「異形の塊はあの子達の心と密接に繋がってしまっているからね。共鳴するということは心を通わせるということと同意になる。つまり好感度だね。だから由羅が最優先すべきは対象人物達と接触して、それらに好かれる努力なんだけど。あの子達がはたしてこのアホそうな子の事を好んでくれるかは私のあずかり知るところではないからね。とにかく私は由羅の世界でいう恋愛ゲームの中のサポートキャラという位置で共鳴度の進捗をーー」


 なんだか長々と説明をしている時成さんの話を半分も頭に入れないまま、私はぼんやりとそういえばサダネさんの手伝いの途中だった事を思い出した。


「時成さん、私サダネさんの手伝いに戻らないと…」
「由羅、まだ私が説明してる途中なんだけどね」
「あ、もう大丈夫です」
「おや、目が死んでいるね」


 「興味深い顔だ」と胡散臭い笑みを浮かべる時成さんを見る

 …重すぎる責任を負わされたかと思えば、急に恋愛ゲームになったり…貴方のせいで感情が迷子なんですよ。と心の中で悪態をつきながらもそれを口にする気力はなく、私は立ち上がると出口へ向かう。

 だいぶ長居してしまった…
 サダネさんが心配しているかもしれないから謝らないと…。ただでさえ忙しいサダネさんに迷惑かけるわけにはいかない。
 とにかく急ごう。と屋根裏からの梯子を降りきったところで、ふと違和感に気づく


(あれ、まだ煙が立ってる…?)


 視界が捉えたそれは時成さんが屋根裏に上がる前、灰皿に落としたもので…とっくに煙なんて立たなくなるほどの時間、屋根裏にいたのに…。と私はそれを凝視した。


「時間の理が異なるんだよ。この屋根裏の部屋はね。先程あの部屋で過ごした時間はこの世界で5分にも満たないよ」
「…なるほど」


 どこぞの真っ白部屋と同じ仕様なんですね。と納得する。
 もはやどんなに不思議なことがあってもあまり驚かなくなってきた自分がいる。


 「戻りますね」と挨拶をして旅館を後にした。
 部屋を出る際「よろしくね」と頼まれたのは何の事を差していたのか、なんて私に時成さんの思考を読むなんて到底無理なので深く考えないことにした。


(さて急ごう!)


 大事なのは気持ちの切り替えだ。大丈夫、重責に押しつぶされそうになることなんて社蓄時代にもあったし、あの時もなんとかなったから。
 ポジティブに行こう私。
 全員と共鳴できれば、誰も消滅することなく、皆がハッピーエンドになれると分かっただけでも素直に喜ぼう!

 …そう必死に自分に暗示をかけながら歩いていたのがいけなかったのか、それとも慣れない着物で早足をしていたのがいけなかったのかーー

 ーー気づけば私の足はガクッともつれていた。


(え、嘘でしょ)


 だんだんと前のめりに倒れる体と迫ってくる地面になす術はなく、次にくる衝撃に対し私はぎゅっと固く目を瞑る。

 だげど、ドサリと私の体が衝突したのは地面ほどの硬さではなく、ついでに痛みもない。


「…あれ?」
「大丈夫かぃ?」


 頭上から聞こえた声に顔をあげれば、そこには一人の男の人がいて、たくましいその腕が私の肩を抱きしめている事に、自分が転ける寸前でこの人に受け止められたのだと理解した


「すみません大丈夫です!ありがとうございました!」


 慌てて体を離して頭を下げると、その人は「気にしなさんな!」と爽やかな笑顔と共に後ろ手に去って行った

 江戸っ子口調のその人の姿になんとなく見覚えがあり、思い出そうとするまでもなく「あ。」と私は気付く


(あの人さっき、モニターに映ってた人だ!)


 つまり共鳴すべき対象人物で、確か名前は…なんだったっけ…うーん忘れた。
 まぁでもトキノワにいればそのうち会えるだろう、と私は帰路を急いだ。

 今度は転ばないよう気をつけて





ーーー

 



 なんかこういう展開、少女漫画とかで見た事あるな。と、目の前の光景にボンヤリと思う…


 「ただいま戻りました」と帰ってきたトキノワで、「おかえりなさい」と返してくれたサダネさんの隣に、先程出会った男の人が立っていた。


「あ。お前さんさっきの子だねぃ」
「…さきほどはありがとございました」


 軽く頭を下げお礼を口にしながら、このベタベタで王道の展開は果たして時成さんの仕業なのかどうかと考える。
 あの人がどこまで干渉できるのかはわからないけど後で聞いておくべきだな


「由羅さん、トビさんと知り合いだったんですか?」
「いえさきほど転びそうだったところを助けて頂いただけで…」
「あぁなるほど、そうだったんですか」
「もしかしてお嬢さんがゲンナイ達の言ってた新しい社員かぃ?」
「はい。由羅と申します。えっと、トビさん…で良かったですか?」
「呼び捨てでいいぜぃ!よろしくな由羅さん」


 差し出された握手を交わしながら改めて顔を見る。
 たくましそうな口調とは裏腹になんとも清涼感溢れるさわやかイケメン…。赤みが入った黒髪の天然パーマのようなくるくるの髪が絶妙に似合ってる。
 ノースリーブ調の着物から覗く逞しい二の腕には虎のような刺青が入っていて、
 その背中にはオノのようなものが装備されていた


「…え、オノ?」


 銃刀法違反。と真っ先に頭に浮かんだけどそういえばここ異世界でした、と思考を振り払った。


「トビさんは自警団の一人で、このオノを武器としてるんです。接近戦だとほぼ負けません。」
「“ほぼ”かよ」


 サダネさんの説明にトビさんが少し不服そうに呟いていた。
 まぁでも確かにいつ異形が現れてもおかしくない世界なのだから自衛の為にも武器はいるよね。

 私も何かしら装備した方がいいのだろうか、なんて考えていれば…
 トビさんが慌てたように「それどころじゃねぇ」と叫んだ