久しぶりに幼い頃の夢を見た。
夢っていうか、記憶?
あの日の夕焼けも、ひんやりとした冬の風も、何もかもがリアルだった。
あれは現実にあったことだ。
あたしと悠里の思い出。
肩上で揃えた髪にヘアアイロンをかけて、セーラー服に着替えて家を出た。
高校生活も一ヶ月が過ぎて、新しい環境に馴染んできた。
教室に入ろうとすると、聞こえてきたのはこんな声。
「ふざけんなテメェ!」
「なんだとコラァ!」
――あ、またやってる。
ここ、龍王高校は地域でも悪い方で有名校。
ヤンキーたちの登竜門として、血の気の多い生徒たちが通う。
一人の男子生徒が、もう一人の男子生徒の胸倉を掴み、にらみ合い。
こんなのは日常茶飯事である。
「やっちまえー!」
「ぶっ潰せ!」
はやしたてるギャラリーをするりとすり抜けて、あたしは自分の机にリュックをかけた。
それから、もみ合う二人、盛り上がる教室。
――あーあ、やってらんない。
あたしはそっと教室を出て、屋上へ向かった。
「悠里!」
フェンスにもたれ、ヘッドホンで音楽を聞きながら、ロリポップを舐める金髪の男の子。
あたしの幼馴染、悠里だ。
悠里はあたしに気付くと、ヘッドホンを外した。
「……おはよう、芽依」
「おはよ。今朝もまた教室でケンカやっててさ。ありゃ一限目自習だね。あたしこのまま、ここでサボる!」
「ケンカがなくてもそのつもりだったでしょ?」
「まあね!」
あたしは悠里の隣に並んだ。
小学生になったばかりの頃は、あたしの方が背が高かったのに、もう十五センチは引き離されてしまっている。
悠里はとても律儀だ。
あたしが絶望的に勉強ができなくて、龍王高校にしか受からなくて。
「芽依は親分で僕は子分だから」
そんな理由で、悠里までこの高校に入学してくれたのだ。
「そうだ! 悠里、今日ね、保育園の時の夢見たよ!」
「……へぇ?」
「親分と子分の約束した日の夢!」
「あれって何年前だっけ……十年前かぁ」
その頃は、周りの子より運動ができなくて、竹馬に乗れなかった悠里。
悔しかったのか、恥ずかしかったのか、一人でぽつんと泣いていたから、あたしが声をかけたのだ。
それから、約束したのが「親分と子分」になるということ。
あたしが悠里を引っ張って行って、なんでもできるようにしてあげる。
たまには親分らしく、ジュース買ってきて、なんて命令してみたりなんかして。
そんな日々が、高校生になるまで続くだなんて、当時は思いもしなかった。
「これからもちゃんと言うことは聞きますよ、親分」
そう言って悠里は、ポケットから新しいロリポップを取り出した。
子分からの貢ぎ物は美味しく頂くに限る。
ロリポップを受け取って、ぺりっと包み紙を外し、口に放り込んだ。
「あたしさー、悠里とこうしてる時が一番気楽でいいな。入学したばっかりの時は大変だったよ。久しぶりの女子の入学者だ! とかなんとかさぁ」
「そうだったね。あのまま【トップ】の告白受けたら、芽依は【クイーン】になれたのに……」
「そういうのやだやだ。あたしは悠里とのんびりしてるのが性に合ってる!」
龍王高校にはなんだかややこしいヒエラルキーが存在するみたいで、【トップ】と呼ばれる先輩に声をかけられたんだけど、あたしは丁重にお断りした。
噂によると【裏番長】も存在するらしいけど、そういうのとは一切関わりたくない。
今いる屋上は、悠里と見つけたオアシスだ。
ここには不思議と誰も立ち入らない。
悠里と二人、ロリポップを舐めながら。
暇で、退屈で、何の刺激もない――。
そんな「しあわせ」な日常をあたしは崩したくなかった。
「芽依、いつまでサボる? 二限は美術じゃなかったっけ」
「あ、二限は出る! 勉強以外は楽しいもんね」
「はいよ。はぁ……今日も天気いいねぇ」
「そうだねぇ」
見上げると、ひつじのようにモコモコした雲が、遠い空に浮かんでいた。
夢っていうか、記憶?
