君は恋に眠って



『あの時見た銀杏ってすごく綺麗だったなって思うし、すごく感動したんだよなって思うんだけど、結局、今感動するのは今見てる銀杏で、あの時の銀杏じゃないんだよ』


 そうだ、どうせみんな、忘れてしまう。その日、その瞬間、どれだけ鮮烈に感じていたかなんて関係なく、過ぎ去った瞬間に、鮮やかだとか美しいとか、暑いだとか寒いだとか、そんな感覚頼りのものは忘れ去られる。今年こそは忘れないとどれだけ思っても、例外なく、忘れる。


 ──忘れないと、思っていた。全部。あの頃の鮮烈な記憶を、想いを、喜びを、全て。


 覚えていないわけじゃない。確かにあったことは覚えている。それでも、その感じたもの全てがあの時とは違う。似たように思えても、それは結局感覚まで含めた記憶をなぞっているだけで、感覚まではなぞることができていないのだと知る。


 その、記憶をなぞるときに覚える感情は、きっと──。


「じゃ、俺帰るよ」


 駅まで送ってもらった後、足りなくなっていたICカードに千円札を吸い込ませ、遼に向き直った。改札を通って帰るだけだというのに、遼は少し思い悩んだような仕草をとる。