部活を休み(サボりとも言う)カフェに向かおうとして私は教室を出た。その時、廊下にあるロッカーの所でガサゴソとする音が聞こえた。
 気になってふと見ると、同じクラスの男子生徒がお菓子を取り出していたところだった。
 男子生徒と私は目が合う。

 あ……。カッコいい。こんな子クラスにいたんだ。

 長身で爽やかイケメンだった。まだ春だけど少し日焼けしているから多分運動部だろう。確か名前は……。
「苺谷さん、今から帰り?」
 私が彼の名前を思い出そうとしていたら、彼から話しかけられた。
「あ、うん。えっと……」
 名前が出て来なくて口ごもってしまう。
「あ、俺、藤堂(とうどう)。藤堂俊介(しゅんすけ)
「ああ、藤堂くん。ごめんね、名前パッと出て来なくて」
「いや、気にしないで。俺もまだ名前分かんない奴いるから」
 藤堂くんは私が気に病むことがないよう爽やかに笑った。
 イケメンだし性格も良い。絶対モテると思った。
「そうだ苺谷さん、これいる?」
 藤堂くんは私にお菓子を差し出す。
 コンビニ限定のチョコレートだった。
「それ、私も気になってたやつだ。ありがとう」
 私は満面の笑みで藤堂くんからお菓子を受け取って食べる。
「美味しい」
「良かった。そういえば、苺谷さんは部活入ってるんだっけ?」
「あ、うん。吹奏楽部に。藤堂くんは?」
「俺はサッカー部。部活前はやっぱり腹減ってさ。こうしてお菓子で何とかしのいでる」
 藤堂くんはハハッと笑う。その笑みもやっぱり爽やかだ。
「そうなんだ。藤堂くん、部活頑張ってね」
「ありがとう、苺谷さん」
「じゃあまた明日ね」
 私は軽く手を振ってその場を後にした。
 藤堂くん、良いかも。



◇◇◇◇



 翌日。
 昨日部活をサボって気になっていたカフェに行ったことは内緒にしたままいつも通り私は詩穂と過ごす。
「四限目、昼休み前の体育はキツいね。めちゃくちゃお腹空いた」
 着替えながら詩穂はお腹をさする。
「そうだよね。詩穂は今日お弁当ないんだっけ?」
「うん。だから食堂。姫花はお弁当だよね?」
「うん。でも私、食堂な雰囲気興味あるから食堂にしよう。隣の購買でデザートのパンも買いたいし。ほら、薔薇咲(ばらさき)高校名物のカスタードブリュレパン」
 カスタードブリュレパンは校内で一番人気のパン。早めに購買に行かないと売り切れてしまう。
「じゃあ早く着替えて食堂に急ごう」
 詩穂は着替える手を早めてくれた。
 私も急いで着替えて詩穂と一緒に食堂に向かう。
 詩穂には先に席を取ってもらって、私は食堂横にある購買に並んだ。
 急いだからもしかしたらカスタードブリュレパンが買えるかもしれない。
 私は心躍らせながら自分の番になるのを今か今かと待ち侘びた。
「カスタードブリュレパン、残り一個じゃん」
「うわ、マジか。二個あれば良いのにな」
 いよいよ次が私の番だと言う時に、買う番がやって来た男子生徒二人がそんな会話をしていた。恐らく先輩だろう。
 せっかく並んだのに、ここで諦めることなんて出来ない。それに、男子は美人からのお願いに弱そうだから、お願いしたら譲ってくれるかも。
「あの、私もカスタードブリュレパンが目当てだったんです。残り一個なら、私に譲ってください。食べたことがなくて、どうしても今日食べたいんです」
 私は目を潤ませて上目遣いで前に並んでいた二人に頼む。
「え……ああ、じゃあどうぞ」
「俺達、何回か食べたことあるもんな」
 男子生徒二人は少し頬を赤らめていた。
「ありがとうございます」
 私は満面の笑みでお礼を言う。
「そんなに喜んでくれるなら譲り甲斐あるよな」
「おう」
 男子生徒二人はデレデレだった。
 その後二人は立ち去る時にこんな会話をしていた。
「でも良かったのか? カスタードブリュレパンあの子に譲って」
「まああんな可愛いくて美人な子にお願いされたら誰だって喜んで譲るだろ」
「まあ確かに」
 やっぱり美人はイージーモードだ。
 私はカスタードブリュレパンを買えたことに満足し、詩穂が待つ食堂の席に向かおうとした。
 その時、お弁当を教室に忘れたことに気付く。
 急いで着替えて食堂に向かったから、お弁当のことがすっかり頭から抜けていた。
 私は詩穂に連絡して一旦教室にお弁当を取りに行った。

