文化祭が終わり、薔薇咲高校の空気もいつも通りに戻っていた。
六月下旬になり、もう夏である。
体育では水泳も始まった。
昼休み後の五限目が体育で水泳でくたくたになった後に挑む六限目の授業。
クラスメイト達は半分以上首を垂れていた。
後ろの方の席の私は前の席の子達の様子がよく見える。私もコクリコクリと船を漕ぐクラスメイト達の気持ちがよく分かった。
うん、体育の後の授業は眠いもんね。
実は私もさっきまで少しウトウトしていた。
一年二組はすっかり日常を取り戻していた。
◇◇◇◇
しかし翌日の昼休み、異常事態が発生した。
私は藤堂くん、詩穂、一ノ瀬くんと一緒に食堂で昼食を食べて教室に戻った時のこと。
「麗奈、あんたさあ、陽太のことをお金で買おうとしてない!?」
「そんな人身売買みたいなことをしているつもりはありませんわ! 香恋さんこそ、陽太くんにベタベタとくっついて見苦しいですわ!」
廊下まで春宮香恋と財前麗奈の大きな声が響く。教室が異様な空気であることが廊下まで伝わっていた。
「……何か教室でヤバいこと起きてそうじゃね?」
一ノ瀬くんが顔を引き攣らせていた。
同じく顔を引き攣らせながら詩穂が頷く。
「……教室、戻ってみる?」
正直乗り気ではないけれど私は恐る恐るみんなに聞いてみる。
「……そうしてみよう」
藤堂くんは少し考え、覚悟を決めたような表情だった。
教室に入ると、案の定春宮香恋と財前麗奈が原田陽太を巡って激しい口論になっていた。
肝心の原田陽太はオロオロしている。
他のクラスメイト達は迷惑そうに『俺バラ』ハーレムを睨む者、面白そうに見る者など、反応はバラバラである。
……『俺バラ』は流し読みした程度だけど、春宮香恋と財前麗奈があんな風に派手に喧嘩をしたことあったっけ?
私は『俺バラ』原作の記憶を必死に呼び起こすものの、春宮香恋と財前麗奈が派手に喧嘩をしていたシーンは特になかったような気がする。ような気がするというのは、『俺バラ』は目当ての漫画のついでに陽でいただけなのでうろ覚えなのだ。
その時、ふと『俺バラ』原作者へのインタビュー記事を思い出した。
……そういえば、原作者はこう言ってたっけ? 春宮香恋と財前麗奈の相性は悪いけど、苺谷姫花がいたことで仲を保てていた。苺谷姫花は春宮香恋と財前麗奈の二人から慕われて、緩衝材になっていた。だからこそ、春宮香恋と財前麗奈は派手に喧嘩せずに済んでいた。おまけに『俺バラ』ハーレムは苺谷姫花がいたからこそクラスに迷惑をかけても許されていた、とか。
苺谷姫花が『俺バラ』ハーレムに入らなかったことでここまで変わってしまうとは思ってもいなかった。
だって私、努力せず良い思いばっかりする『俺バラ』の原田陽太は全然好きになれないし、藤堂くんが好きなんだもん。仕方ないじゃん。
正直、私は『俺バラ』ハーレムに関わる気はなかった。この喧嘩を止める義理はない。しかし、迷惑がるクラスメイトを見てハッとする。
……でも、クラスの雰囲気を壊されるのは私もみんなも迷惑。……春宮香恋と財前麗奈の喧嘩を止めよう。私は苺谷姫花だ。きっと出来る!
