君の名を

「ブルーの屋根の家に住んでいる女性と、だから、その……」

「えぇっ、誰情報!?」

 瑛斗が目を丸くし、素っ頓狂な声を上げた。

「町内会長の町田さん」

 そう返すと、瑛斗は呆れたように溜め息をついてから話し始めた。

「佐伯さんは、自宅で料理教室をやっててね。俺はそこの生徒として通ってたんだ」

「えっ!?」

 思いもよらない言葉に二の句が継げず、美咲は瞬きを繰り返した。

「料理を覚えたくて」

 まさかそんな理由があるなど、考え付く訳がない。

「髪がつやつやで、スタイルが良くて、笑顔の素敵な先生?」

「うーん……笑顔は素敵だと思うけど、スタイルがいいとは言えないかも。佐伯先生は、作るのも食べるのも好きだそうで、なかなか恰幅のいい女性だからね」

 言いながら、瑛斗が吹き出した。

「佐伯先生のお宅は、二世帯住宅なんだ。息子さんのお嫁さんが玄関で出迎えてくれることがあって、何度か顔を合わせたことがあるよ」

「なんだ、私はてっきり……」

「美咲、知り合いなの?」

「あ、ううん、そうじゃないけど。気になって、その……ごめんなさい」

「どうした?」

「気になって気になって仕方なくて、夜も眠れないくらい」

「え?」

 瑛斗が首を傾げている。

「こっそり佐伯さんの家を見に行った時に、そのお嫁さんって女性を見掛けたの。別の日にはそこに瑛斗が現れて。だけど、知ったところでどうすることも出来なくて、結局また眠れなくなって……」

「美咲、町田さんの話を信用したんだ」

「……」

 自分の夫を信じ切ることが出来なかったことで罪悪感に苛まれていた美咲に、「心配した?」と尋ねる瑛斗の口調はやけに明るい。

「うん、すごく心配した」

「そう」

 そうして満足げな表情を見せた瑛斗は、美咲の髪に触れ、頬に触れ、それからゆっくりと顔を近付け唇を寄せた。