あの日の夕焼けも、ひんやりとした冬の風も、何もかもがリアルだった。
あれは現実にあったことだ。
あたしと悠里の思い出。
肩上で揃えた髪にヘアアイロンをかけて、セーラー服に着替えて家を出た。
高校生活も一ヶ月が過ぎて、新しい環境に馴染んできた。
教室に入ろうとすると、聞こえてきたのはこんな声。
「ふざけんなテメェ!」
「なんだとコラァ!」
――あ、またやってる。
ここ、龍王高校は地域でも悪い方で有名校。
ヤンキーたちの登竜門として、血の気の多い生徒たちが通う。
一人の男子生徒が、もう一人の男子生徒の胸倉を掴み、にらみ合い。
こんなのは日常茶飯事である。
「やっちまえー!」
「ぶっ潰せ!」
はやしたてるギャラリーをするりとすり抜けて、あたしは自分の机にリュックをかけた。
それから、もみ合う二人、盛り上がる教室。
――あーあ、やってらんない。
あたしはそっと教室を出て、屋上へ向かった。
「悠里!」
フェンスにもたれ、ヘッドホンで音楽を聞きながら、ロリポップを舐める金髪の男の子。
あたしの幼馴染、悠里だ。
悠里はあたしに気付くと、ヘッドホンを外した。
「……おはよう、芽依」
「おはよ。今朝もまた教室でケンカやっててさ。ありゃ一限目自習だね。あたしこのまま、ここでサボる!」
「ケンカがなくてもそのつもりだったでしょ?」
「まあね!」
あたしは悠里の隣に並んだ。
小学生になったばかりの頃は、あたしの方が背が高かったのに、もう十五センチは引き離されてしまっている。
悠里はとても律儀だ。
あたしが絶望的に勉強ができなくて、龍王高校にしか受からなくて。
「芽依は親分で僕は子分だから」
そんな理由で、悠里までこの高校に入学してくれたのだ。
「そうだ! 悠里、今日ね、保育園の時の夢見たよ!」
「……へぇ?」
「親分と子分の約束した日の夢!」
「あれって何年前だっけ……十年前かぁ」
その頃は、周りの子より運動ができなくて、竹馬に乗れなかった悠里。
悔しかったのか、恥ずかしかったのか、一人でぽつんと泣いていたから、あたしが声をかけたのだ。
それから、約束したのが「親分と子分」になるということ。
あたしが悠里を引っ張って行って、なんでもできるようにしてあげる。
たまには親分らしく、ジュース買ってきて、なんて命令してみたりなんかして。
そんな日々が、高校生になるまで続くだなんて、当時は思いもしなかった。
「これからもちゃんと言うことは聞きますよ、親分」
そう言って悠里は、ポケットから新しいロリポップを取り出した。
子分からの貢ぎ物は美味しく頂くに限る。
ロリポップを受け取って、ぺりっと包み紙を外し、口に放り込んだ。
「あたしさー、悠里とこうしてる時が一番気楽でいいな。入学したばっかりの時は大変だったよ。久しぶりの女子の入学者だ! とかなんとかさぁ」
「そうだったね。あのまま【トップ】の告白受けたら、芽依は【クイーン】になれたのに……」
「そういうのやだやだ。あたしは悠里とのんびりしてるのが性に合ってる!」
龍王高校にはなんだかややこしいヒエラルキーが存在するみたいで、【トップ】と呼ばれる先輩に声をかけられたんだけど、あたしは丁重にお断りした。
噂によると【裏番長】も存在するらしいけど、そういうのとは一切関わりたくない。
今いる屋上は、悠里と見つけたオアシスだ。
ここには不思議と誰も立ち入らない。
悠里と二人、ロリポップを舐めながら。
暇で、退屈で、何の刺激もない――。
そんな「しあわせ」な日常をあたしは崩したくなかった。
「芽依、いつまでサボる? 二限は美術じゃなかったっけ」
「あ、二限は出る! 勉強以外は楽しいもんね」
「はいよ。はぁ……今日も天気いいねぇ」
「そうだねぇ」
見上げると、ひつじのようにモコモコした雲が、遠い空に浮かんでいた。



