おれは“祓えない退魔師”

 教室にすべり込むと、まだ先生は来ていなかった。伊都と顔を見合わせて、ホッと胸をなでおろす。

 (えっと、午前の授業はーー)

 ガサガサ机を漁っていると、ガラッと戸が開いて先生が入ってきた。

 (あれが、先生……?)

 肩まで伸びたぼさぼさの髪に無精ひげ、年季の入ったボロボロのジャージを着て健康サンダルを履いている。三十代くらいだろうか。
 教師らしくない雰囲気に、周りが不安そうにヒソヒソと話し始めた。
 先生は気にしていない様子で、黒板に名前を書いた。

 「灰崎(はいざき)祐吾(ゆうご)だ。主に座学を担当する」

 低く、覇気のない声。だらしない見た目なのに、黒板に書かれた字だけやけに整っている。

 「時々、課外授業もやるから、楽しみにしとけよ」
 
 口角をふっと持ち上げたが、目は全く笑っていない。

 (めちゃくちゃ胡散臭い!)

 「……なんだその顔」

 灰崎先生が、だるそうにこちらを見た。

 「いや別に……」

 思わず視線を逸らす。

 「安心しろ。俺はちゃんと教える側の人間だ」

 (“ちゃんと”ってなんだよ)

 教室のあちこちから小さな笑いが漏れる。先生はだるそうに教壇に肘をついた。

 「退魔師ってのはな、力があればいいってもんじゃない」

 チョークをくるくると指で回しながら続ける。

 「使い方を間違えれば、自滅するからな」

 教室が、すっと静かになり空気が変わった。

 (……っ)

 一瞬、手のひらの奥がじん、と熱くなる気がした。

 「ま、そういうのも含めて、これからゆっくり教えてやるよ」

 ぱしん、とチョークを黒板に投げる。きれいにチョーク受けに収まった。

 (無駄に器用だな……)

 「今日は軽く流す。座学は眠くなるからな」

 そう言いながら、教室をぐるりと見回す。その視線が、一瞬だけこちらで止まった。

 (……?)

 「神代祐」
 「え、はい?」

 いきなり名前を呼ばれて、思わず声が裏返る。

 「昨日、派手にやったらしいな」

 教室がざわっとする。

 「結界、壊しかけたとか」

 (誰だよ広めたやつ!!)

 「……たまたまです」
 「たまたまで済ませるな」

 声のトーンが鋭くなり、どきっと心臓が揺れた。心なしか、目つきも怖い。

 「お前、自分がどんだけやばいか、わかってないだろ」
 「……」

 言い返せない。

 「そういうやつが一番危ない」

 教室がまた静かになる。灰崎先生はふっと息を吐いて、さっきの気だるい顔に戻った。

 「ま、焦るな」
 「……え?」
 「死なない程度に失敗しとけ」

 また、怪しくにやっと笑った。

 「その方が成長する」

 (この人……)

 胡散臭いのに、妙に言葉が引っかかる。

 「ま、今日はこんなもんだ」

 立ち上がり、伸びをする。

 「午後は外だろ。まぁ適当に、倒れないようにな」

 (倒れるって、またやばい授業なのかよ)

 そう言って、だるそうに教室を出ていった。

 残された教室は、一瞬しんと静まり返って――

 「……あの先生、大丈夫?」

 誰かがぽつりとつぶやいた。

 「さぁな」

 俺は手のひらを見つめながら、小さく息を吐いた。

 (……俺、やばいんだ)