出そうとしたところで、思い出したかのように足でブレーキを踏むと私に振り返った


「由羅さんはここで待っていてください。もうすぐナス子さんとイクマさんが来ると思うので」


 説明も早々に走り去って行ったサダネさんを見送る。
 あっという間に見えなくなった二人の足の速さに少し驚きながらも、未だハラハラと落ち着かない心臓に手を当て、ひたすら頭に浮かぶ不吉な映像を振り払った

 そういえば…ナス子さんはともかくイクマさんって誰だろう、と浮かんだ疑問はすぐにまた不吉な映像が過ったことで打ち消される


 ドクドクと自分の心臓の音がうるさい…!
 こんなことが日常的にあったら不安と心配の心痛で、私死ぬ気がする。


 とにかく気を紛らわせよう、となにかないかと辺りを見渡す

 まだ仕事関係は指示がないと手がつけられないし、今の私にできることといえば誰もいなくなったトキノワのあらゆる部屋を掃除することくらいだ、と
 ひたすら無心を心がけて掃除し、暫く時間が過ぎて事務室の掃除が終わり次の部屋と移動していた時だった。


 玄関から「こんちゃっっす!」と元気な声が聞こえてきて返事をしながらそこに向かうと
 若そうな男の子がピンと背筋を伸ばして立っていた。


 その顔面偏差値の高さと、見覚えのある顔に私は瞬時に理解した。
 この子がイクマさんで攻略対象の一人なんだな。と

 クリクリとした目とニカっと大きな口で笑うその笑顔は、きっと何人もの年上マダム達を骨抜きにしているのだろうことが伺える。
 爽やかスポーツマン、ワンコイケメン。といった感じの年下男の子である。
 なるほど把握した。


「ナス子さんは後から来まっす!由羅さん、で良かったですか!?」
「はい。イクマさんですか?」
「はい!はじめまして由羅さん!自分も最近トキノワに入ったばかりの新人なので一緒に頑張っていきましょうね!よろしくお願いします!」


 わー元気いっぱいだぁ。笑顔まぶしい
 どうやらこの子がいれば一人自分の想像のせいで胃がキリキリ痛むこともなさそうだと私は少しホッとした

 掃除だけで気を紛らわせるのも限界になってたからありがたい。このイクマさんに協力してもらおう


「あの、何かやることありますか?」
「あ、じゃあナス子さんに頼まれた書類整理、一緒にやりましょう!」





ーーー





「由羅さんは貿易と自警団どっちに所属になるんすか?」
「えーっと…わかんないけど、今のところ貿易になるのかな多分…。よし、イクマ君!こっちは終わったよ!」
「え!すげー!由羅さん仕事早いっすね!」


 これでも少し前までバリバリの社畜だったからなぁ。ソレに比べればこんな作業は可愛いものだ
 「ナス子さんくる前に指示されてたこと終わりそうっすねぇ」と嬉しそうに笑うイクマ君に私は微笑む。

 イクマ君と二人、書類整理の仕事をして、すっかり打ち解けた頃には私の頭にあった嫌な想像はすっかり消えていた

 それも全てイクマ君がトキノワの自警団がどんなに凄いか説明してくれたおかげでもある。  

 中でも驚いたのは、異世界ならではというか、トキノワの人たちには皆、何かしら人並みはずれた特殊な力があるらしい事だった。


「特殊な力…?」

「はい!例えばナズナさんはめちゃくちゃ耳がいいんすよ。凄く距離が離れてたり何重に壁があっても聞こえるらしいっす!」

「なにそれ、もうほぼ魔法じゃない?」

「はは!そうっすね」


 イクマ君の説明に、なるほど。と合点がついた。
 トキノワの地下室で、“ナズナがきたから”と時成さんが不自然に会話を止めた時があったけど、そういうことか…
 ナズナさんがいたら地下室にいようと会話が筒抜けで密談ができないんだなぁ…


「あとサダネさんは視力がすげーっすね。視野も人より広いらしいし、ゲンナイさんは鼻が良いって聞いたことありますね!」
「へー!」
「まぁでも、一番すげーのはやっぱ時成様っすね!あの人には誰も勝てません!それこそ魔法みたいな不思議な力なんです!」
「そういえばさっき、ナズナさんとゲンナイさんの居場所を見えてるかのような指示があったみたいなんだけどそういうの?」
「はい!時成様には自分たちトキノワの皆がどこにいるかどういう状況かが分かるらしいっす!」


 え、なにそれ普通に凄い。普通に人間技じゃない。千里眼みたいな能力ってこと?
 というかそんな不思議な力があるってそういうのバレていいんだろうか。
 時成さんって一応普通の人間のふりしてるはずだよね?いいの?