おれは“祓えない退魔師”

 洞窟の前に立った瞬間、あのときの嫌な感覚が蘇った。
 ひんやりとした空気。肌にまとわりつく湿気。奥からじわじわと滲み出る、重たい邪気。

 「……いるな」

 士稀が短く言う。

 「しかも元気そうや」

 東間が軽い調子で返すが、その目は笑っていない。
 伊都はぎゅっと袖を握りしめていた。

 「……大丈夫。練習した通りにやれば」

 震えそうな声で、自分に言い聞かせるように呟く。

 「そうだな」

 士稀がうなずく。

 「役割は確認済みだ。無駄な動きはするな」
 「了解やで~」
 「お、おう」

 俺は一度だけ深く息を吐いた。

 (やるしかねぇ)

 洞窟の中へ足を踏み入れる。暗闇の中、士稀と東間が指先ライト(霊力を使って指先に光を灯らせる)を発動させた。

 「ぼくもできるようになったんだ」

 伊都もうれしそうに、指先ライトを点けた。
 以前、肝試しの時に仕掛けられていた罠はもうなくなっていた。先生が撤去したのだろうか。
 おかげで軽々と進むことができたが、この間よりも邪気が濃くなっているように感じた。

 そして、広い空間に出た瞬間、すぐに視界に飛び込んできた。
 巨大な黒い蜘蛛が、岩の上でじっとこちらを見ている。

 「……来るぞ」

 士稀の声と同時に、蜘蛛が跳ねた。

 「東間!」
 「任せとき!」

 東間が地面に札を叩きつける。
 バチン、と音を立てて結界が広がり、蜘蛛の動きを一瞬だけ止める。

 「今!」

 士稀が踏み込み、刀を左下から斜めに切り上げる。
 鋭い光が蜘蛛を切り裂くように走る。

 「神代!」
 「おう!」

 俺は、身体中を巡る霊力の流れに集中し、それを右の手のひらに集める。霊力が光の玉となって現れ、だんだんと大きくなる。

 (集中しろ! 余計なことは考えるな!)

 左手を添えるように右の手首を持ち、ぐっと握りこんで圧縮する。密度を増していく光の玉。以前よりも、はっきりと分かる。重くて、荒々しい。

 (暴れるな……!)

 魂を破壊するだけの力。でもーー

 「いけーー!閃光ーー!!」

 蜘蛛に向かってバッと手を開いた。それは直線を描きながら弾丸のように飛んでいく。蜘蛛にかすって、光が弾けた。直撃ではないが、蜘蛛の身体を削るように、邪気を削ぎ取る。

 「ギィィィィィッ!!」

 悲鳴のような音が洞窟に響く。

 「効いてるで!」

 東間が叫ぶ。

 「そのまま押す!」

 士稀の声に合わせて、俺はもう一度霊力を練る。
 東間が拘束、士稀が斬り、俺が削る。
 何度も、何度も繰り返す。

 やがて、蜘蛛の動きが、明らかに鈍くなった。

 「……よし」

 士稀が短くうなずいた。

 「弱った。今ならいける」
 「祐くん!」
 「あぁ!」

 俺はポケットから素早く竹筒を取り出した。やよい先生お手製の、封印強化版だ。
 蜘蛛に向けてポンッと蓋を開けた。吸い込まれるはず――なのに

 「……あれ?」

 何も起きない。

 「は?」

 次の瞬間、ぽとん、と中から何かが落ちた。茶色くて、細長くて、ほのかに甘い香りがする。

 「……ようかん?」