乙女ゲームの世界でとある恋をしたのでイケメン全員落としてみせます

 



 結局と時成さんは、記憶を思い出しても尚、自らの消滅の道を選んだままだったな…。

 騒がしかった宴会から一夜明け、自室の窓から差し込む光を横目に、私の口からは深いため息がこぼれた…。

 落ち込む気持ちのままにこのまま布団に籠っていたい…。本当に時成さんって私の思う通りに動いてくれたことがないよね…。

 助けてほしいときには助けてくれず、今は何もするなというときにこそ余計なことをしてくる…。時成さんはそういう人なのだ。人の感情というものに疎く、鈍いくせに、頑固で……、懇願する私の願いすら聞き入れてくれない頑なさには、もはや嫌気がさしてくる…。

 ここまでくると相性が悪いのかと疑うけど、やつは意図的にそうしているような気がしてならない…。

 もしそうなのなら、逆にこちらも開き直ってしまおうとすら思うわけで…
 だってそっちが頑として折れないのなら、こちらもこちらで、頑として好きにしてもいいって事ですよね?

 そこまで思考が陥ると湧いてくるのは悲しみよりも苛立ちで…、
 私は頭まで被っていた布団をガバりと投げると、多少鼻息荒く朝の身支度を終えて、奴がいるであろう居間へと下りていく。

 おそらく奴はまだここにいるはずだ。と、昨夜の時成さんの様子を思い出す。
 珍しく…いや初めてだと言っていたっけ?
 皆の前で食事と酒を愉しんだ時成さんは、皆が酔い潰れその場に雑魚寝するのを眺めながらずっとお酒を傾けていた。

 残念ながらそこまでお酒に強くない私は早々にリタイアして自室に戻ったから、その後どんな様子だったのかわからないけど、あのペースで呑み続けたのなら、今頃居間で酔い潰れているはずだ。と予測するけれど、一階に下りた瞬間香ってきた濃い酒の匂いに、え?もしやまだ飲んでるのか?と少し心配になってきた…。

 だけど、それは杞憂に終わる。居間への戸を開けて見えた光景でその匂いの理由が判明したからだ。
 足の踏み場がないほどの床に転がる酒瓶の山を見て、私はそっと自分の鼻をつまむ。一体どれほど飲んだんだ……。

 宴会の残骸とでもいうのか、酒は溢れているし、そこらに寝転がって大きな寝息をこぼしているトビさんやナズナさんが酒臭いし、いびきがうるさい…。

 アネモネさんやナス子さんも潰れてる…。どうやら皆朝方近くまで呑んでいたようだ…。無理もないか時成さんと飲めることに皆喜んで大はしゃぎだったし…。

 それにしても酒臭い、少し片付けた方が良いか、と落ちている酒瓶を手にとった時だったーー…


 窓際に立ち、朝日に目を細めている時成さんが視界に入り、私の動きがピタリと止まる。

 時成さんは窓の外へと顔を向けたまま、視線だけで私を捉えると、その顔にいつものように胡散臭い笑みを浮かべた。


「おはよう由羅、猫魔の気配をとらえたよ。いつでも出発できるからね」


 早く準備しておいで。とにっこり笑う時成さんを見て私の手からするりと酒瓶が滑り落ち、カチャンと音をたてた。

 固まる私の横を時成さんが通り過ぎ、バッと慌てて振り返れば、懐からキセルを取り出しながら時成さんは玄関へと歩いて行く。


「誰を連れて行くかは由羅に任せる。私は外で待っているからね」


 カラカラと鳴った玄関戸がピシャリと閉まり、私は呆然とその場にしゃがみ込んだ。
 確かに今日、猫魔の元へ行くと、決まっていたけれど……。戦う覚悟はできていても、まだ…あなたを失う覚悟はできてないんですよ、時成さん……。


(どうすればいいのだろう…)



 どうすれば、時成さんを繋ぎ止めておけるのだろうか…

 ずしりと重い頭と体で視界に映ったのは、幸せそうに眠るトキノワの皆の寝顔。


 愛する人を失うかわりに世界の平和を手にするか。
 世界を犠牲にしてでも、僅かな時を愛する人と共に過ごすか。


 そんな選択肢を前にどちらにも手を伸ばせるわけもない。絶望感に襲われる私の耳に、優しく温かな声が聞こえてきた。


「自分の気持ちを優先してよいぞ、由羅。」


 背後から聞こえてきた声に振り向けば、いつから起きていたのか、リブロジさんが私を見ていた。


「リブロジさん?なんだか…目が据わってますけど…」
「…思えば、酒なんてものをうまれてはじめて呑んだからの。昨夜は即潰れてしもうた。」


 なるほど。リブロジさんはどうやら相当お酒に弱いようだ。呑んで一夜明けたにもかかわらず未だに顔が少し赤い…。


「…どうすればいいんですか?」
「おぬしが、どうしたいかじゃ。」
「…」

「先にも言うたとおり、わしはおぬしの選択を尊重する。なにがあろうとわしはおぬしの味方じゃ」
「…リブロジさん。」

「わしの最後の力を使うてやる。」
「さいご?」

「共鳴をしたことで、特異な力は消えつつあるからの。これがわしの最後の叫びとなろう。」

 
 リブロジさんはそう言って立ち上がると、大きく息を吸いこみ、ゴォォオ、と風の音のような叫び声がビリビリと響いた。


「あったまいたい。飲みすぎた…。」
「今何時だぁ?」
「う…。どうやら寝てしまったようですね」


 驚きに目を瞬く私の視界に、のそのそと起き上がっていく3人が見える。


「案ずるな、由羅。今度こそ。自分の気持ちを優先してよいからの?」


 いつか聞いた言葉を最後に、ゴンとリブロジさんは床に倒れると再び寝息をこぼしはじめていた。

 このメンバーを連れていけという事なのだろう…。

 リブロジさんが叫びで起こした人物達に私は顔を向け、立ち上がった。


「今から猫魔の元へ行きます。なので、着いてきてください。」