遠い遠い過去の人間の名を口にすると、そいつの手がピクリと止まり此方に近づいた。


なに、その反応は。


知らない?わからない?覚えてない?とずっと訊いたくせに...。



「はは、知らない男認識だった時より怯えてる」


グイグイ近づくから当然後ずさると...ササザキヒロトは自虐するように笑った。


「ごめん、家帰らないと...」

「...送るよ」


何でここにいるのか、

なぜこの部屋を使っているのか


気になったけれどそれを聞いている暇はなさそう。

今から帰って皆の弁当を作って放棄した家事も溜まっているし何より仕事も変わらずあるのだ。


──服は着ている、荷物は...あ、ソファにある。


いそいそと支度を始めようとベッドから出ようとすると、行く手を阻む腕。


ムッとして「...退いて」と見上げる。

お前がタメなら此方だって敬語なんか使わない。


「ちょっと、」と棘のある口調に加え、はあ...と大きな息をついてこんな言葉を口にした。


「...なあ、酔ったらお前は見ず知らずの男にも付いていくのか?」


目の前の人間がかつての友人とは未だ信じられず、でもなぜか...。


「...ん?...ごめん、覚えてなくて」

「だから、...──危機感が無さすぎんだよ」


唇が心なしか近づいて来るのを察知して全力拒否。


「...ほんとごめんだけど、帰る!失礼します!!」


そのまま鞄を掴んで部屋を、ホテルを飛び出した。



同僚に会ったら...気まずっ...っ!




縒れたスーツの25歳、朝からパニックの全力疾走だけど...



とりあえず今日も生きなきゃ。