ここでまさか雪野碧に遭遇するとは……。

 私は苺谷姫花に転生して以降、『俺バラ』に登場するキャラには関わらないようにしていた。同じクラスの原田陽太、春宮香恋、財前麗奈とはほとんど話したことがない。そして二年の雪野碧とは学年が違うからまず一切関わることはなさそうだと油断していた。

 いや、でも雪野碧と喧嘩したとかそういうのじゃないから、気まずくなったり避ける必要は……ないのかな? いや、でもそもそも『俺バラ』キャラに関わってうっかり原田陽太ハーレムのメンバーになったりなんてことは絶対に嫌だ! あんな奴に私の輝かしい青春を捧げたくない。というか、対して好きでもない漫画のキャラに私の貴重な時間を捧げる価値なんかない。

「あの、そのプリント、返してもらえる?」
 そう考えていたら、雪野碧が怪訝そうな表情になっていた。
「あ、すみません」
 私はプリントを雪野碧に返す。
 すると雪野碧はプリントを栞代わりなのか、本に挟んだ。
 私はその本を見て再び目を見開く。
「それ……! 生物学系の論文……! しかも英語……!」
「ああ、読めるんだ。大学レベルの論文なのに」
 雪野碧は私の反応に眼鏡の奥の紺色の目を丸々とさせる。

 私は前世大学院で生物学系の研究をしていた。英語の論文も読んだことがある。
 だから雪野碧が持っていた論文集に書かれている英単語もパッと頭の中に入って来た。

「同じ理系クラスの子でも読める子ほとんどいないのに。……あなたは一年生?」
「はい」
「私は二年の雪野碧。せっかくだし、名前教えてよ。同じ高校でこの論文読める子に会えて嬉しいからさ」
 雪野碧はクールそうだが嬉しそうにキラキラと目を輝かせている。
「……苺谷姫花です」
「姫花ちゃん……見た目も名前も可愛い。せっかくだし、私のことは碧って呼んで」
「碧……先輩……」
 私は雪野碧に押され気味でどうすることも出来ない。
 それにしても、やはりハーレム系ラブコメのメインヒロインなだけあって、雪野碧もかなりの美形だ。
 
 というか、雪野碧って理系だったんだ。『俺バラ』原作でそんな描写あったっけ? 駄目だ。目当ての漫画のついでに流し読みしていたから覚えてない。

「原田陽太の所に行かなくて良いんですか?」
 私は思わずそう聞いていた。
「原田陽太? 誰それ?」
 雪野碧は不思議そうにキョトンとしている。

 え……? 『俺バラ』のメインヒロインだから、てっきり原田陽太ハーレムの一員になっているはずでは?

 私は少し混乱していた。
「えっと、ほら、宿泊研修の時に一緒に遭難した」
「ああ、あの彼、原田くんっていうんだ。知り合いなの?」
 雪野碧は本気で知らない様子だ。
「……はい。同じクラスで」
「ああ、だから。でも、二年の私も遭難したことよく知ってるね。あ、その原田くんって子から聞いた感じ?」
「……まあ……そんなところです」
「そっか。それにしても、姫花ちゃんはこの論文が読めるだけじゃなくて、面白いことも聞くね」
 雪野碧は少しハスキーな声でクスクスと笑っている。

 雪野碧って……こんなキャラだっけ?

 私も『俺バラ』に詳しいわけではないけれど、予想外過ぎる。

 更に雪野碧と少し話してみると、思ったより話が合った。彼女との会話は楽しい。

「碧先輩は、どうして英語の論文を読んでるんですか?」
「興味のある分野の知識だけじゃなくて語学力も身に付くから。それに、大学によっては論文を英語で書かないといけない研究室もあるみたいだし」
「ああ、確かに」
 私は前世の大学、大学院時代を思い出した。
 教授によっては学生に論文を英語で書かせる研究室もあった。
「姫花ちゃんって高校生とは思えないくらいの専門知識あるよね」
「まあ……そうかもしれません」
 前世の記憶があることは誤魔化しておいた。
「姫花ちゃん、吹奏楽部だって聞いたけれど、時間大丈夫? 文化祭前だし、そろそろ部活に顔を出しておかないと危なくない?」
 雪野碧の言葉に私はハッとする。
 彼女との会話が楽しくて時間を忘れていた。
「そうでした。すみません、ありがとうございます」
「こちらこそ。楽しかったよ、姫花ちゃん。また話せる? せっかくだし、連絡先も交換したいな」
「はい、是非」
 私はスマートフォンを取り出し、雪野碧と連絡先を交換していた。
 まさか『俺バラ』のキャラと仲良くなれるとは思ってもいなかった。それに、雪野碧は原田陽太、春宮香恋、財前麗奈と違ってまともな性格をしていそう。
 漫画とは違うキャラ……性格なのかな。