おれは“祓えない退魔師”



 ごちそうをたらふく食べて腹がいっぱいになったら、今度は眠くなってきた。さすがにこんなところで寝るわけにはいかない。眠い目をこすりながら周りをみると、東間と伊都は奥さんと、先生は主人や村長さんと談笑している。

 (あいつは?)

 士稀の姿が見当たらない。席を立ち、廊下に出ると、縁側に静かに腰かけていた。
 部屋の中は賑やかで、障子一枚で分けられているだけなのに、士稀のいる場所は静かで落ち着いていた。士稀は、ぼんやりと庭をみつめている。

 『居場所がないって思ってるのかもしれないわね』

 やよい先生の言葉を思い出す。士稀の背中は少し寂しそうで、放っておいたらどこかに行ってしまうんじゃないか、と思ってしまった。

 『ケンカしてきたらええやん』

 今度は、東間の言葉が頭に浮かんだ。

 (わかったよ、行けばいいんだろ)

 俺は息を吐いて、静かに士稀の隣に座った。士稀はこっちを見て、意外そうに目を丸くした。俺はせわしなく手のひらをこすり合わせたり、指を組んだりしていたが、士稀がじっと見つめてくるので、観念して口を開いた。

 「あのさ、この間は悪かった」
 「この間?」
 「洞窟で、俺のせいでみんなを危険な目に遭わせたこと」
 「あぁ、過ぎたことは仕方ない。だが次は気をつけろ」
 「わかってるよ。おまえらの負担にならないよう強くなる」
 「そういうことを言ってるんじゃない。感情に振り回されず、冷静な判断をしろ」

 (くそ~~~!! やっぱムカつく~~!!)

 正論をばちばちにぶつけてくる士稀に負けそうになるが、ぎゅっと拳を握って耐えた。

 ふと、庭で無邪気な声が聞こえた。ごちそうを食べ終えた子どもたちが庭に出て遊び始めた。追いかけっこをしたりボールで遊んだりしている。庭の端では、二人の小さな女の子があやとりを始めた。順番に毛糸をすくい取り、交互に形を変えている。何度かやりとりをした後、動きが止まってしまった。そこにすかさず士稀が入る。

 「こことここを取れば、田んぼになる」

 女の子が士稀の言われたとおりにすると、形が出来上がった。

 「お兄ちゃんすごい!」
 「次はどうするの?」

 士稀は教えながら、自分も高度な技を披露し、女の子を楽しませている。奥さんが、おやつよ、と子どもたちに声をかけると、急いで家の中に入ってきた。女の子たちは士稀に、また遊ぼうねと手を振って中に入った。
 
 「すげぇじゃん」
 「べつに、なにもすごくはない。ただの遊びだ」

 士稀は少し照れくさそうにふんっと鼻を鳴らす。

 「なんでそんなにあやとりできんの?」

 ゆっくりと目を伏せる。

 「祖母に、教えてもらった」

 声のトーンが少し落ちた。

 「へぇ~。士稀のばあさんってどんな人?」

 思い出すように遠くを見つめる。

 「優しくて、あたたかい人だった……あやとりやコマ回し、お手玉やおはじき、昔の遊びをたくさん教えてもらった」

 いつもよりとてもやさしい声で、おばあさんとの思い出を語る。

 「去年、亡くなってしまった……俺は、なにも……恩返しができなかった」

 後悔しているのか、しぼりだすようにぽつりぽつりと言葉を発している。

 「そっか……」

 沈黙が続く。庭からのさわやかな風が、頬をなでた。

 「だから俺は、祖母に恥じぬように生きていく。そのために退魔師になると決めた」

 空を見上げている。その眼はまっすぐに澄んでいて、なにも迷いがないように感じられた。

 「いいじゃん」

 士稀はまた、意外そうに目を丸くして、少しだけ笑った。

 「いや~なんか楽しそうにしてるやん。俺らもまぜてや」
 「仲直りしたんだね! よかった」

 いつの間にか、東間と伊都が後ろにいて、俺たちに笑いかけていた。

 「べつに、楽しそうになどしていない」
 「そうか? 俺は楽しかったけど」

 東間がにやにやと笑い、士稀はなぜかぶすっとしてしまい、伊都は頭上にはてなマークを浮かべていた。

 その様子を、少し離れた場所で灰崎先生が見ていたことを俺たちは知らない。タバコをくわえながら小さくつぶやいた。

 「……青いねぇ」

 庭から入るおだやかな風に、煙がスーッと溶けていった。