数日後、昼休み終わりの五限目の授業で異変が起こった。
授業が始まって十分程経過した時、びしょ濡れになった春宮香恋が教室に入って来た。
春宮香恋はショックを受けたような表情だった。
「春宮さん、どうしたの?」
五限目の授業は一年二組の担任が担当する科目だったので、先生は心配そうに春宮香恋の元に駆け寄る。
すると春宮香恋は財前麗奈を睨みながらこう言った。
「麗奈……財前さんにやられました」
「財前さん、本当なの?」
先生は財前麗奈に詰め寄る。
「その、違います。私は西島さんにやれと言われて」
「財前さん、人のせいにしないでよ。私そんなこと言ってない。それに財前さんがトイレにいる春宮さんに水をかけたところ私見てたんだから」
財前麗奈の発言に間髪入れずバドミントン部の西島さんがそう言う。
「先生、信じてください。私がそんなこと言うはずないって部活の様子を見ていたら分かりますよね?」
西島さんは助けを求めるような表情で先生を見つめる。
一年二組の担任は女子バドミントン部の顧問なのだ。
「ええ、西島さんがそんなことをするはずがないと信じているわ」
先生は優しい表情を西島さんに向けた。
「財前さん、春宮さんへの行為、それから自分がやったことを人のせいにする。最低極まりないわ。今すぐ職員室に来なさい。春宮さんは保健室で着替えましょう」
そう言い、先生は授業を中断して春宮香恋と財前麗奈を連れて行った。
「そんな、先生、私は」
「財前さん、醜い言い訳はしないで」
先生がピシャリと言い放つと、財前麗奈は何も言えなくなった。
財前麗奈は傷付いたような表情になった。
その後、五限目は自習になった。
◇◇◇◇
「まさか財前さんが春宮さんを……ね」
五限目が終わり、詩穂は何とも言えないような表情だった。
「俺もびっくり」
一ノ瀬くんは苦笑する。
まさかこんなことが起こるとは私も思っていなかった。
私は濡れた制服から体操服に着替えた春宮香恋と、空いたままの財前麗奈の席を交互に見る。
「苺谷さん? 大丈夫?」
藤堂くんは心配してくれたみたい。
「うん、ありがとう。私も驚いててさ」
「やっぱ姫花もそうだよね。まだ一学期だけどこのクラスどうなっちゃうのかな? 私達でまとめられなくなりそう」
詩穂は不安そうにため息をついた。
財前麗奈は六限目に戻って来た。どうやら彼女は反省文を書くことになったらしい。
ちょっとした事件がありつつも、私達はいつも通りの放課後を迎えた。
「ちょっと財前さん、私のせいにするなんて酷くない?」
「ほんとそれ。何も悪くないにっしーを犯人に仕立て上げようとするとか性格終わってる」
財前麗奈は西島さん達に責められていた。
「でもまあ良いよ。今日私部活ないし、ちょっと付き合ってよ」
西島さんはどうやら財前さんを許したのか、彼女をどこかに連れて行った。
ほんの少しの不安を残しつつ、私も詩穂と部活に向かった。
◇◇◇◇
空き教室でフルートの個人練習をしていた私は外が騒がしいことに気付く。
一体何?
気になった私はそっと開いている窓から身を乗り出した。
すると、とんでもない状況が目に飛び込んで来た。
校舎裏で、原田陽太がクラスの男子生徒達から暴力を振るわれていた。
嘘……!?