 教室に戻ると、私の席に可愛らしい手提げ袋が置かれていた。
 淡いピンクを基調とした、マカロンやケーキ柄の手提げ袋だ。
「可愛い……」
 私は思わず呟いていた。
「あ、それ俊介のだよ」
 不意に隣から声が聞こえたので、私はそっちに目を向ける。
 私の後ろの席の男子生徒だった。彼の名前は確か一ノ瀬(いちのせ)健人(けんと)だったはず。
 少し日焼けしていて、人懐っこそうなイケメンだ。
「おい、俊介、苺ちゃん困ってるぞ」
「苺ちゃん……?」
 いきなりその呼ばれ方をしたから正直驚いた。
「あ、ごめん。苺谷さんだから、苺ちゃんがぴったりだと思って。絶対そう呼ばれたことあるよな?」
 一ノ瀬くんはニッと歯を見せて人懐っこそうに笑った。
「確かに、あったかも」
 苗字が苺谷だから、確かにニックネームがそうなることもある。
「おい健人、いきなり馴れ馴れしくすると苺谷さんが困るだろ。こいつがごめんな苺谷さん」
 そうやって来たのは、藤堂くん。
「いや、全然気にしてないよ。……二人共、仲良いんだね」
「まあ健人とは中学からの付き合いだから」
「そうそう、中学から! 部活も同じサッカー部だし」
 藤堂くんと一ノ瀬くんの仲の良さが伝わって来る。
「そうなんだ。私、クラスに同じ中学の女子がいないから羨ましいな」
 私はそう言いながら、机の横にかけているお弁当袋を取る。
「あ、ごめん、これ邪魔だったよな」
 藤堂くんは慌てて可愛らしい手提げ袋をどけてくれた。
「別に気にしなくて良いのに。それ可愛いね」
 私は藤堂くんの手提げ袋を指した。
「ああ、これ姉ちゃんのお下がり」
 藤堂くんはやや照れたようだった。
「藤堂くん、お姉さんいるんだ」
「うん。四つ上と二つ上に」
「あ、私と逆だ」
「逆?」
 藤堂くんは不思議そうに首を傾げた。
「うん。私は二つ下の弟と四つ下の弟がいるんだ」
「おお、確かに逆だ」
 藤堂くんは面白そうに笑っていた。
「それにしても藤堂くん、カッコいいからこういう可愛い系の物を持ってたら、何かギャップあるなって思った」
「お、俊介、苺ちゃんがカッコいいだってさ」
 一ノ瀬くんはニヤリと笑って藤堂くんを肘で小突いた。
「そう……かな? でも苺谷さん、男の前であんまりカッコいいとか言わない方が良いよ。勘違いして調子に乗りそうになるから」
 藤堂くんは少し照れているように見えた。
「え? 藤堂くんなら調子に乗っても良いんじゃない?」
「そうなると努力しなくなる」
「え?」
 藤堂くんの意外な言葉に私は目を丸くする。
「苺ちゃん、こいつめちゃくちゃ努力家なんだよ。結構サッカー上手いのに、部活後も残って自主練してる」
「へえ、凄いね。プロ目指してるの?」
「いや、プロは目指してないけど、せっかくやるなら納得出来るところまでとことんやりたいからさ。別に、自主練しない人を否定するつもりはないけど、俺はそうしたいだけ。恵まれていることに驕らず、俺は努力を続けて納得出来るところまで行きたい。行けなかったとしても、確実に成長は出来るしさ」
 藤堂くんの言葉に私はドキリとした。
 努力……。私は前世から努力があまり好きではなかった。楽して全てを得たい。そう思っていたから。
 私が『俺バラ』の原田陽太のことを好きじゃなかった理由、それは一種の嫉妬と同族嫌悪だった。漫画の原田陽太は、努力せずに美味しい思いをしてばかり。だから嫌いだった。

 今の私、あれだけ嫌悪した『俺バラ』の原田陽太と同じじゃん。それに、努力が実らなかったとしても成長が手に入るなんて考え付かなかった。

 私は思わず俯いてしまう。
「苺谷さん?」
「やっぱり藤堂くんは凄いね」
 私はそれだけ言って、忘れ物を取り詩穂が待つ中庭に向かった。

 やっぱり藤堂くんはカッコいい。……私は……駄目だな。今までせっかく可愛いからわがまま放題でも許されるって思っていたけど、そんなのは駄目だよね。
 それに、父のことも思い出した。父が美人の母を射止めることが出来たのは、相応の努力をしたからだ。
 私も変わらないと……!
 そう決意した。
 それに、この前の原田陽太への態度やさっきのカスタードブリュレパンを無理矢理譲ってもらったことも良くなかったよね。
 可愛いからわがままが通るイージーモードだと思っていたけれど、その考え方を改めないと。部活もサボってばかりじゃなく、せっかく希望のフルートパートになれたからしっかり練習しよう。

 まずはこのカスタードブリュレパン、詩穂と半分こして食べようかな。