こっから先ははじめてだから


「……あ、すみませッ」


 後ろをみれば、上を向いて振り切りたい。冷や汗がこぼれないように。

 そこには、憂先輩のヒヤリとした美顔があった。

 おっと今かもしれない。ダンゴムシになるタイミング。


「つかまって。」

「え?」

「危ないので、俺につかまって下さい。」

「あ、ありがとう、ございま、す。」


 あの、人間のどこにつかまるのが正解です?

 自分は鞄を持っているし、先輩の薄手のコートを握ってもシワになるし。 
      
 どうすることもできず、たじろぎながらも先輩のコートの端を、小さく指でつまんでみることにした。これって、ぜんぜん身体も心も安定しないね。

 そうしたら頭上から「ふふっ」と笑い声が漏れた気がして。

見上げてごらん?月が綺麗ですね。って。目をやんわりと細めて笑う先輩がいた。

 不意に刺さされるキュンてやつ。『宇宙百貨』よりも掘り出し物に出会えたかもね?


「自分、ぜんぜんつかまってへん。」

「へっッ」

「刈谷さん、やろ? 3年連続日本オリンピック銅賞の。」

「し、知ってるんですか?私のこと……」

「サイトに名前載っとったし。3年連続なら嫌でも目立つやんなあ。」

「……」         

「ごめんなあ。まさか刈谷爽さんが女の子やと思わんくて。すぐ気付かんと、冷たい態度とってしもた。」


 先輩が、吊り革を持つ手とは反対の手で、ぎゅっと私の肩を抱きしめた。

 わあ。なにこの距離感。と関西弁にも似た憂李月弁。ダンゴムシの心臓どこですか。

 ちょっと先輩、刈谷の男性恐怖症を舐めないで下さい。