顔や半袖からのぞく腕以外を執拗に殴られたり蹴られたりしている原田陽太。彼に暴力を振るう男子生徒達の声が私のいる教室にも聞こえて来た。
「おい原田、お前本当に自分が苺谷さんと釣り合うとか思ってるのかよ? この身の程知らずが!」
「春宮さんとか財前さん侍らせて良い気になってんじゃねえよ!」
「何の取り柄もないお前が調子に乗ってんじゃねえ!」
「てかお前、クラスに興味持ってねーもんな。俺達が話しかけても話聞いてねえような生返事だしさ」
そう言いながら彼らは原田陽太を楽しそうに殴っていた。
暴力を振るわれてボロボロになっている原田陽太は、傷付いたような、助けを求めるような表情だった。
私は怖くなって窓を閉めてしまった。
恐怖で練習する気は起きなかった。
◇◇◇◇
「姫花、大丈夫?」
部活が終わり、詩穂が話しかけてくれた。
原田陽太への暴力を見て以降、何も考えられなくなっていた私を心配してくれていた。
「あ……うん」
私は力無く笑うしか出来ない。
いつものように詩穂と一緒に帰っているものの、上手く笑えない。
「……姫花。何かあったでしょう。……別に無理に話せとは言わないけどさ。そうだ、今日カフェ寄らない? ほら、気分転換に」
私の態度が分かりやすかったのか、詩穂は明るく提案してくれた。
「……ありがとう、詩穂。そうだね」
初めて男子の暴力を見て、怖くなって上手くは話せないけれど、カフェで気分転換出来たらな。
私は詩穂と駅のショッピングモールへ向かった。
「うわあ、このカフェ高いね」
「そうだね。ここはやめておこう。あっちならリーズナブルだよ」
カフェ入り口にあるメニューの値段を見て驚く詩穂。
私は別のカフェを提案した。
その後リーズナブルなカフェに入り、詩穂と明るい話をしたことで気分は少しだけ和らいでいた。
本当に詩穂がいてくれて良かった。
そう思い、私はカフェから出た。
その時、私達は意外な光景を目にすることになる。
「ねえ、あれって西島さん達だよね?」
詩穂に言われた方向を見ると、確かに西島さん達がいた。何と彼女達は私達が諦めた高いカフェから出て来たのだ。
「本当だ。財前さんもいる。仲直りしたのかな?」
今日の件があり、西島さんと財前麗奈の仲は険悪になりそうだと思ったが、一緒にカフェを楽しんでいたようだ。
「さあ? でも一緒にカフェにいたんだったらそうじゃない? それにしても高いカフェで羨ましいなあ」
詩穂は羨ましそうに呟いた。
その時、詩穂のスマートフォンが短く鳴る。誰かからメッセージが届いたようだ。
「あ、ごめん姫花。お母さんが早く帰って来いだってさ。私帰るね」
「うん。私の方こそ色々ごめんね。ありがとう、詩穂」
「何に悩んでるのかは知らないけどさ、私は姫花の見方だから」
詩穂はニッと満面の笑みだった。
その笑みは今の私にとって救いである。
「うん。ありがとう。じゃあまた明日」
私は詩穂の後ろ姿を見送った。
その後私も帰ろうとしたけれど、トイレに行きたくなったのでショッピングモールの女子トイレに向かった。
すると、個室の外から聞いたことのある声が聞こえた。
「今日の財前、めちゃくちゃウケるんだけど」
……西島さん?
声の主は西島さんだった。
「分かる。てかにっしーも酷いことするよね。春宮いじめの主犯を財前になすりつけるとか」
「だってあの二人邪魔じゃん。はっきり言ってクラスの邪魔しかしてないし。あいつら排除して何が悪いのって感じ」
「まあ確かにそうだね。でもにっしー、何でわざわざ財前をウチらのグループに入れるの?」
「そんなの金蔓に決まってんじゃん。財前って金持ちだからさ。さっきのカフェ代も全部支払わせたし。あいつがいなきゃあの高いカフェ、入れないよ」
西島さんの声は楽しそうで、それでいて悪意があった。
……これって……れっきとしたいじめだよね……。原田陽太の件も……。
脳裏には、傷付いた三人の表情が浮かぶ。
原田陽太、春宮香恋、財前麗奈。彼らは漫画のキャラじゃなくてちゃんと人格がある生身の人間だ。酷いことをされたら傷付くに決まってる。それなのに、どうして今までそれに気付けなかったんだろう?
