君の名を

「じゃあさ、結婚十年の節目ってことで、俺たち夫婦の決め事を作ろう」

「決め事?」

「そう。美咲は何がいい?」

「うーん……急に言われてもね」

 十年間一緒に生活してきて、瑛斗に約束を破られたことは一度もなく、嫌な思いをしたことも、困ったと感じたことも特になかったように思う。

「浮気はしない、とか?」

「それは決め事じゃなくて、当然のことだろ」

「そうだよね。じゃあ……隠し事はしない、とか」

「それは時と場合によるかな。ほら、今日みたいにサプライズを計画することがあるかもしれない」

「そっか。じゃあ……」

 美咲は天井を見上げて考えた。

「二人きりでいる時は、名前で呼び合う」

「え?」

 瑛斗が口にした意外な言葉に、美咲は目を見開いて聞き返した。

「咲凛が生まれてからは、『パパ』『ママ』って呼び合うようになっただろ? 俺は『美咲』って呼ぶこともあるけど、美咲は完全に『パパ』になったから」

「確かに」

 咲凛が呼びやすいように、認識しやすいようにと互いにそう呼び合っていたが、それがいつの間にか定着していた。
 瑛斗はいつからそんなことを思っていたのだろうか。

「さっき『瑛斗』って呼ばれて、なんか新婚の時を思い出して新鮮な気持ちになったんだ。美咲の顔が普段の三割増しで可愛く見えた」

「もう、やだあ」

 冗談を真に受けた美咲は、急激な頬の火照りに耐えきれず思わず目をそらした。