たどり着いた先は、山の麓の小さな村だった。初老の人のよさそうな村長が案内してくれたのは、古い民家だった。どんよりと重たい空気が漂っている。
「どうも最近、物騒なことが続いてましてな」
「物騒なこと、ですか?」
「物が勝手に動いたり、夜中に女のすすり泣く声が聞こえたり」
「ほう、なにか心当たりは?」
「この村には絡新婦の伝承がありましてなーー」
彦兵衛という男が初という美しい女と恋に落ちて結婚の約束をするが、彦兵衛には妻がおり結婚は叶わなかった。初は彦兵衛を想いながら泣き続け、病に伏して死んでしまう。その後、男をたぶらかす絡新婦の妖が見られるようになり、それは彦兵衛を想い続けて死んでいった初のうらみつらみが絡新婦の姿となって現れたのではないかと言われている。
「クモ!?」
クモと聞いて、伊都がぴくっと肩を震わせ、俺たちは顔を見合わせた。もしかしたら、洞窟で戦ったクモが関係してるかもしれない。
「この家の者が、彦兵衛の子孫にあたりますから、この家を祓っていただきたいのです」
急に灰崎先生の目つきが鋭くなる。
「お任せください。すぐに祓いますので、しばしお待ちを」
(大丈夫かよ)
不安を抱えながら、先生の後について民家の中に入った。わずかに、なにかが焦げたような香ばしい匂いがする。その匂いを一番強く感じる部屋で先生が止まった。
「ここですね」
そう言って、先生は俺たちに盛り塩を手渡す。それを部屋の四隅に置くと、先生がスーツのポケットから数珠を取り出した。
「では、今からお祓いを始めます」
数珠をじゃりじゃりとこすり合わせながら、低い声で呪文のような言葉を唱え始めた。
「これ、なんの呪文?」
「さぁ~?」
「聞いたことないけどな」
「ーーーーー豪っ!!」
カッと目を見開いて短く叫ぶ。その瞬間、ぶわっと風が巻き起こり、家の中に広がっていた重たい空気が一斉に晴れた。先生はすかさず胸元から透明なスプレーを取り出し、シュッシュと部屋中に撒いた。柑橘系のさわやかな香りが部屋中に広がっていく。
「いやぁ~心なしかすっきりしました」
「身体もなんだか軽くなったような気がします」
依頼人である家の主人と奥さんはとても喜んで、先生にありがとうございます、と何度も頭を下げた。
「これでお祓いは完了しましたが、念のために一日一回浄化スプレーを撒いた方がいいでしょう。そしてこれは、北の方角に置くとよいとされている非常にありがたい石でしてーー」
ここぞとばかりに怪しいグッズを高額で売りつけている。
「これってさ、」
「詐欺じゃね?」
「やりよるな~」
「悪質だ……」
俺たちは盛り塩を片付けながら、灰崎先生を軽蔑の眼差しで見ていた。
「よかったらお昼でも食べて行ってください。お弟子さんたちもどうぞ」
(お弟子さんって……)
胡散臭い偽霊媒師の弟子だと思われるのは嫌だけど、心から喜んでいる依頼人の厚意を冷たく断ることもできない。先生は快く了承し、俺たちは昼食作りを手伝った。
大量のごちそうを準備しおえた頃、どこからかたくさんの村人がやってきて、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになっていた。
「先生が売りつけた浄化スプレーって、消臭剤ですよね?」
がやがやと話声が飛び交う中、東間がコソッと先生に聞いた。
「おー、よくわかったな」
先生は出された酒をちびちび飲みながら、あっけからかんと認めた。
「実家のトイレと同じ匂いがしたから」
そうか、とうなずきながらケラッと笑っている。全く悪いと思ってなさそうだ。
「大丈夫かよ。あんな詐欺まがいなことして」
俺は里芋の煮っころがしを食べながら、先生をみた。
「嘘から出た実、っていう言葉、知ってるか?」
「嘘でも信じれば本当になる、みたいな意味?」
「まぁ、そんな感じだ。嘘でもなんでも、それを信じることで幸せになるなら、それでいい」
「でも、やっぱり、人をだますのはよくない……と思います」
伊都が、目の前にある鯛に視線を落としてボソッとつぶやいた。
「あながち嘘ではない。呪文は適当だったが、先生はちゃんと邪気を払っている。現に、空気が澄んで変な匂いもしなくなった」
士稀が部屋の中を見ながら冷静に告げる。
「どうだろうな」
先生は意味深ににやりと笑って、またひとくち酒を飲んだ。