私はそのことに後悔した。『俺バラ』という世界に囚われすぎていたことに、今になって気付くなんて……。
授業が始まって十分程経過した時、びしょ濡れになった春宮香恋が教室に入って来た。
春宮香恋はショックを受けたような表情だった。
「春宮さん、どうしたの?」
五限目の授業は一年二組の担任が担当する科目だったので、先生は心配そうに春宮香恋の元に駆け寄る。
すると春宮香恋は財前麗奈を睨みながらこう言った。
「麗奈……財前さんにやられました」
「財前さん、本当なの?」
先生は財前麗奈に詰め寄る。
「その、違います。私は西島さんにやれと言われて」
「財前さん、人のせいにしないでよ。私そんなこと言ってない。それに財前さんがトイレにいる春宮さんに水をかけたところ私見てたんだから」
財前麗奈の発言に間髪入れずバドミントン部の西島さんがそう言う。
「先生、信じてください。私がそんなこと言うはずないって部活の様子を見ていたら分かりますよね?」
西島さんは助けを求めるような表情で先生を見つめる。
一年二組の担任は女子バドミントン部の顧問なのだ。
「ええ、西島さんがそんなことをするはずがないと信じているわ」
先生は優しい表情を西島さんに向けた。
「財前さん、春宮さんへの行為、それから自分がやったことを人のせいにする。最低極まりないわ。今すぐ職員室に来なさい。春宮さんは保健室で着替えましょう」
そう言い、先生は授業を中断して春宮香恋と財前麗奈を連れて行った。
「そんな、先生、私は」
「財前さん、醜い言い訳はしないで」
先生がピシャリと言い放つと、財前麗奈は何も言えなくなった。
財前麗奈は傷付いたような表情になった。
その後、五限目は自習になった。
◇◇◇◇
「まさか財前さんが春宮さんを……ね」
五限目が終わり、詩穂は何とも言えないような表情だった。
「俺もびっくり」
一ノ瀬くんは苦笑する。
まさかこんなことが起こるとは私も思っていなかった。
私は濡れた制服から体操服に着替えた春宮香恋と、空いたままの財前麗奈の席を交互に見る。
「苺谷さん? 大丈夫?」
藤堂くんは心配してくれたみたい。
「うん、ありがとう。私も驚いててさ」
「やっぱ姫花もそうだよね。まだ一学期だけどこのクラスどうなっちゃうのかな? 私達でまとめられなくなりそう」
詩穂は不安そうにため息をついた。
財前麗奈は六限目に戻って来た。どうやら彼女は反省文を書くことになったらしい。
ちょっとした事件がありつつも、私達はいつも通りの放課後を迎えた。
「ちょっと財前さん、私のせいにするなんて酷くない?」
「ほんとそれ。何も悪くないにっしーを犯人に仕立て上げようとするとか性格終わってる」
財前麗奈は西島さん達に責められていた。
「でもまあ良いよ。今日私部活ないし、ちょっと付き合ってよ」
西島さんはどうやら財前さんを許したのか、彼女をどこかに連れて行った。
ほんの少しの不安を残しつつ、私も詩穂と部活に向かった。
◇◇◇◇
空き教室でフルートの個人練習をしていた私は外が騒がしいことに気付く。
一体何?
気になった私はそっと開いている窓から身を乗り出した。
すると、とんでもない状況が目に飛び込んで来た。
校舎裏で、原田陽太がクラスの男子生徒達から暴力を振るわれていた。
嘘……!?