私は自分にそう言い聞かせて、今も喧嘩をしている春宮香恋と財前麗奈の元に向かった。
「春宮さん、財前さん、落ち着いて。その喧嘩、今この場でやること? 私も他のみんなも迷惑してるんだけど。それとも、みんなが迷惑しようが関係ないって思ってる?」
「そんなこと……ないけど……」
「……ええ、そうですわ」
私がそう言うと、二人共冷静になってくれた。
「それなら良かった。春宮さんと財前さんの仲が良くなるのも悪くなるのも二人の自由だけれど、クラスに迷惑はかけないでね」
「ごめん……」
「申し訳ございません……」
二人は素直に謝ってくれたことで、この場は一旦収まった。
でも、それだと根本的解決にならないよね。
私はずっとことが収まるまでオロオロしているだけだった原田陽太に目を向ける。
「原田くんが二人に対してはっきりした態度じゃないことが最大の原因だと思うけど」
「え……?」
原田陽太は私の言葉に戸惑っていた。
「ハーレム作って良い気になってるんじゃない? それに、宿泊研修や文化祭準備ではトラブルしか起こしてないし」
「そんな、ハーレムとかトラブルって、俺そんなつもりはなくて……ただ苺谷のことが好きなだけだ」
「は……?」
この場で私に告白? 意味分かんない。空気読めないにも程がある。
私がただただ呆れていた。
クラスメイト達も好奇の目を向けてくる。春宮香恋と財前麗奈は固まっていた。もうたまったもんじゃない。
「私は原田くんのこと全然好きじゃないから」
私はピシャリと言い放つ。
「いやでも……苺谷、中学の時俺に優しかったじゃん。挨拶もしてくれたし。だから」
原田陽太からは諦めた様子が見えない。正直鬱陶しい。
確かに『俺バラ』原作の苺谷姫花は原田陽太のことが好きだったけど、今の苺谷姫花は違う。
「そんなの人として普通のこと。それを勘違いされて特別に思われても困るから」
「で、でもさ」
何と原田陽太はすがり付くように私の手首を握ってくる。
「やめて、離して」
私は振り払おうとしたけど、原田陽太は思ったより強い力で私の手首を掴んでいる。
「原田、苺谷さんから手を離せ」
そこへやって来たのが藤堂くんだった。彼は原田陽太が私から手を離させるよう、原田陽太の腕を思いっきり握り潰す。
藤堂くんはサッカー部だから握力は使わないけれど、運動部なのでかなり握力が強い。
原田陽太は痛そうに表情を歪めて私から手を離した。
「苺谷さん、大丈夫?」
「うん。ありがとう、藤堂くん。流石運動部だね」
私は安心し、思わず表情が緩んだ。
「原田、今後苺谷さんにもクラスにも迷惑をかけるなよ」
藤堂くんがそう言い放ったことで、騒動は何とか収まってくれた。
その後、一年二組は微妙な雰囲気だったが、原田陽太に話しかける男子生徒がいたり、バドミントン部の西島さんが財前麗奈に話しかけたりしてクラスの雰囲気は良くなりつつあった。春宮香恋は一人でいることが多いけれど、きっと時間が解決してくれる。私も藤堂くん達といつも通りに戻っていた。だからもう何も問題ない。
しかし数日後、それが間違いであったと思い知らされる出来事が起こってしまうだなんて、この時の私は想像もしていなかった。
六月下旬になり、もう夏である。
体育では水泳も始まった。
昼休み後の五限目が体育で水泳でくたくたになった後に挑む六限目の授業。
クラスメイト達は半分以上首を垂れていた。
後ろの方の席の私は前の席の子達の様子がよく見える。私もコクリコクリと船を漕ぐクラスメイト達の気持ちがよく分かった。
うん、体育の後の授業は眠いもんね。
実は私もさっきまで少しウトウトしていた。
一年二組はすっかり日常を取り戻していた。
◇◇◇◇
しかし翌日の昼休み、異常事態が発生した。
私は藤堂くん、詩穂、一ノ瀬くんと一緒に食堂で昼食を食べて教室に戻った時のこと。
「麗奈、あんたさあ、陽太のことをお金で買おうとしてない!?」
「そんな人身売買みたいなことをしているつもりはありませんわ! 香恋さんこそ、陽太くんにベタベタとくっついて見苦しいですわ!」
廊下まで春宮香恋と財前麗奈の大きな声が響く。教室が異様な空気であることが廊下まで伝わっていた。
「……何か教室でヤバいこと起きてそうじゃね?」
一ノ瀬くんが顔を引き攣らせていた。
同じく顔を引き攣らせながら詩穂が頷く。
「……教室、戻ってみる?」
正直乗り気ではないけれど私は恐る恐るみんなに聞いてみる。
「……そうしてみよう」
藤堂くんは少し考え、覚悟を決めたような表情だった。
教室に入ると、案の定春宮香恋と財前麗奈が原田陽太を巡って激しい口論になっていた。
肝心の原田陽太はオロオロしている。
他のクラスメイト達は迷惑そうに『俺バラ』ハーレムを睨む者、面白そうに見る者など、反応はバラバラである。
……『俺バラ』は流し読みした程度だけど、春宮香恋と財前麗奈があんな風に派手に喧嘩をしたことあったっけ?
