「こんなおじさんが急に口出しして悪いね、近くにいたから君たちの話が聞こえてしまったんだ。それ以上の言い争いは、ステージの朗読で決着をつけた方がいいんじゃないか? 君も彼女も出場者なんだろう?」

 おじさんは私とお兄さんと順番に目を合わせながら、そう言った。お兄さんはバツが悪そうにチッと舌打ちをしていた。

「どこの誰かも分からないじいさんの言うことをきくわけじゃないが、確かにそうだな。総合優勝は僕が貰う! キミは早く声優なんて諦めて、恥を晒す前にコンテストも棄権するんだな!」

 だから、声優なんて目指してないってば。

 捨て台詞を吐くと、剛里兄妹は去っていった。妹の方は最後に私に口パクで『バーカ』って言ってたように見えたけど。

「文香、大丈夫か?」

 蒼太くんが心配してくれたけど、さっきから震えが止まらない。目の奥も熱い。いろいろあり過ぎて、泣きそうになっていた。

 うつむくだけで、蒼太くんの心配に応える事は出来ない。「大丈夫」って一言すら口から出せなかった。

 やっぱり……やっぱりこんな所に私なんかが来ちゃいけなかったんだ。剛里さんのお兄さんの言った通り、まぐれで予選通っちゃったから、のこのこ来てしまったけど。自信なんて全然無いし場違い。

 せっかく蒼太くんに協力してもらってここまで来たけど、辞退して帰った方がいいのかもしれない……

「貴方は、声優になりたいの?」

 不意に、さっき助けてくれたおじさんが私にそう言った。私は顔も上げずに頭を振った。声優云々は、剛里さんのお兄さんが勝手に言っていたこと。私はそんなの考えた事すらなかった。

「そうですか……でも、そうだなあ、貴方は声優よりナレーションや朗読をやったほうがいいと僕は思いますよ」

「え……?」

 意外な言葉に驚いて顔を揚げると、おじさんは優しい表情でこちらを見ていた。