リビングまでの廊下でいつも、我が家の空気を感じる。
海吏が麦をあやしたり叱ったり。
峰子が宿題が分からないとでっかい独り言を言ったり。
この時間、紗和はシャワーを浴びているだろうか。
そうやって考えながら、この短い廊下を歩く。
リビングの戸を開けると、騒ぎは耳全体を覆った。
「あ!姉ちゃん。おかえり!」
案の定麦を抱えた海吏が、一番の出迎え。
うちの次男坊、頼れる中学2年生の海吏だ。
抱き上げられている珍しく大人しい麦は4歳。
いたずら小僧の三男である。
「ただいま、ごめ~ん、お腹空いてるよね...」
明彦さんに「とりあえず座ってて下さい」と言い、キッチンへと急ぐ。
本当は皆ご飯を済ませている時間だけど、今日は人が来るから、と待ってもらっていた。
お腹空かせてしまって申し訳ない...けど、ご飯を囲む方が絶対に良いという断固たる意志は譲れなかったのだ。
「ちーちゃんごめん、ありがとうね」
「はーちゃん!おかえり、ご飯はもうすぐ炊けるし、おかずも火にかけといたよ」
「わ~助かる!!ありがとうぅぅ」
思わず縋るように抱きしめると、擽ったそうに身を捩らせた。
天使だ、癒しだ、女神様だ。
はい、このお方が我が家の小さな天使、10歳の千代ちゃんです。
「ありがとう、ここからはお姉ちゃんやるから!遊んで来な〜」
「あのおじさんに挨拶すれば良いの?」
...おじさんって言わないでほしいな、ちーちゃん。
まだ33歳なんだよ。
「できる?挨拶だけしてくれる?」とベビーゲートを開けて、ん〜と微妙な返事をする千代を送る。
コンロを弱めて、鍋の蓋を開け、湯気を吸い込むと幸せの香りに包まれる。
今日は肉じゃが。
来客にしては粗食すぎるかもしれないが、手作りっぽい料理と言えばこれくらいしか思い浮かばなかった。
肉じゃがは好物だ。
お母さんがお家にいた頃よく作ってくれて、嬉しかったから。