私は『俺バラ』原作の記憶を必死に呼び起こすものの、春宮香恋と財前麗奈が派手に喧嘩をしていたシーンは特になかったような気がする。ような気がするというのは、『俺バラ』は目当ての漫画のついでに陽でいただけなのでうろ覚えなのだ。
その時、ふと『俺バラ』原作者へのインタビュー記事を思い出した。
……そういえば、原作者はこう言ってたっけ? 春宮香恋と財前麗奈の相性は悪いけど、苺谷姫花がいたことで仲を保てていた。苺谷姫花は春宮香恋と財前麗奈の二人から慕われて、緩衝材になっていた。だからこそ、春宮香恋と財前麗奈は派手に喧嘩せずに済んでいた。おまけに『俺バラ』ハーレムは苺谷姫花がいたからこそクラスに迷惑をかけても許されていた、とか。
苺谷姫花が『俺バラ』ハーレムに入らなかったことでここまで変わってしまうとは思ってもいなかった。
だって私、努力せず良い思いばっかりする『俺バラ』の原田陽太は全然好きになれないし、藤堂くんが好きなんだもん。仕方ないじゃん。
正直、私は『俺バラ』ハーレムに関わる気はなかった。この喧嘩を止める義理はない。しかし、迷惑がるクラスメイトを見てハッとする。
……でも、クラスの雰囲気を壊されるのは私もみんなも迷惑。……春宮香恋と財前麗奈の喧嘩を止めよう。私は苺谷姫花だ。きっと出来る!
私は自分にそう言い聞かせて、今も喧嘩をしている春宮香恋と財前麗奈の元に向かった。
「春宮さん、財前さん、落ち着いて。その喧嘩、今この場でやること? 私も他のみんなも迷惑してるんだけど。それとも、みんなが迷惑しようが関係ないって思ってる?」
「そんなこと……ないけど……」
「……ええ、そうですわ」
私がそう言うと、二人共冷静になってくれた。
「それなら良かった。春宮さんと財前さんの仲が良くなるのも悪くなるのも二人の自由だけれど、クラスに迷惑はかけないでね」
「ごめん……」
「申し訳ございません……」
二人は素直に謝ってくれたことで、この場は一旦収まった。
でも、それだと根本的解決にならないよね。
私はずっとことが収まるまでオロオロしているだけだった原田陽太に目を向ける。
「原田くんが二人に対してはっきりした態度じゃないことが最大の原因だと思うけど」
「え……?」
原田陽太は私の言葉に戸惑っていた。
「ハーレム作って良い気になってるんじゃない? それに、宿泊研修や文化祭準備ではトラブルしか起こしてないし」
「そんな、ハーレムとかトラブルって、俺そんなつもりはなくて……ただ苺谷のことが好きなだけだ」
「は……?」
この場で私に告白? 意味分かんない。空気読めないにも程がある。
私がただただ呆れていた。
クラスメイト達も好奇の目を向けてくる。春宮香恋と財前麗奈は固まっていた。もうたまったもんじゃない。
「私は原田くんのこと全然好きじゃないから」
私はピシャリと言い放つ。
「いやでも……苺谷、中学の時俺に優しかったじゃん。挨拶もしてくれたし。だから」
原田陽太からは諦めた様子が見えない。正直鬱陶しい。
確かに『俺バラ』原作の苺谷姫花は原田陽太のことが好きだったけど、今の苺谷姫花は違う。
「そんなの人として普通のこと。それを勘違いされて特別に思われても困るから」
「で、でもさ」
何と原田陽太はすがり付くように私の手首を握ってくる。
「やめて、離して」
私は振り払おうとしたけど、原田陽太は思ったより強い力で私の手首を掴んでいる。
「原田、苺谷さんから手を離せ」
そこへやって来たのが藤堂くんだった。彼は原田陽太が私から手を離させるよう、原田陽太の腕を思いっきり握り潰す。
藤堂くんはサッカー部だから握力は使わないけれど、運動部なのでかなり握力が強い。
原田陽太は痛そうに表情を歪めて私から手を離した。
「苺谷さん、大丈夫?」
「うん。ありがとう、藤堂くん。流石運動部だね」
私は安心し、思わず表情が緩んだ。
「原田、今後苺谷さんにもクラスにも迷惑をかけるなよ」
藤堂くんがそう言い放ったことで、騒動は何とか収まってくれた。
その後、一年二組は微妙な雰囲気だったが、原田陽太に話しかける男子生徒がいたり、バドミントン部の西島さんが財前麗奈に話しかけたりしてクラスの雰囲気は良くなりつつあった。春宮香恋は一人でいることが多いけれど、きっと時間が解決してくれる。私も藤堂くん達といつも通りに戻っていた。だからもう何も問題ない。
しかし数日後、それが間違いであったと思い知らされる出来事が起こってしまうだなんて、この時の私は想像もしていなかった。