顔や半袖からのぞく腕以外を執拗に殴られたり蹴られたりしている原田陽太。彼に暴力を振るう男子生徒達の声が私のいる教室にも聞こえて来た。
「おい原田、お前本当に自分が苺谷さんと釣り合うとか思ってるのかよ? この身の程知らずが!」
「春宮さんとか財前さん侍らせて良い気になってんじゃねえよ!」
「何の取り柄もないお前が調子に乗ってんじゃねえ!」
「てかお前、クラスに興味持ってねーもんな。俺達が話しかけても話聞いてねえような生返事だしさ」
そう言いながら彼らは原田陽太を楽しそうに殴っていた。
暴力を振るわれてボロボロになっている原田陽太は、傷付いたような、助けを求めるような表情だった。
私は怖くなって窓を閉めてしまった。
恐怖で練習する気は起きなかった。
◇◇◇◇
「姫花、大丈夫?」
部活が終わり、詩穂が話しかけてくれた。
原田陽太への暴力を見て以降、何も考えられなくなっていた私を心配してくれていた。
「あ……うん」
私は力無く笑うしか出来ない。
いつものように詩穂と一緒に帰っているものの、上手く笑えない。
「……姫花。何かあったでしょう。……別に無理に話せとは言わないけどさ。そうだ、今日カフェ寄らない? ほら、気分転換に」
私の態度が分かりやすかったのか、詩穂は明るく提案してくれた。
「……ありがとう、詩穂。そうだね」
初めて男子の暴力を見て、怖くなって上手くは話せないけれど、カフェで気分転換出来たらな。
私は詩穂と駅のショッピングモールへ向かった。
「うわあ、このカフェ高いね」
「そうだね。ここはやめておこう。あっちならリーズナブルだよ」
カフェ入り口にあるメニューの値段を見て驚く詩穂。
私は別のカフェを提案した。
その後リーズナブルなカフェに入り、詩穂と明るい話をしたことで気分は少しだけ和らいでいた。
本当に詩穂がいてくれて良かった。
そう思い、私はカフェから出た。
その時、私達は意外な光景を目にすることになる。
「ねえ、あれって西島さん達だよね?」
詩穂に言われた方向を見ると、確かに西島さん達がいた。何と彼女達は私達が諦めた高いカフェから出て来たのだ。
「本当だ。財前さんもいる。仲直りしたのかな?」
今日の件があり、西島さんと財前麗奈の仲は険悪になりそうだと思ったが、一緒にカフェを楽しんでいたようだ。
「さあ? でも一緒にカフェにいたんだったらそうじゃない? それにしても高いカフェで羨ましいなあ」
詩穂は羨ましそうに呟いた。
その時、詩穂のスマートフォンが短く鳴る。誰かからメッセージが届いたようだ。
「あ、ごめん姫花。お母さんが早く帰って来いだってさ。私帰るね」
「うん。私の方こそ色々ごめんね。ありがとう、詩穂」
「何に悩んでるのかは知らないけどさ、私は姫花の見方だから」
詩穂はニッと満面の笑みだった。
その笑みは今の私にとって救いである。
「うん。ありがとう。じゃあまた明日」
私は詩穂の後ろ姿を見送った。
その後私も帰ろうとしたけれど、トイレに行きたくなったのでショッピングモールの女子トイレに向かった。
すると、個室の外から聞いたことのある声が聞こえた。
「今日の財前、めちゃくちゃウケるんだけど」
……西島さん?
声の主は西島さんだった。
「分かる。てかにっしーも酷いことするよね。春宮いじめの主犯を財前になすりつけるとか」
「だってあの二人邪魔じゃん。はっきり言ってクラスの邪魔しかしてないし。あいつら排除して何が悪いのって感じ」
「まあ確かにそうだね。でもにっしー、何でわざわざ財前をウチらのグループに入れるの?」
「そんなの金蔓に決まってんじゃん。財前って金持ちだからさ。さっきのカフェ代も全部支払わせたし。あいつがいなきゃあの高いカフェ、入れないよ」
西島さんの声は楽しそうで、それでいて悪意があった。
……これって……れっきとしたいじめだよね……。原田陽太の件も……。
脳裏には、傷付いた三人の表情が浮かぶ。
原田陽太、春宮香恋、財前麗奈。彼らは漫画のキャラじゃなくてちゃんと人格がある生身の人間だ。酷いことをされたら傷付くに決まってる。それなのに、どうして今までそれに気付けなかったんだろう?
私はそのことに後悔した。『俺バラ』という世界に囚われすぎていたことに、今になって気付くなんて……。