何だか視線を感じる。

とてつもなく気まずい。

スマホを出すのも気が引けて、モニターの数字が増えるのをじっと見つめる。

この密閉された空間への滞在時間が長く長く感じて、ポーンという到着の合図は正直ほっとした。

4階で降りる気配がなかったので、目を合わせず逃げるように出る。



そこは暗いブルーの空間が広がっていた。


人けのなかった客室フロアに比べ、ちらほら人が見えて。

辺りを見回し、知り合いがいないことを確認した。



お酒を飲む自分を見られることは人一倍苦手だった。

なぜなのかは自分でもわからないけど、飲み会は苦手。


ビジネスマンは窓際に、夫婦やカップルはテーブル席に座るようでバーテンダーのいるカウンター席には誰も座っていなかった。


社員証を示し、バーマスターに挨拶をする。


「桜井さんですか、初めまして」

「初めまして、何年も勤めていながら、ここに来たことがなくて」

初めて会ったホテルの人だけれど、私に向かって微笑みを向けてくれる姿に目の辺りがブワッと熱くなって、慌てて上を向く。


情緒が不安定なのは自分でも分かっている。

なおさら、知り合いの誰にも見られたくなかった。

ぶんぶんと首を振って正気を取り戻そうとする。


「おすすめはありますか?」

「ライチとジンが個人的にはおすすめですが、好みなどは?お酒にはお強い方で?」


「分かりません...すみません、もうしばらく飲んでなくて」

「ではオレンジリキュールのソーダ割りなどは如何でしょう」


優しいマスターに本気で涙汲みそうになって、「はい、それで」と俯きながら答えてしまった。


もう良い、今はホテルマンではない...只のお客だもの。

しっかりしてなくても怒られないはず...



「......“じゃあ、僕のこと好きじゃなかったんですか?”...って、どの口が言ってんねん...!」


負け惜しみのような、でもあの人との何年を全てを手放すように吐き出した。