目が覚めれば由羅の匂いに包まれていた。
由羅の部屋で布団に横になり寝ている、この状況は何故なのか…。
寝起きで機能しない頭を数回振れば、本来の仕事を始めた脳が次第に理解していく。
私はどうやら、色々と思い出してしまったらしい。
自ら捨てたはずのものだけど…。思い出してしまったからには、責任は果たさないといけないかな…。
大きなため息を吐いてから由羅の部屋から出てみれば、一階の居間から随分と賑やかな声が聞こえてくる。
階段を下り、開け放たれている戸の奥に
賑やかに騒ぎ笑う、トキノワの子らと由羅が見えた。
その光景に、自分の魂に残る記憶が蘇る…。
『どうか、自分も仲間に入れてくれないだろうか。』
それはかつての己の魂が、かつての彼女らを見た時に心奥から願ったこと…。
幾年の年月を経ても、私が抱くものは変わらぬらしい。
いや…当たり前か。私は結局、どう転んでも渇望するのだから…
フッと、小さく笑みが溢れる。
ゆっくりと進んだ歩が由羅のそばへと赴き、その隣へと腰かけた
「…起きたんですね、時成さん」
「うん…。随分と、賑やかだね」
「…時成さん、私は明日…猫魔の元へ行こうと思ってます」
「………。」
「“忘れたもの”は見つかりましたか?」
「……見つけたよ。」
不思議なもので、今までと変わらないはずの由羅の声が、思い出した今の私には…鎖のようなものに変化していく…。
由羅が話すたび、それが私の体にまきつき、その視線が私を見れば、まるで金縛りにでもあったかのように体が痺れを感じだす…
この子がいかに、自分にとって重要な存在だ。と、心体共に訴えてくることに、無意識に眉間に皺が寄る…。
こんな想いにかられるなら、思い出したくなかったとさえ思う…。
見つけたくはなかったとさえ思う…。
…あぁ、なるほど。だから私は捨てたのだ。
記憶と想いを一緒にしたところで、由羅と私は相容れぬ…。
「今、何考えてますか?」
伏せていた目をあげれば、由羅がじっと私を見つめていた。
「そうだね…。何を考えていると思う?」
いつものような言い回しで返せば少しだけ由羅の顔がめんどくさいと歪む。
「…私に怒ってますか?」
「どうしてそう思うのかな?」
「無理矢理、記憶を思い出させたから…」
「たしかにそうだけど…怒ってはないよ」
私の様子の変化はきっと、
思い出した今…。これまで以上に由羅と離れがたくなってしまった自分自身の嫌悪と、明日自分が猫魔と共に消滅してしまうであろう事への畏れだろうからね
そう素直に告げれば
由羅の顔が赤くもなり青くもなり、最終的にはしかめ面になっていく。
コロコロ変わる表情に、愛しく思わず笑みが溢れたとき
「時成様、お酌致します」
サダネが私の手にお猪口を持たせ、自らの手には酒器を持ち、私に微笑みかけてきた
視線を変えれば
トキノワの子らが皆、じっと私を見つめてきている
「の、飲むのかな?」
「時成様がこういう場で飲んだことないけど…」
「確かに見たことねぇなぁ…」
期待の眼差しで、ゴクリと固唾を飲み見てくる子たちに少し肩の力が抜ける
きっといつもの私なら、問答無用で帰っていくだろう。本来人前で飲み食いは好まない。
だけど、いまは何故かそんな気分ではないね
「ありがとう、サダネ」
お猪口を前に出せば、サダネの顔がパッと明るくなった。
注がれた酒に口をつければ「おぉ〜!」と感激の声が聞こえてきて、目を細める。
私が皆と食事の時を共に過ごすことが、この子らには嬉しいことなのだと私を見るその表情が語っていて、私は今にしてようやっと、この子らが私を好いて必要としてくれているのだと気がついた。
すぐにわいわいとまた賑やかになった場に微笑みながらトキノワの子らと
由羅と出会えたことへの軌跡と感謝の想いにしみじみと浸る
そんな私をじっと見つめ、空になったそれにお酒を注ぎながら由羅がポツリと呟いた
「最後には、させませんからね」
小さく呟いたその言葉に私は笑みを零すと
由羅の頭にポンと手を置いた
私には、もったいない言葉だね
最後だから、私がいつもと違う行動をしたとでも思ったのか、由羅には随分と私のことを見透かされるようになってしまったね…。
そんな事に性懲りも無く喜ぶ自分の感情に、私はまた小さく笑った。
